“陪審員8番”役に挑む堤真一が語る、法廷劇の傑作『十二人の怒れる男』への想い

SPICE

2020/8/5 12:00



“法廷劇”の最高傑作として世界的に知られる『十二人の怒(いか)れる男』が、Bunkamuraシアターコクーンで11年ぶりに上演される。そもそも1954年に放送されたテレビドラマに惚れ込んだヘンリー・フォンダが、脚本のレジナルド・ローズと共同製作で映画化したのが1957年のこと。父親殺しの罪で裁判にかけられた少年をめぐり、12人の男性陪審員が議論する様子が描かれていくこの作品は、今も色褪せることなく多くの人々の心を捉え続けている。シアターコクーンでは2009年に蜷川幸雄の演出で上演されたが、今回は海外の才能と出会い新たな視点で挑む演劇シリーズ“DISCOVER WORLD THEATRE”の第9弾として、英国出身のリンゼイ・ポズナーが初めて日本で演出を手がけることになった。

12人のキャストを陪審員1番から順に紹介すると、ベンガル、堀文明、山崎一、石丸幹二、少路勇介、梶原善、永山絢斗、堤真一、青山達三、吉見一豊、三上市朗、溝端淳平と、まさに実力派揃い。その中から、最初の投票で無罪に一票を投じる唯一の陪審員である8番を演じる堤真一に、今回の舞台への想いを語ってもらった。
堤真一
堤真一

――『十二人の怒れる男』への出演の話を聞いた時、率直にどう思われましたか。

映画版を観たのはずいぶん昔だったので、実は三谷(幸喜)さんの『十二人の優しい日本人』のイメージのほうが先に頭に浮かんでしまいました。でもこれは、男ばかりの群集劇ですから。作品の内容より「今回は、飲みに行ける人たちがいっぱいいそうだな」と思いました(笑)。

――キャストの顔ぶれのほうが気になりましたか。

最初に聞いたのは(山崎)一さんのお名前で、それから次々と皆さんのお名前が出てきて、楽しそうな顔ぶれになってきたなあ、と嬉しくなりました。「ベンガルさんか!」とか(笑)。ベンガルさんとは映像のお仕事で何度かご一緒していますが、舞台では初めてなんです。でもみなさん、すごい経歴の方ばかりなので、楽しそうな座組ではありますけど厳しい一面もあるんだろうなと思います。相当、白熱した芝居になるでしょうね。稽古場では、世代を越えていろいろと意見を出し合える気がするので今から楽しみです。

――堤さんは、みんなで話し合いながら作りたいほうですか。

そうですね。これまでご一緒したイギリスの演出家の場合は、自分がちょっと疑問に思ったことや、くだらないことでもなんでも話し、コミュニケーションをとりながら稽古をすることが多かったんです。そのおかげで、なぜここでこのセリフを言うんだろうなとか、そういうところからどんどん探っていけました。おそらく今回も、テーブルワークは日本の演出家よりも長くなると思います。ただ、どういうステージングになっていくかとか、どこに焦点を合わせていくかといった具体的なところは演出家次第なので、実際に稽古が始まるまではわかりません。
堤真一
堤真一

――演出のリンゼイ・ポズナーさんとは、今年1月に来日されていたタイミングでお会いされたそうですね。どんな印象でしたか?

今まで出会ったイギリスの演出家の中で、一番静かな印象の方でした。芸術家っぽい感じ。演出家って、よくしゃべるイメージの方が多いんですが、珍しくシャイな雰囲気でした。実際、稽古に入ったら違うのかもしれないですけど。

この作品は演出家にとってもきっとかなり大変な作品なんだろうなと思います。日本人は、僕も含めてですが、議論がとても苦手ですし。また、話全体がどういう風に流れていくのかは全員が共通意識として持った上で、その中でキャラクターを出していかなきゃいけないわけですから。

僕も今回、改めて映画を見直してみたんですが、陪審員8番を演じるヘンリー・フォンダが最初から確信して動いているようにも見えてきてしまったので、自分の場合はそれとは違うアプローチにしたいな、とも考えています。日本も裁判員制度になったこともあって、以前よりは身近に感じられる話になったと思いますが、結局はなにが正しくてなにが正しくないかという疑問は絶対に出てくると思うんですよ。人間の判断がはらむ矛盾についても考えられる作品になればいいなと思います。

