渡辺正行×ダチョウ倶楽部、結成秘話の「大爆笑スペシャル対談」

日刊大衆

2020/8/2 18:00


渡辺正行

『週刊大衆』で大好評連載中の『コント赤信号 渡辺正行スター芸人たちの“笑いと涙”』。今回は、その特別編として、渡辺リーダーとお笑いトリオ『ダチョウ倶楽部』との対談が実現!

ダチョウ倶楽部結成にまつわるリーダーとの因縁から、現在のスターたちの若かりし日の秘話まで爆笑エピソード満載です!!

※    ※

渡辺 肥後は、コント赤信号が芸人修業をしたストリップ劇場「渋谷道頓堀劇場(以下、道劇)」の弟弟子。上島と寺門が劇団「テアトル・エコー」の後輩なんだよね。

肥後 83年頃、芸人になりたくて道劇に行ったんですよ。でも、「芸人がたくさんいるからギャラは出せない」と言われて、最初はお笑いの勉強をしたり、雑用をするぐらいでしたね。

渡辺 そうだったっけ?

肥後 はい。で、売れて忙しくなった赤信号が道劇の専属から抜けるとき、その枠に僕が入ることになった。ギャラは月15万円くらいで、踊り子さんの肩を揉めば小遣いがもらえるし、貯金もできるし、「一生このままでいいかな」って(笑)。

渡辺 それ、売れる前の俺と一緒だよ(笑)。

寺門 その頃、僕と上島は道劇の狭い部屋で渡辺さんと初めて会ったんです。

上島 「劇団の後輩なんです。コントの勉強をしてるので見てください」って言ってね。僕らが7期生で、渡辺さんは2期生?

渡辺 そう、元ダチョウ倶楽部の南部虎弾(現『電撃ネットワーク』)と同期。

上島 渡辺さんはテレビにたくさん出てて、もうスターでした。『オレたちひょうきん族』でビートたけしさんや明石家さんまさん、島田紳助さんたちと共演して、その後は一人で『笑っていいとも!』(ともにフジテレビ系)でタモリさんとも共演しましたからね。

寺門 渡辺さんはサングラスをかけて、ウォークマンのイヤホンをつけながら、「さあ、やってみて!」と。

渡辺 えーっ、偉そう(笑)。イヤホンつけてたら、ネタが聞こえないじゃん。

■渡辺「精鋭を集めたわけじゃなくて、たまたま……?」

寺門 いや、スターはそうでしたよ(笑)。渡辺さんには「君たち、10年かかるよ」って真顔で言われました。その後、「君たちみたいな若い奴らがいるから一度集まって、いろいろ考えてみて」って紹介されたんです。

上島 で、新宿の喫茶店で10人くらいで会ってね。

寺門 その中で一番汚い格好をしてたのが、ネズミ色のジャージ上下を着た肥後だった(笑)。

渡辺 道劇はジャージがふだん着だからね(笑)

上島 他にも、派手なバスタオルをポンチョ代わりにして、頭を半分だけ剃って、赤い縁のメガネを斜めにかけた男がいた。南部さんなんですけどね(笑)。それがもう怖くて……。

渡辺 その大人数から4人組のグループにどんなふうになったんだっけ?

肥後 渡辺さんが「ラ・ママ新人コント大会」をスタートさせたのが86年1月。その何か月か前に、道劇で「おまえも出ろ」と言われて、「分かりました」と返事をしたんです。それからしばらくして歌舞伎町を歩いてたら、たまたま渡辺さんと会って。「ネタ作りは進んでいるか?」って聞かれたんだけど、そのこと自体忘れてたから、チンプンカンプンで(笑)。

渡辺 チンプンカンプンだったのかよ(笑)。

肥後 「出るって言ったんだから責任を果たせよ!」って、すごく怒られた。それで、すぐに電話して連絡が取れたのが、上島、寺門、南部さんの3人だけ。

渡辺 精鋭を集めたわけじゃなくて、たまたま……?

寺門 みんな、仕事やバイトがあって、一番暇な人間が集まったんです(笑)。

上島 そうですよ(笑)。ダメな4人が残っていたんです。それで4人で稽古を。

肥後 「渡辺さんが怒ってるから、とりあえず1回だけやろう」ってね(笑)。

現在発売中の『週刊大衆』8月17日号では、ダチョウ倶楽部の結成秘話が読める!

当記事は日刊大衆の提供記事です。

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