「妻が風呂に有毒ガスを…」殺しあう寸前までいった夫婦の悲劇

女子SPA!

2020/7/29 15:47

【ぼくたちの離婚 Vol.16 因果応報なき世界 #1】

平日の昼下がり、指定の喫茶店に現れた筒本望さん(仮名/43歳)は長髪に革ジャン・Tシャツだった。近くにある映像関係の会社に勤めているという。彼は10年も前に離婚した元妻・亜子さん(仮名/現在40歳、離婚当時30歳)との結婚生活を、まるで昨日のことのように話しだした。

◆頼ってくる「妹キャラ」

出会いは13年前、筒本さんが30歳、亜子さんが27歳の時。筒本さんは当時フリーランスの映像ディレクターだった。

「亜子は大学卒業後にいったん一般企業に就職しましたが、どうしてもテレビ業界に関わりたくて会社を辞め、映像制作の専門学校に通っていました。僕はその学校の講師と知り合いだった関係で、学生たちの集まる飲み会に呼ばれ、亜子と知り合ったんです」

知り合った当初、筒本さんは亜子さんを恋愛対象としては見ていなかった。しかし亜子さんは筒本さんとの距離を積極的に詰めていく。

「演出論、技術論、機材のうんちく、業界話なんかを、キラキラした目で質問してくるんですよね。答えると、『え、そうなんですかぁ~』って、妹みたいに甘えてくる。付き合う気は全然なかったけど、そういうふうに頼られれば、正直嫌な気持ちはしなかったです」

◆自己肯定感を回復させてくれた

次第に男女の仲になっていくふたり。迫ってくる亜子さんを筒本さんが拒絶しなかったのには、理由がある。

「亜子と出会う前に、歳上ですごい美人の脚本家と付き合っていました。知り合ってすぐ趣味が合うとわかり、意気投合して男女の関係になったんですが、4ヶ月くらい経った頃にしれっと『私もいい年だから婚活しなきゃ』と言われて、一方的に別れを告げられたんです」

彼女はあっさりキャリアを捨て、後に郷里の実業家とお見合い結婚したそうだ。

「僕は結婚相手の候補どころか、彼氏ですらなかった。彼女にとって僕との日々は単なる暇つぶし、次への“つなぎ”だったんです。当時の僕はフリーランスとしてかなり稼いでいたんですが、一気に鼻っ柱がへし折られましたね。自己肯定感がどん底まで落ちました」

その下がりきった自己肯定感を回復させてくれたのが、亜子さんだったのだ。

「打ちひしがれて、ぽっかり空いていた僕の心の穴を、亜子が埋めてくれました。まだ俺も捨てたもんじゃないな、って思わせてくれたんです」

◆「あの女はやめとけ」

亜子さんは筒本さんのマンションに入り浸るようになった。風呂の排水溝を丁寧に掃除したり、甲斐甲斐しく凝った料理を作ったり。その頃の亜子さんの写真を見せてもらうと、髪型はショートカットだが、顔の印象はPerfumeのかしゆかに似ている。かなり小柄でスレンダー。「自分を頼ってくれる、妹気質でかわいらしい押しかけ女房」といった印象だ。ファッションもどんどん筒本さんのテイストに寄せてきた。それがまたかわいいと感じたそうだ。

「気持ちのアップダウンが多少激しい子でしたが、当時は僕を口撃したり、ヒステリーを起こしたり、不機嫌をぶつけてきたりするような人ではなかったんです」

ただ、少しだけ引っかかることがあった。亜子さんは交際中からパニック障害を患っていたのだ。

パニック障害とは、唐突に強い不安が襲って動悸や発汗が起こる「パニック発作」、パニック発作が起こるかもしれないと恐れる「予期不安」、発作が起きそうな状況や場所をあらかじめ避けようとする「回避行動」などで構成される症状群のこと。うつ病をはじめとしたさまざまな精神疾患の入り口ともなりうる。

「でも、それで僕が困ることはありませんでした。たまに不安になるとか、特定の状況で『ちょ、ちょっと待って……』と言われる瞬間はありましたが、落ち着いて対処すれば問題なかったんです。……結婚する前までは」