――堤さんご自身は、陪審員8番のことをどういう風に受け止めていますか。

これは稽古で考えていくものだと思いますが、今の印象では、8番は最初に、被告は確かに犯人である可能性のほうが高いかもしれないけど、こうやってたった5分で決めていいの?と疑問に思うわけです。もしも自分だったら「みんながそう思うのなら、もうあいつが犯人だろう、そうしておこう」と思ってしまいそうですし、逆に無罪と言う人が多ければ「じゃ、無罪」とすぐ言ってしまいそう。とにかく早く日常生活に戻りたいだろうし、その被告の顔もすぐ忘れてしまいたいと思ってしまうかもしれない。そういう風に思う人、多いかもしれないです。だってじっくり話し合えば話し合うほど、自分の入れた票で、極端に言えば人の生死が決まるなんてものすごい重圧だと思う。​

堤真一
堤真一

これはアメリカが舞台の話でアメリカ人の思考でのやりとりですが、もし日本が舞台だったらなかなかこういう展開にはならないかもしれませんね。あそこまで強く言ったり、議論したりってこともなさそうですし。でも最後には全員一致の評決にしなければいけない中、少しずつみんなの意見が変わっていくわけです。​

それが映画では、8番の言っていることが正しくて、それでみんなが動いていく話にしか僕には見えなかったんです。でもそうではなく、みんなが自分自身の人生を考えることでそれぞれの意見を変えていく、それは決して8番に影響されただけではない、ということがもう少しハッキリ出せたらと今は思っています。もちろん、きっかけとなったのは8番の意見なんでしょうけど。それぞれに人生があって背負っているものがあることがきちんと見えてきたら面白いだろう、と思っています。「あれ、さっきまであの人が言っている意見がいいと思っていたんだけど、ん?やっぱり違うかな?」とか、観ているお客さんも、ずっと揺れ動くような作品になればいいですね。

――観ている方も陪審員の中の誰かに共感したり、応援したい気持ちになったり、逆に反発したりしそうですよね。

「アイツ、やだなー」とか、ありそう(笑)。自分がやっているビジネスの話とかしだす人もいますからね。「こんなことやってるんで、良かったらー」って、そんな場所で名刺を配ったりするのもなんだか怖いですよ。まあ、日本人だったらみんなで名刺交換し出しそうな気もするけど(笑)。あと、ちょっと気になるのは今回は青山(達三)さんが演じる、9番のおじいさんかな。達観しているだけでもなく、ちょっとケンカ売るんだったら買うぞ的なおじいさんだったりもするんで、そこが面白いんです。

堤真一
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――ここ数カ月、いろいろと考える機会も多かったのではと思いますが。演劇というものについては、堤さんは改めてどんな想いがありましたでしょうか。

まず人間というものは、もっと心を開いて、もっと互いに触れ合って、その上でお互いを理解し学んでいくものだと思うんです。それが演劇の姿でもあったはず。それがこのコロナ禍でとにかく互いから離れろと強く言われるようになって、いったいどういうことになるんだ……と、しみじみ考えましたね。

でも確かにこの期間、いろいろなことを考えられたこともあって、今後は少し違う角度でものを考えるようになるかもしれないな、とは思います。具体的にどうこうというのではないですが、それでも密になることがダメって言われたら、演劇はどうなるのか……とか、どうしても考えてしまいます。どう稽古に向き合っていくのかとか考えますが、やっぱり今は稽古が始まるのがとても楽しみですね。​

――稽古が実際に始まれば、また気持ちに変化が生まれるかもしれませんし。

はい。現場に入れば、演出家の話ももちろんですけど、やっぱりいろいろな人の話を直接聞けることで、また演劇へのイメージがずいぶん変わりそうな気がします。特に今回は、自分よりも先輩が多い稽古場ですしね。その点も、すごく楽しみなことのひとつなんです。
堤真一
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取材・文=田中里津子 撮影=福岡諒祠

当記事はSPICEの提供記事です。

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