「奇想天外映画祭」は今年も珍無類!一期一会のカルト作はコレだ

ウレぴあ総研

新宿K's cinemaで昨年より始まった<奇想天外映画祭>は、なかなか映画館でみることのできない歴史的な旧作群、それもかぎりなく珍無類のいわゆるカルト系作品に的を絞っての上映のこころみである。

昨年はトッド・ブラウニング『フリークス』、コンラッド・ルークス『チャパクア』を筆頭にエド・ウッドの最低な(エドに対する誉め言葉)3本、フランク・ヘネンロッタ―の愛すべき『バスケット・ケース』、そしてレナード・キャッスルの『ハネムーン・キラー』など計11本が1日3作品×14日間のスケジュールで上映された。

今年はコロナ禍で開催が危ぶまれたが、昨年よりもさらに規模拡大3週間のスケジュールでとりおこなわれる。

ちなみに、初日29日(土)の『ウィッカーマン final cut』上映後に特殊翻訳家、映画評論家の柳下毅一郎さんと小生の舞台両端に距離をとってのトークショーが組まれているが、どうなることか。

88分ヴァージョンはこれまでわが国を含め、世界で公開されてきた。

今回初めて劇場公開となる『ウィッカーマン final cut』の尺は94分、40周年記念上映(2013)の際、監督のロビン・ハーディがヴィデオでは流布していた99分ヴァージョンも参照しつつ再編集した決定版ということになる。

ハーディ格別の感慨があっただろう。とにかく、呪われたフィルムであったからだ。

その意味は文字通り、ポスト・プロダクションの最終段階で、フィルムの廃棄がひそかに、というかあからさまにおこなわれたからだ。

映画の内容が会社のボスに嫌悪され、会社はあがっていた88分ヴァージョンをキャスト、スタッフのだれにも知らせず、ニコラス・ローグ『赤い影(原題Don’t look now)』の添え物として公開、そのまますませようとした。

この映画に主演し、ロード・サマーアイル役を存分に楽しんだクリストファー・リーはあわてて、新聞、雑誌の映画担当に連絡し、見てもらった記者にはチケットを用意するという前代未聞のできごとが勃発した。

リーはそれぐらいこの作品を自らの代表作として愛していて、もし存命であったなら今回の上映をとてもよろこんだであろう。

唯一の幸運は、88分の公開ヴァージョンではなく、102分の長尺ヴァージョンがアメリカ公開のための参考扱いでロジャー・コーマンのもとに送付されていたことだ。

つぎはぎ魔のコーマンのもとへ送ることは普通、恐怖でしかないが、『ウィッカーマン』は、逆に救われたのである。

少女の失踪事件捜査のため、サマーアイル(夏の島)という桃源郷めいたスコットランドの孤島に小型水上飛行機で降り立った警部を迎えたものは、楽しく卑猥なメイ・ポール・ダンスだけではなかった。

とにかく、ウィッカーマンのヴィジュアルが衝撃的だった。興味深いのは、この祭儀は、時を経て、遠い異国の米津玄師の「Wooden Doll」のMVに飛び火したことだ。

日本初公開『ウィッカーマン final cut』以外のラインナップを何本か紹介していこう。

まず、『死刑台のエレベーター』、『地下鉄のザジ』ほかで知られるフランスの巨匠ルイ・マルの『ブラック・ムーン』(1975)は、若き頃のルイ・マルが撮りたかったと思えるシュルレアルなとは思えない不思議の一篇。

なにしろ、野に咲く花は踏まれて、痛い痛いと泣くし、ブサイクなロバの一角獣?は、英国の画家フランシス・ベーコンの言葉を引き合いに、自分が一角獣イメージにあわないことの意味を論じる。

こうした世界にヒロインが不思議の国のアリスよろしく迷い込む。

奇妙な仕掛けとして、ルイ・マルは、<ローマの慈愛>(娘が自分の乳で牢獄の父に栄養を与える)と呼ばれる美談を変奏させ、物語に溶かし込んでいることだ。

この映画を置き土産に、ルイ・マルは活動の場をアメリカに移すが、こんな置き土産はいらないとばかりにフランスでは上映されなかったいわくつきの傑作。

この作品の注目点は撮影監督が60年代ベルイマンとのコンビで知られたスヴェン・ニグヴィストだということにある。あの『処女の泉』の冷徹が、冒頭のアルマジロの運命に表象される。

60年代のヒッピー・ムーヴメントは、1969年のチャールズ・マンソン一派のシャロン・テート殺しを契機に、潮目がかわり一斉に撤退がはじまった。

ヒッピー・コミューンの自然回帰指向を文明から遠く離れたパプア・ニューギニアの奥地を舞台にして、つきつめてみせた問題作がフランスの映画監督バーベット・シュローダーによって1972年に作られていた。

それが、『ラ・ヴァレ』だ。シュローダーにとって、麻薬映画『モア』に続いての、60年代風俗の落とし前のような作品だ。

地図には<Obscure by Cloud>としか記されていない、雲、霧に閉ざされて、おいそれとは人が近づけない場所への踏査行が美しいキャメラでとらえられる。

『モア』と『ラ・ヴァレ』、ともにサントラ担当はまだ『Darkside of the Moon(狂気)』によって、超のつくスーパーグループに成り上がる前の、軽い実験期のピンク・フロイドだった。

サントラ盤タイトルは上記の地図上の名称からきていて『雲の影』の邦題でリリースされた。

1970年代初めに同時に奇妙な現象が起きる。

まず、日本で手塚治虫が少年漫画誌で正しい性教育のための『やけっぱちのマリア』の連載開始、とはいえ、当時ページをひらいて登場するのは、かわいいダッチワイフ、ビニール人形としかみえず、ドキッとさせられたものだった。

そして、1973年、ロキシー・ミュージックのセカンド・アルバム『フォー・ユア・プレジャー』がリリース、このアルバムがいまでも輝くのは、歌というより不気味な語りの異色作「イン・エヴリー・ドリーム・ホーム、ア・ハートエイク」が収録されているからだ。

その内容といえば、注文しで届いたビニール製ラブ・ドールとの生活である。

手塚治虫、ロキシー・ミュージックときて、その隙間の1972年に奇怪なラブ・ドールものが作られていた。

変態、残酷、オカルトで、ジェンダー問題をゼロ地点まで引き上げた(下げた)残酷な哲学的作品、ポール・バーテルの『プライベート・パーツ』である。

ここでのビニール人形は、息ではなく、ジャポジャポと水(あるいはお湯!)で膨らませる人体の体温を求めるむきにはさすがのアイデア。この作品は無理をいって入れてもらった。

そのほか、クロソフスキー夫婦主演、上記シュローダー監督も出演のプライベイト・フィルム『ロベルトは今夜』、ユーゴスラヴィア映画『ハルムスの幻想』ほか、スケジュールをチェックしていただきたい。

「奇想天外映画祭 vol.2 Bizarre Film Festival~Freak and Geek アンダーグラウンドコレクション2020」

会場:新宿K’s cinema

日時:8月29日(土)~9月18日(金)

配給:アダンソニア

トークショー

8月29日(土)『ウィッカーマン Final Cut』14:30の回、上映後

登壇者:滝本誠(映画評論家)、柳下毅一郎(映画評論家)

当記事はウレぴあ総研の提供記事です。

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