【岩井志麻子】幸せな人が「絶対、口にしない」こと

OTONA SALONE

2020/8/9 17:00



妙に記憶に残っている、「幸せ」という言葉とその逸話がある。あるマスコミ関係の女性で、当時三十ちょいくらいで独身、親と同居していた。

私は「幸せになりたい」


彼女が、給料のほとんどを占い師や霊能力者、新興宗教といったものに突っ込んでいるのだ。いい人と巡り逢いたい。もっと合った仕事は何か。何をすればお金持ちになれるか。それらを、神秘な力を持つ人に示唆してほしいというのだ。

その理由を、
「私は誰よりも幸せになりたいんです。幸せを比べて誰かに負けたくないんです」
といい切った。私はスピリチュアル系のものを否定なんかしないが、もっと現実的なことにお金や労力を使えばいいのになぁ、とは思った。結婚相談所や真面目なマッチングアプリ、資格を取れる学校や教室。エステサロンや美容整形。

というか、彼女はすでにそこそこの企業に勤めて仕事もでき、まだ若くてきれい。私から見れば、彼女は充分に幸せそうだった。彼女も、自分を不幸とは思ってなかった。

もっと幸せになりたい。それなら、わかる。たいていの人は、そう願っている。だけど、誰よりも、というのが引っかかった。世界一の金持ちになって世界一の美人になって世界一といわれる男性の妻になりたいのか。そんな無茶な。いやしかし、確かにそう願うなら身近な相談所や学校や病院じゃなく、神秘な世界に頼るしかないわね。

彼女は「誰より幸せ」を望む?


彼女を知る人達にその話をしたら、みなさん苦笑してこう答えた。
「彼女は、どこぞの王室の姫君や人気ハリウッド女優、世界的富豪の夫人なんかをライバル視してはいませんよ。隣にいる同期の社員とか、地元の高校時代の元同級生とか、同じマンションの奥さんとか、そんな人達に負けたくない、超えたいんですよ」

「そう。身近なライバル達は、ミスユニバース優勝者や日本女性初のノーベル賞を取れそうな仕事をしてる女性じゃない。傍目には、彼女と同程度かちょっと上くらいよ」

もはや彼女は幸せなのかそうではないのか、望みが大きすぎるのか小さすぎるのか、わからなくなってきた。

でも一ついえるのは、幸せというものにおいて誰かと勝ち負けとかいい出すと、幸せそうじゃない人に見られるわ。幸せにおいては、誰それに勝ちたい、勝ったといった時点で、あなたが負けてるように見えるし。

当記事はOTONA SALONEの提供記事です。

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