「毎日会社に出勤のほうがヤバいウイルス」作家・燃え殻が新作で目指したもの

日刊SPA!

2020/8/1 06:52

 作家・燃え殻がSPA!本誌で連載中の「すべて忘れてしまうから」が一冊の単行本になった。そもそも、テレビの美術制作会社の社員として長年働くなかで、仕事の日報のつもりで始めたツイッターが注目されたのがすべての始まりだった。その縁で知り合った作家や編集者から小説を書くよう勧められ、初めて書いた作品が『ボクたちはみんな大人になれなかった』。新人としては異例のベストセラーになった’17年夏から3年を経て、待望の2作目となる本作が誕生するまでの物語を聞いた。

◆異色のベストセラー作家が新作で目指したのは、日常に寄り添う解毒剤

「この連載の話は、一回断ったんです。本業がすごく忙しい時期で、週刊連載は無理だろうと思って。そしたら『とりあえず何か一本書いてください』と言われて、それで書いたのが、本の『はじめに』の、オーケンさん(大槻ケンヂ)とのエピソードで。その原稿を渡した週に、僕、入院しちゃったんですよ。それで『やっぱり週刊連載は無理です、これから大腸検査で肛門にカメラを入れられるんです。だから書けません』って言ったら、『いや、肛門にカメラを入れられる話を書けばいいじゃないですか』と言われて(笑)」

半ばなし崩し的に始まったこの連載だが、一貫して描かれるのは、生きていくことのままならなさや無力感、そしてそれらと日々いかに向き合っていくかという切実なテーマだ。叙情性とユーモアの絶妙なバランスによって成り立つ、燃え殻ならではのトーンが読む者の心を惹きつける。

「過去にガーッと遡って断片的な記憶を多く書いているんですが、そうすることで『ああ、このころも悩んでいたんだ。じゃあ今の悩みも、そのうち賞味期限が切れて大丈夫になるかもしれない、それなら生きてみようか』と思えるんです。そういうことしか書けないし、興味がない。自分のなだめ方を、それしか知らないのかもしれません」

書く仕事を始めるまでは、ただただ毎日を苦しい苦しいと言いながら美術制作の仕事をして、新規事業を立ち上げて……という日々を送っていたが、文章を書き始めてから変化が訪れた。

「どんどん苦しみが増していく、でもこの苦しみが人生なんだな、くらいに思っていたんだけど……ものを書くって、整理整頓しなきゃいけないじゃないですか。それが自分の精神衛生上、すごくよかった。昔、編集者に『書いたらきっとラクになりますよ』って言われて。ラクにはならないからそれはウソでしたけど、ある程度、整理はつくようになりました」

◆わかりやすいものは、どこか極端だ

SNS全盛の今だからこそ、週刊誌で書く自由さも感じているという。

「今のSNSって末期的っていうか、何を書いても文句を言われるんです。極端な投稿が求められる一方で、極端なことを言うと意見が異なる人からはめちゃくちゃ叩かれる。全部が正しい人なんていない、と僕は思ってるんですよね。正しさ以外は認めない、っていうのが今のSNSだけど、雑誌ならダメなことも含めて自由に書くことができる。この連載は週刊誌だから、基本的には1週間たつと消えていくし、炎上もしないじゃないですか」

紙のほうが不燃で、SNSのほうが可燃。確かにSNSはどんどん不自由な場所になっている。

「だから、雑誌のほうが本当の自分の心情を書ける気がします。SPA!にもいろんな作家さんが書いていますが、SNSの個人アカウントよりも、SPA!で書くときのほうが、踏み込んで書いているんじゃないかな。そこが今の雑誌のおもしろさだと思っています」

本作は、70本以上の連載原稿から50本を選び、加筆修正している。

「50本に絞ったとき、エモすぎる原稿は省いたんですよ。一冊通して読んだときに、エモさよりも、日常に寄り添う解毒剤みたいなものであってほしいと思ったんですよね」

本書には「わかりやすいものはどこか極端だ。『絶対に泣ける映画』とか、そういったものは絶対的に怪しいと個人的には思っている。日々のほとんどは、本当はグラデーションの中にある」という一文が「そもそも、エモってなんだ」の回にあるが、グラデーションこそが、本作の最も重視した点なのだ。

実は、本作が刊行される少し前に、燃え殻は本業の仕事からしばらく離れることを決めて、休職した。

「この本にも書いたけど、コロナ禍で会社の売り上げが悪化したことで、部下を休職させなきゃいけなくなったんです。誰を休職させるか決めなきゃいけない、それを会社から求められたときに……僕は物書きの仕事があるから、休職するとギリギリ食えるか食えないかくらいなんですけど、部下は100%食えなくなるんですよ。家賃も払えない、引っ越さなきゃいけないヤツもいる。そんな状況になったときに、『あ、じゃあ俺が休もう』と思ったんです」

苦渋の決断だが、会社に行かなくなり、人に会わなくなったことで、収入はかなり苦しいものの、精神的にはかなりクリアになったのだという。

「コロナでいろんな会社や店が潰れた一方、4月の自殺者が前年から20%近く減ったというデータもあるんですよね。毎日会社に出勤することや満員電車のほうが、よほどヤバいウイルスじゃないか、とも思いましたね」

コロナ禍で当たり前の日常を過ごすことも困難ないま、本作はそっと、日々のままならなさに寄り添い、解毒してくれるはずだ。

◆燃え殻が忘れられない、あの人との思い出

大槻ケンヂ:初対面の際、愛読する大槻の著書『リンダリンダラバーソウル』について熱く感想を述べた燃え殻だったが、意外な事実を聞かされ、「で、燃え殻くんの小説の中の希望はどこ?」と問われる。それは、燃え殻がものを書く上での指針となっている

糸井重里:1作目の出版直後、環境の変化をどう乗り切ればいいか糸井に質問した燃え殻。「答えはすぐ出さなくてもいいんじゃないかな。少しその環境にのまれたり、流されたりしながら、ゆっくり考えていけばいいと思う」という言葉にホッとしたという

会田誠:男木島で行われた会田とのトークイベントに呼ばれたときのこと。イベントの後に会田と観客と酒を酌み交わし、眠りに就いた。翌朝の、ご飯の炊けるにおいと、誰かのおしゃべり、風で膨らむカーテン……燃え殻にとって忘れられない夏の記憶だ

【燃え殻】

’73年生まれ。テレビ美術制作会社に勤務しながら、作家、コラムニストとして活躍。’17年、初の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーに。本連載をまとめた『すべて忘れてしまうから』(扶桑社刊)が発売中。電子文芸誌『yomyom』(新潮社)で「これはただの夏」を連載中

<取材・文/兵庫慎司>

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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