すずさんの“手触り”ーー『この世界の片隅に』/『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』片渕須直監督インタビュー

こうの史代の漫画を片渕須直監督がアニメーション映画化した2016年の傑作『この世界の片隅に』が、NHK総合で放送される。昨年8月3日の初放送に続き2度目の放送となる。

18歳で広島の呉に嫁いできた女性・すずの目線と体験を通して、戦時下に暮らす人々の日常を描く本作。その筆致は温かく丹念で、しかも実写映画とはまた異なる「生々しさ」にもあふれている。アニメーションでしか表現できない生命力を感じさせる珠玉の作品といえるだろう。
女優ののんが主人公・すずの声を担当していることも話題となり、多くの観客の支持を得て3年以上にわたるロングラン上映を達成。日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞の受賞など、国内外で高い評価も獲得した。
そして現在、250カットにおよぶ新規エピソードを追加した新作『この世界の(さらにいくつもの)片隅で』が上映/配信中、Blu-rayとDVDは9月25日に発売される。

今回はTV放送にちなんで、劇場公開直前のアニメージュ2016年12月号に掲載された片渕須直監督のインタビューを、特別に再掲載しよう。
その後の大きな反響が巻き起こる直前、その圧倒的な内容が少しずつ話題になりはじめた時期に行われたインタビューで、当時の空気感が蘇ってくると同時に、あらためてこの作品の見どころや魅力を知る上でも貴重な内容となっている。
今回の放送を観る前に、あるいは観た後に、ぜひ一読してみてほしい。

運命的な映画化


——前号に掲載されたすずさん役・のんさんのインタビュー(アニメージュ2016年11月号「この人に話を聞きたい」)に、大きな反響がありました。

片渕 僕も、公開前から大きな反響があることにびっくりしています。この映画はもともと、こうの史代さんのファンの人と、『マイマイ新子と千年の魔法』など僕の映画のファンの人が注目していたと思いますが、そこに新たに「のんちゃんのファンの人」という新しいグループが現れて、渾然一体となっているのがすごいなと。のんちゃんファンの方々が、『マイマイ新子』まで応援してくださっていて。

——それは、とてもいい話ですね。

片渕 ありがたいです。そもそもアニメーションを作るとき、キャラクターのイメージ頭の中で動かすには、何か声があった方がいいのですが、実は僕や監督補の浦谷(千恵)さんは、のんちゃんの声をイメージしながら、すずさんを動かしていたんです。勝手に、です。実際に完成したとき、その想像がそのまま実現していることに、ちょっと奇跡的でした(笑)。

——役が決まる前から、のんさんの声がスタッフのみなさんの共通イメージだった。

片渕 逆に言うと、すずさんの持つ多様な要素をひとりで持っていらっしゃる人は、他にあまり見当らなかった。たとえば、コトリンゴさんに音楽をお願いしたのは、コトリンゴさんの音楽のフワフワした柔らかさが、すずさんの何とも言えないまろやかさみたいなのもにマッチしている気がしたからです。すずさんの声も、そういうまろやかさを持っていつつ、ちょっとおっちょこちょいで(笑)、でも意外と行動力があって。なおかつ物語の最後のほうで大変な状況になったときには、もっと別の心理が出てきたり、大人になったときの声が出せたり。そして、すずさんは18歳でお嫁に行くので、基本的にそれくらいの年齢感で聞こえないといけない。それって誰だと思うと……びっくりするほど、ひとりしかいないような気がしました。

——でも、『この世界の片隅に』を片渕監督がアニメーション映画にすると聞いたときは、われわれもまったく同じように「確かに片渕監督しかいないな」と感じました。

片渕 そういう意味で言うと、多分こうのさんとは、もともとやりたいことが近かったような気がするんです。大きな事件を追いかけるのではなくて、普通に起こっているできごとの細かいところを描く。『この世界』もそうですが、四コママンガの『ぴっぴら帳』も、飼っているセキセイインコが何かおかしなことをやるだけという作品だったし。そうだ、僕は実は『名探偵ホームズ』(1984年、片渕監督は演出補・脚本で参加)のときに、毎回、違う乗りものを出そうと思ったんです。今回は潜水艦、今回は飛行機、今回は飛行船、とか。同じように『名犬ラッシー』(片渕監督の1996年のTVシリーズ)では毎回、違う食べものを出そうと思いました。で、たとえばシフォンケーキ焼くとなったら、卵を割るとこから描く。そして『この世界』をはじめて読んだ時ときに、「あ、同じことをやっている」と感じたんです。