この頃、筒本さんの父親が末期ガンで余命いくばくもない状況だった。それを知った筒本さんは、亜子さんとの結婚を決意した。

「父が生きている間にね。これが最後の親孝行ってやつかなと」

筒本さんは亜子さんを両親に紹介し、既に同棲していること、結婚の意志があることを伝えた。ところが……。

「後日、僕がひとりで父を見舞いに行くと、病床の親父が小声で僕に耳打ちするんですよ。『望、あの女はやめとけ』って。母が亜子に悪い印象を持っていて、そのことを父に言ったらしいんですが、詳細はわかりません。とにかく、父は亡くなるまでずっとそう言い続けていました」

しかし、既に心が固まっていた筒本さんは父親の意見には耳を貸さず、亜子さんと入籍する。結婚式は行わなかった。

◆働かない妻に毎月20万円

結婚直後から亜子さんは変わりはじめた。

「亜子は専門学校を卒業後、就職した映像関係の会社が長続きせず、短期間に何社も転職を繰り返していましたが、結婚したタイミングですっぱり仕事を辞めてしまいました。僕の収入で生活が保障されているから、働かなくてもいいと踏んだんでしょう。当時の僕は羽振りがよったので、すべての生活費を僕が出したうえで、亜子には食費と小遣いとして毎月20万円渡していました。今思えば、渡しすぎですよね……」

毎日忙しく働きに出る筒本さんを横目に、亜子さんは日がな一日、近所のツタヤで借りてきた海外ドラマのDVDを見続けていた。

「あるとき亜子が駅前のヨガに通い出したんですが、『1泊2日のセミナー合宿があるから20万円ちょうだい』って言われたんです。たった1泊で20万はさすがにおかしいと思って問い詰めると、著名なヨガの先生を招待してるからお金がかかる。できれば知り合いも誘ってほしいと言われていると。完全に宗教じみたやつです。どっぷり精神世界の入り口になってるような、やばい団体だと直感しました」

筒本さんは亜子さんを連れてヨガ教室に怒鳴り込み、ヨガ教室を辞めさせた。

◆「葬式、ぜんぜん立派じゃなかったね」

やがて、筒本さんの父親が亡くなった。地元企業の経営者だったので、都内の寺で大きめの葬式をあげたそうだが、そこでも亜子さんとひと悶着あったという。

「亜子と参列した葬式のあと、帰りのタクシーで彼女が信じられないことを口走ったんです。『経営者のわりには大した葬式じゃなかったね。もっと立派な葬式だと思ってた』って。公平に見てすごく盛大な式でしたし、仮にそう思っていたとしても、故人に対してあまりにも失礼でしょう。耳を疑いました」

筒本さんは声を荒げて「そんなことないよね! 立派な式だったよ!」と抗議したが、亜子さんは謝りもしない。それどころか、「うちのお母さんの葬式はもっと立派だった」と言い返してきた。

実は亜子さんは存命中の父親と折り合いが悪く、大好きだった母親の死を「父親のせい」と口走ることがたびたびあった。結婚前にはこんなこともあったという。

「父が余命わずかだと亜子に伝えたとき、彼女、ものすごく動揺したんです。聞くと、自分がパニック障害になったきっかけが母親の死だったんだと。それがフラッシュバックしてしまったらしく、数日間落ち込みました。当時の僕は、むしろ亜子のことを『人に共感できる優しい子だ』くらいに思っていたんですが……。今からよくよく考えてみると、その頃から亜子の気持ちのアップダウンが激しくなっていきました」

「葬式で近親者の死に立ち会い、再度“スイッチ”が入ってしまった」。そう筒本さんは説明した。

◆自分を救ってくれた妻に、どん底まで叩き落された

葬式を境に夫婦関係は劇的に悪化していく。

「亜子はちょっとしたことで錯乱し、大声をあげ、汚い言葉で僕を罵りし、なじり倒すようになりました。同棲中の亜子とはまるで別人になってしまって……。パニック障害の発作もひどくなりました」

筒本さんは亜子さんに精神科への通院を促した。一方で病気についてネットや書物で調べ、適切な対処方法を探ってもみたが、徒労感しかなかったという。

「考えに考えを尽くし、彼女が一番楽になるであろう言葉や対応を心がけましたが、何を言っても、何をやっても、どう歩み寄っても、『あんたにはわかんないわよ!』と一蹴され、責められました。かと言ってそっとしておくと、『どうして理解してくれないの!?」と抗議される。一体どうすればいいのか、途方に暮れました。それまでの人生で、こんなにも自分が無力だと感じたことはなかったです」

