新型コロナは私たちの価値観をどう変える?歴史学者が読み解く

日刊SPA!

2020/7/29 08:50

 新型コロナウイルス感染拡大の長期化に備えて、政府は国民に対して「新しい生活様式」を取り入れるよう、呼びかけている。「もう以前の生活には戻れない」と言われているが、収束した後の世界はどう変わってしまうのか。

◆歴史を見ても、ウイルスに打ち勝てていない

感染症の歴史と、そこから見えてくる「コロナ後」の世界観の変化について、本郷和人・東京大学史料編纂所教授はこう話す。

「歴史上、人類が克服した感染症は’80年にWHOが根絶を宣言した『天然痘』だけです。100年前に全世界で死者5000万人ともいわれる猛威を振るった『スペイン風邪』にしても、あれはA型インフルエンザ・ウイルスで、私たちは今も感染症と長い付き合いを続けているわけです。

つまり今回の新型コロナウイルスについても、人類は『どう打ち勝つか』ではなく『どう共生していくか』を考えないとなりません。言い方は残酷ですが、がんと同じで“死ぬ人は死ぬ”。大事なのは、これをキッカケにして『なにが幸せな人生なのか、よい社会なのか』といった価値観を改めて問い直すことでしょう」

これまで、人々は暗い時代を経験すると、自らの人生を深く考えるようになり、世界各地で新しい文学や芸術が生まれ、新たな宗教が誕生してきた。今回のパンデミックでも、そうした哲学的な探求や、文化的なムーブメントが起こるのだろうか。

◆目先の利益しか考えていない

「特に日本人については、現状では私はとても悲観的です。なぜなら、今の日本人は『現世利益』にとらわれすぎているからです」と本郷氏は指摘する。

「日本は世界の感染症については(島国ゆえに)比較的影響を受けずにきた国ですが、戦争や飢饉に苦しむことは何度もありました。例えば私の専門でもある鎌倉時代は、平安末期からの混乱を長く引きずった。そこから生まれたのが鎌倉の新仏教です。

貴族のものだった仏教は庶民のもの、武士のものになっていった。宗派によって異なりますが、『南無阿弥陀仏』という念仏さえ唱えれば、貴賎を問わず極楽に行けるという教えが定着しました」

もちろん、宗教は一度教えが広まれば終わりでなく、解釈の発展や深化があるはずだ。

「それを止めてしまったのが、織田信長の一向宗徒虐殺です。さらに豊臣秀吉の時代にキリスト教も排斥されると、日本人の宗教からは哲学的な思想が抜き取られた。自分の身近な利益だけを求めるようになり、それは平穏な江戸時代が終わるまでずっと変わらなかった。“葬式仏教”になってしまい、物事を探究する力が失われてしまったのです。自分の心が安らいでいることに最大の価値を置く、難しい思想を排除した『現世利益第一主義』が、今のコロナ禍における『人命第一主義』にもつながっています」

◆科学に頼った「人命第一主義」でいいのか?

「医療の専門家は『人命が第一』だと言うけれど、本当にその一言で終わらせていいのでしょうか。そんな単純な問題ではないでしょう。実際に経済を回していかないと、人々は金銭面で追い込まれていく。それが原因となって、自殺やほかの病気などによる死者も出ます。また、自粛疲れのほうが健康や精神に悪いかもしれません。

パンデミックによる影響は、社会の複合的な問題なのに、なぜ専門家会議に経済の専門家がいなかったのかが疑問です(※)。科学的にゼロかイチかで解決する問題はさほど多くありません。例えば、科学者は原爆を止められず、きちんと反省もできなかった。科学的な視座は大事ですが、科学ばかりを信奉していていいのか。科学は万能ではなく、相対的な価値観や視野が必要なはず。社会の成熟のためには、今こそ文系学問の専門家が知恵を出し合うべきなんです」

※専門家会議は6月に廃止。7月に発足した「新型コロナウイルス感染症対策分科会」には、経済学者や新聞社幹部も参加

さらに本郷氏は「感染症の歴史は戦争と表裏一体」だと語る。

「感染症によって生活や移動が制限されると、人々の思考はどうしても内向きになる。贅沢はできないし、例えばこれまでの収入の数分の1で生活しなければならないとなったときに、人は果たしてそれに耐えられるか。

日本人はよくも悪くも我慢して耐えているけれども、上昇志向が是とされるアメリカや、経済成長を続けていた中国では事情が違う。縮小した富の奪い合いが始まり、米中の緊張もさらに高まっていく」

◆コロナ後に希望を持てるとすれば…

こうした武力紛争の危機に加えて、排他的な雰囲気が広まることで国や地域のナショナリズムのさらなる高揚も予想されている。

「だからこそ、現実的で成熟した考え方が必要になってくるんです。『自粛警察』にしろ、ネットでの有名人への攻撃にしろ、日本人は誰かを攻撃することで『自分の問題』から目を反らして、それが議論だと勘違いしてしまっている。これからは問題を直視し、いかに自分ごとにできるかが重要です」

だが人々の価値観は、そんなに簡単に変えられるのだろうか。

「今のままでは難しいでしょう。希望が持てるとすれば、コロナを機にして女性の社会進出がさらに広がっていることです。各専門分野の研究においても、男女の差はなくなりつつある。女性は一般的に男性より生活への意識が高く、生き方への柔軟性も高い。かつて類を見ない女性の社会進出が、歴史上の大転換点になると思います」

世界を見ても、台湾の蔡英文総統やドイツのメルケル首相が、コロナ対策のリーダーとして成果を上げている。コロナを歴史の大きな転換点として、これから“女性の時代”が来るのかもしれない。

【本郷和人氏】

’60年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。日本中世政治史、古文書学専攻。『大日本史料』第五編の編纂を担当。著書に『天皇はなぜ生き残ったか』(新潮社)など

<取材・文/週刊SPA!編集部 写真/朝日新聞社>

―[コロナ後の未来]―

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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