——今回の映画にも出てきますが、「楠公飯」の作り方を丁寧に描いたりしていますよね。

片渕 何となくこの作者は、自分と同じようなことをおもしろがる人、同じような興味の抱き方を持った人じゃないかなって思いました。そしたら、こうのさんはこうのさんで、『名犬ラッシー』を観ていたそうで。企画の提案を受けて「『名犬ラッシー』をやっていた人からアニメ化したいと言われたら、これはもう運命だからやるしかないと思います」って言ってくださったらしいんです(笑)。

——それは、監督としては希望が叶ったとはいえ、より責任感も増しますね。

片渕 こうのさんにとって『この世界』は、自分自身のあらゆるものを投げ入れた一番の大作なので、本当はもっとリアクションが返ってきてもいいはずだと思っていたそうです。でも、「『夕凪の街 桜の国』が好き」と言ってくれる人は多いけれど、『この世界』のことはあまり語られないように思ってしまっていた、と。それがアニメーションでやるとなったら、これだけのお客さんが支持してくださっているとわかって……こうのさんは「今までみんな、どこにいたんだよ!」と言っていました(笑)。

——(笑)。

片渕 今こうして映画が公開されることで、また人の目に触れるようになってきて。「映画になるっていうからはじめて読んだら、すごかった」という人も増えてきたようで、自分としては一番、冥利に尽きるというか。原作がどんどん広まるっていくのを感じると、本当にそうあって欲しいと思っていたことが叶えられている気がして嬉しいです。

(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

日常をありのままに丁寧に


ーー試写拝見して印象深かったことのひとつが、絵で描かれている戦前・戦中の日常がある意味、実写の記録映像よりもより生々しく、あの時代のことを伝えてくれるような印象があったことです。

片渕 ひとつは、作画をするときに、日常の仕草をないがしろにしないで描いたからかもしれないですね。たとえばお箸を持って食事をするシーンでも、普通のアニメーションだと省いてしまうような「箸をを手に取って食べはじめるまでの一連の動作」をしっかり描く。なおかつそれを、間を省略した動きではなく、フルで動いているように描こうと思いました。今回の原画は、タイムシート見るとすごいと思いますよ。途中で止まっていないんです。ビックリするくらいフルアニメーションで動いています。

ーーしかも、そうした丁寧に描かれたさりげない仕草が、単に「よく動いている」というだけではなく、とても魅力的に見えてきます。

片渕 それは背景に「戦争」という影があるから、日常的な描写が輝くというのもあるだろうし。あとは、よく高畑(勲)さんもおしゃるように、日常的な動作をアニメーションで描くと際立つというのもあると思います。たとえば今回、包丁で大根の葉っぱを切っているときと、大根本体を切っているときで、動きのタイミングを描き分けているんですよ。タイミングは僕が最終的に責任持って全部見ることにしていましたが、どうすればあの大根の「ザクッ」という感じになるのか試行錯誤して。「あ、こうだったんだ!」って、いちいち感じ入りながらやっていました。ひとつずつ目標を掲げて、「今回、大根を切るのは表現できた!」と(笑)。

ーー背景美術も印象的です。けっして写実的ではない、絵画的な背景ではありますが、やはり不思議な生々しさがあります。

片渕 背景で心がけたのは、実際にあった風景をできるだけ再現するということです。たとえば、江波山のてっぺんから海を見ると、三菱重工造船所を造成するための埋め立てやっているという風景が出てきます。その場面の日付を割り出して、そのときどれくらい造成が進んでいるかを調べたりしているんですよ。すずさんが広島の街で鉛筆を構えている場面でも、その後ろには何の建物があったのか調べて描いている。今回はできるだけ想像で描くところを減らそうと思っていました。資料写真の丸写しではなくて、そこに何があったのか、可能な限り把握して描いたことが、大きかったのかなという気がします。