一度は自己肯定感を回復させてくれた亜子さんに、今度はどん底まで叩き落とされたのだ。

「四六時中、亜子のことしか考えてないのに、手かがりひとつ見つけられない。世の中は、費やした努力が何ひとつ報われない。因果応報なんて嘘っぱちだと思いました。今でも思ってます」

◆「あなたに離婚されたら死ぬ」

その頃になると、亜子さんはすべてに対して無気力になり、家事を一切放棄するようになったが、筒本さんは咎めなかった。神経がけばだっている亜子さんにダメ出しじみた指摘などすれば、最悪の結果を招くだけだからだ。

そんな折、なんと亜子さんの浮気が発覚する。筒本さんの父親の葬式から半年も経っていない頃だ。

「僕の仕事が不規則だったので、ふたりの寝る時間と起きる時間はバラバラだったんですが、夜中に目が覚めると亜子が別の部屋でずっと電話してるし、僕が仕事から帰ってくると、そそくさと電話を切る。だから、彼女のスマホのパスワードロックを解除してメールを見てみました。携帯料金はすべて僕が払っていて、初期設定も全部僕がやったので、パスワードを知っていたんです」

完全に浮気だった。相手が亜子さんの“病気仲間”だということを、筒本さんは後日知る。

「僕がガチギレしてスマホを亜子につきつけたら、亜子は逆ギレして『もう死ぬしかない。あなたに離婚されたら死ぬしかない!』と錯乱しました。それからの数ヶ月は、文字通り地獄です。僕がいる時には、ずっと『死ぬ死ぬ』って口に出して言い続けてるんです」

◆包丁、119番通報、有毒ガス…

口だけではなく、亜子さんは行動で示した。

「『手首切って死ぬ』と宣言して、突然家を飛び出すんです。追いかけると、駅前スーパーの包丁コーナーの前で黙って包丁を見つめてる。僕が追いかけてくることをわかってやっているのが見え見えなので、正直すごく腹立たしいんですが、それを言ってもしょうがない。なので、平静を装って『何してるの? とりあえず帰ろうよ』と声をかけ、手を引いて連れ戻しました」

ある時、筒本さんが仕事中に亜子さんから電話がかかってきた。取ると「火をつけて死ぬ」と言っている。慌てて帰宅すると、マンションの大家から「さっきまで消防車が来ていた」と聞かされた。火はつけず、119番通報だけしたようだった。

こんなこともあった。

「亜子の後に風呂に入ったら、目がしばしばするんですよ。開けてられないくらいに。亜子に聞いたら、『お風呂であなたと死のうと思って、“まぜるな危険”のやつを焚いといた』って。塩素系の洗浄剤と酸性の洗浄剤を混ぜて、塩素ガスを発生させてたんです。僕の命に別条はなかったですが……」

当時の亜子さんは、抗うつ剤など大量の薬を処方されていた。しかし、そう簡単に状況は変わらない。ほどなくして、筒本さんは心労で体調を崩す。勤務後に会社を出る時、足が動かなくなった。

「帰ったらまた亜子の相手をしなきゃいけないんだと思うと、本当に、物理的に足が動かなくなるんです。毎日が恐怖でした」

一度だけ、亜子さんの暴言に対して「人生で一番怒った」ことがあるという。

「亡くなった父親のことを侮辱されたので、かーっとなって……。気づいたら亜子の首を締めていました。最悪です。僕は一体何をやってるんだと思い、すぐに手を離しましたが、あれは、もう……本当に、ダメでした……」

筒本さんは離婚の決意を固める。しかし亜子さんは「離婚したら死ぬ」と言って譲らない。早まった行動を取られては大変なことになる。八方塞がりとなり憔悴を極めた筒本さんは、生まれてはじめて弁護士事務所の門を叩く。

そこで提案された戦略は意外なものだった。

※続く#2は、8月1日に配信予定。

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>

【稲田豊史】

編集者/ライター。1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「SPA!」「サイゾー」などで執筆。

【WEB】inadatoyoshi.com

当記事は女子SPA!の提供記事です。

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