編集からもらったカネで打つ爆速パチンコ台「大工の源さん」

日刊SPA!

2020/8/2 15:51

―[負け犬の遠吠え]―

ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。

それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。

「マニラのカジノで破滅」したnoteで話題になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載。

今回は初めて原稿が提出できなかった犬さんと編集の話です。

=====

◆無職記念日がもうすぐやってくる

8月に入ると、僕が無職になってちょうど1年経つことになる。最近知り合った人にはよく言われるのだが、僕の無職歴は意外と短い。

20代初期の頃に作った借金200万前後とダラダラ付き合いながら、それでも普通に飲み食いして、普通に後輩ができて、普通に飯を奢ったりする生活ができた。月の返済は5万円弱。社員寮に住んでいて家賃が2万円だった当時の僕にとってはそれほど苦しい金額ではなく、借金を飛ばしてやろうなんてズルいことをわざわざ考えるような状態ではなかった。

奴隷体質の僕は決まった時間に決まった仕事をする方が向いていたのだが、配置換えで会社の方向性を考えたりする必要が出てきて、少しずつ窮屈に感じていたのかもしれない。

金のことを考えるのがとにかく嫌になっていった。自分の給与や従業員の給与を考えていく時に発生する、雇用する側とされる側との駆け引きがダメだった。給料を上げたい従業員、できるだけ安く使いたい会社。どちらの言い分も十分理解できるし、どちらの言い分も聞くに耐えなかった。前向きであればあるほど、より良い環境を目指せば目指すほど、この駆け引きは発生せざるをえない。そうして「社会」はより強く、より理想に近づいていくのだろう。合わなかった僕が悪い。

仕事を辞めた瞬間の高揚感は今も微かに残っている。僕の場合はすぐにどん底に落ちていったが、それでも最後に働いていた瞬間よりも過ごしやすいと思っていた。

1ヶ月経ち、まだ働きたくなかった。日雇いのアルバイトはしていた。昼にファミレス、夜に工事現場で働いていた。工事現場のバイトの方が一番好きだった。上京してからずっと接客業だったので、不特定多数の人間と顔を合わせなくて済むのが良かったのかもしれない。

3ヶ月経ち、まだ働きたくなかった。アルバイトの数は減らした。目覚まし時計で起きたくなくなっていた。工事現場の人たちと仲良くなって随分働きやすかった。働いていると言うよりはジムに通っている感じだった。

半年経ち、まだ働きたくなかった。世の中から日雇いの仕事が消えた。テレビでは家から出るなと言っていた。僕は世界を言い訳にして家から出なくなった。

9ヶ月経ち、もう借金の返済もままならなくなっていた。そろそろ働かないとマズい。そんな時にこの連載の話をもらった。ブログの記事を書いて欲しいという依頼も何件か来た。僕はめちゃくちゃ運がいい。友達以外にも日記がウケたのが嬉しかった。生まれて初めての内職だ。

日記を書くのは好きだったので、一週間に一度、ある程度の文量を書くのは難しくないと思った。まあ、難しかったのだが。

奴隷として8年近く働いてきた僕にとって、「好きなタイミングで仕事をしていい」という状況は手に余った。そんなもの、直前になって忙しそうにするに決まっている。

「借金と貧乏」という一つのテーマで何本も日記を書く能力もなかった。元文芸部でもなければライターとして副業をしていたわけでもない。元野球部で、大抵の困難を徹夜残業で解決していた脳筋だ。

そうして少しずつ書くネタが切れていき、締め切りに遅れていった。

「返済どころか生活も間に合わないのに、そんなこと程度でパンクするのか」

と思う人が大半だろうが、世の中には想像を絶するほど意志の弱い人間がいる。

今働いている環境を受け入れられずに仕事を辞めようか迷っている人はたくさんいるだろう。本人にとって大変なブラック企業でも、与えてくれたものはある。「束縛」だ。決まった時間にゲームやテレビなどの娯楽物を強制的に没収され、決まったことをひたすらにやらせる環境。無職がこれを手に入れようと思ったら記憶を消すか、大きな夢を持つか、パーティの大切な仲間が倒されなければならない。

僕は僕自身の1年間で人間の退化を見た。アツい希望に滾っている主人公以外の人間は放置すると退化していく。起きる時間はまちまちになり、同じyoutubeの動画を何度も繰り返し見て、同じところで同じように声を上げて笑うようになっていた。ハプニングの内容もオチもわかる動画を見て毎回笑っている自分を自覚した時、少し怖くなった。でも次の日には同じ動画を見てバカみたいに笑う。否、バカが笑う。