ーー写真や文献だけでなく、当時そこに暮らしていた方々の証言も参考にしたそうですね。

片渕 絵に描けないと仕方ないので、基本はやっぱり写真資料です。でも、当時を経験した方のお話しもすごく大事で。「この場所に背中でもたれたら手すりに触れたから、確かに手すりがありました」とか、「うちのお店と隣のお店のショーウィンドウの段差が、これくらいありました」とかおっしゃるんです。今ご健在のみなさんは、当時は子供でしたから。子供の頃に見て脳裏に焼き付いている「どうでもいい記憶」が、実は他ではもう得られないディティールだったりするんですよ。ほとんど何の役にもたたないかもしれないけれど、こういう映画を作るときには、非常に役に立つ記憶で。それをみなさんが教えてくださって、とてもよかった。

すずさんの実在感を


ーーキャラクター描写や背景も含めて、絵的な部分で監督は今回、何を目指したのでしょうか?

片渕 映画って、視覚と聴覚だけのメディアですよね。でも、よくできた映画のなかには、視覚的な表現のなかで手触り感とか……もうちょっと言うと温度感までをも表現し得ている場合がある。つまり、目指したのはそういうことですよね。畳の匂いを感じてもらえるだろうかとか。夏の日差しが外にあって縁側が薄暗かったりしたときに、何をどんな風に感じてもらえるかとか。直接画面に描かれていることや、音声で表現されていることよりも、もうちょっと別の感触みたいなものを感じてもらえるようになったら、いいだろうなと思ったんです。特に今回は、肌触りですね。実はすずさんの頭の触り心地とか、結構大事にしていたんですよ。サッと髪に触れるときのスベスベした感じ。効果音もそれを意識して付けているし、触っている手も、適度に抵抗がかかっているくらいのタイミングで動いていく。そういう描写を積み重ねることで、すずさんという女性が本当にそこに実在しているかように、感じられるようにるかもしれない。そして、すずさんの周りにある世界もリアルに感じられるようになるかもしれない。そういうことですね。

ーーその実在感に最後の大事な味付けをしてくれたのが、最初に戻りますが、それこそのんさんだった。

片渕 そう、のんちゃんですね。のんちゃんの声を収録したときも、実は超指向性のガンマイクで彼女の口元を狙って録っているんです。前号のインタビューで、のんちゃん自身は「アニメーションのアドリブを教わった」と言っていたけれど、それだけじゃなくて。もっと声にならない、完全に音にならない息まで拾えるようなマイクで、最初から狙って収録していました。それは、セリフだけじゃなくて、セリフの間に入るすずさんの息づかい、声にならない息の音みたいなもので、ひょっとしたらすずさんの佇まいや、存在感を表現できるかもしれないと思ったからです。のんちゃんだけじゃなく、他のキャストのみなさんの収録も同じ方法で録りました。だから今回は全編通じて、声にまつわる微妙なニュアンスが効果的に入ってるような気もします。

ーー最後にもうひとつだけ。映画の中で特にショッキングだった要素のひとつが、やはり「8月6日の広島」に関わる描写です。詳しくは実際に映画で観ていただきたいですが……確かに我々は広島についていろいろ教えられてきたはずなのだけれど、知らないことだらけでした。

片渕 まあ……もちろん「現場」にいた人もいれば、少し離れたところで見ていた人も当然いるし、さらにもっと離れたところで体験した人もいる、ということですよね。さらに言うなら、離れたところで体験した人の感覚のほうが日常生活を営みながらである分、よりショッキングに感じられるという部分もあるでしょう。

ーー知っているようで、本当に何も知らなかったんだなと痛感しました。

片渕 まだしも、知識として知ることはできるけれど、それを自分の感覚として理解できるところに落とし込んでいくのはとても難しい。ある意味、それをやってくれているのがすずさんなのかもしれないですよね。

ーー確かに、この映画はすべて「すずさんが見て、体験したこと」として描かれています。ほんの数年の間に、ひとりの女性が体験したできごと。すべて同じ時間軸、世界線で起きていることなのだと実感できる。

片渕 そして、その世界線を延長すると、我々の今日になる……そういうことなんですよね。

*情報元:アニメージュ2016年12月号より

(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

当記事はアニメージュプラスの提供記事です。

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