もう体ではわかっていたのかもしれない。自発的に就職することは無理だと。

こんな体たらくを見かねてか、編集の人が相談に乗ってくれた。金が無いので当然奢ってもらう。ポケットに財布を隠し、手ぶらで待ち合わせ場所に現れ、

「今日僕は一円も持っていません」

のポーズを取った。万が一にもお小遣いがもらえたらラッキーだな、と思ってそうした。人と会う時に手ぶらで行くのはこうした乞食根性が身についているからだ。

恥ずかしい話をたくさんした気がする。それを肴に日本酒を飲んだ。

「生活リズムの作り方を相談したいけど、作家気取りと言われるのが怖い」とか、

「本当は自分が大好きすぎて反省できない」とか、

「源さんというパチンコ台はマジでヤバい」とか。

話をさせるのが上手な人だな、と思った。この文章もどうせ彼が見ることになるので書いてしまうのも恥ずかしい話だが、今更だ。

「せっかくなら1万円あげるんで源さんでも打ちに行きますか!」

な、なんて優しいんだ……

一生この人の言うことを聞こうと思った。

飲み屋の近くで空き台を探し、1台だけ見つかったので僕が打つことにした。

「じゃあ近くにいるんで!」

受け取った1万円札は折り目のないピン札だった。絶対に勝って最高の1日にしたい。博打打ちとして、この機会に当たらないなんてことは許されないのだ。

◆都合のいいタイミングで勝てるギャンブル

都合のいいタイミングで都合のいいように勝てるなら、今頃僕はこんなに借金をしていないだろう。パチンコに吸い込まれた1万円は3,000円、5,000円と順調に減っていった。

僕が残り1,500円というところで、肩を叩かれた。

「(当たりましたよ!)」

パチンコ屋の喧騒の中、嬉しい報告を受けた。気付いたら彼は僕のすぐ近くの台に座っていた。

ああよかった、ただ1万円を失うだけになっていたら気まずいと思っていたところだ。親指を立て、「Good Luck!」の笑顔で応じる。久しぶりにパチンコを打つという人を連れてきて、僕の好きな台で当たる。素直に嬉しかった。

もらった1万円の方は、何事もなく消えた。まあこれでトントンだろう。僕は好きな台をタダで打てたし、彼もきっと1万円くらいは勝つ。タバコを吸って待とう。

後ろを見ると、彼の台がけたたましく光っているのが見えた。もしかしたら、今日は本当はツイてる日で、あと少しだけ打ったら僕の方も当たるのかもしれない。二人で大勝ちして飲み直しても良いだろう。財布をこっそりと出し、虎の子の金を入れる。奢ってもらって帰るだけなら良かったものを、これで僕は彼の当たりが終わるまでやめられない心持ちになってしまった。

結局18,000発も出て6万円近く勝った彼の後ろで、僕は12,000円も追加入金してしまった。さぞや楽しかったことだろう。

「追加入金してましたよね?大丈夫でした?」

心配をされたが、一緒に行った人が勝って喜べないほど僕の心は狭くない。源さんのヤバさを体感してもらえて嬉しかった。その勝ちは、他人に施しをした清い心が呼んだ勝ちだ。無欲の勝利だ。

帰りの電車で一人になり、1日を振り返る。こんなダメ人間の僕を見放さずに相談に乗ってくれて、さらには1万円でパチンコまで打たせてもらった。

彼は5万円近く勝った。僕は12,000円負けた。

日本酒で少し酔った脳裏にモヤがかかる。

僕は、12,000円も負けたのに「ごちそうさま」と言った……?

家に帰るとすっかり落ち込んでしまっていた。

「これからもよろしくお願いしますね!」

爽やかな笑顔を思い出す。

寂しくなった財布を部屋の隅に投げつける。奢ってもらう予定だったから、1万円以上負けるつもりなんてなかった。

「うわ、やる気でねー」

そして先週、僕はそのまま原稿を出さずに初めて休載した。

―[負け犬の遠吠え]―

【犬】

フィリピンのカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitter、noteでカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。

Twitter→@slave_of_girls

note→ギャンブル依存症

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ

あなたにおすすめ