コロナを機に「都会で暮らす必要ないかも…」シングルマザーの決意

女子SPA!

2020/7/29 08:47

 近年、必要最低限のモノとシンプルに暮らす“ミニマリズム”を実践する人が増えていますが、中にはモノ以外についても「手放して良かった」と感じる人がいるようです。

◆18歳で家出。都会に染まった10代

大阪の郊外にある実家で暮らす山本里英さん(仮名・35歳)は女手ひとつで娘を育ててきたシングルマザー。現在は生まれ育った地元で暮らしている里英さんですが、そこに至るまでさまざまな葛藤があったといいます。

「駅ビルさえないような本当に何もない街で、10代の頃はそんな地元が大っ嫌いだったんです。当時の私はいわゆるギャルで、しょっちゅう大阪のミナミなど都会に遊びに行って、ほとんど家に帰っていませんでした。そのうち、交際していた男の家に転がり込んで親とはケンカばかり。勘当同然で家を飛びだして以来、連絡も取っていませんでした」

当時、18歳で家出した里英さんは都会のキラキラした生活に憧れていたといいます。

「地元から1時間程度なのに、大阪はまるで違う世界だったんですよね。やがてキャバクラで働くようになり、キャバクラに来るお金持ちのお客さんや、ホストクラブに行ったりすぐに都会に染まっていきました。しばらくは適当に働きながら、夜遊びを繰り返す生活。ブランド物もたくさん買って、バーやホストクラブで毎晩のように飲み歩いていましたね。そんな生活が続いて数年経ったころ、キャバクラで前夫と出会い、妊娠を機に結婚することになったんです。夫は早くに両親を亡くしていたので、結婚式は挙げないことに決め、私も親に結婚の報告すらしませんでしたね」

◆離婚後も、実家には帰らず…

キャバクラをやめて結婚した里英さん。しかし、その生活は長く続かなかったといいます。

「結婚前から夫はキャバクラで派手に遊んでいるようなタイプだったのですが、結婚してもそれは変わらなかったんです。最終的には私が前、働いていた店のキャバ嬢と浮気したので、わずか2年足らずで離婚しました。普通ならそこで実家に帰るなりすると思うのですが、私は帰らなかったんですよね。

離婚するときに夫が大阪の都市部にマンションを借りてくれたので、そこに住むことにしたんです。それに、まだ都心に住んでいたいという気持ちが当時もあったんですよ。でも、さすがに働かないといけないので、前のキャバクラのオーナーに紹介してもらった北新地のスナックで働くことにしました」

深夜も開いている託児所に子供を預けて、これまで女手ひとつで娘を育ててきた里英さん。しかし、今年2月に新型コロナの影響で状況は一変したといいます。

「北新地では2月頃からコロナの影響で客足が一気に途絶えました。さらに3月末には北新地の店でも感染者が出てしまい、休業する店が増えてきたんです。私が働いていたスナックも例外ではなく4月頭から休業していました。貯金はしていたので生活にはそこまで困らなかったのですが、その後、緊急事態宣言に入り、外出できない状況に……。

大阪の中心地なのに家の周りは飲み屋ばかりなので飲食店も開いていなくて、どこにも出かけられない生活がしばらく続きました。買い物に行くにも車がないので、1日に何度も行かないといけないのに娘がいるから感染が怖くて。そんな生活をしているうち、これ以上都会で暮らしていく必要があるのかな、と思い始めたんです」

◆「子供のため」都会暮らしを手放す決意

そして、大阪の独自モデルで休業要請が解除された5月下旬、里英さんは決意を固めます。

「17年ぶりに実家に連絡を取ったんです。ずっと連絡を絶っていたことで申し訳ない気持ちもあったので、恐る恐る電話をかけました。しばらくコロナが落ち着きそうにないと思い、地元の様子を聞いて子供が外で自由に遊べるような環境だったら帰りたいと話すと、親は久しぶりの私からの電話と子供がいることにものすごく驚いていましたね。でも、同時に喜んでくれたので、それからしばらくして地元に帰りました。

17年ぶりに再開した両親は、私と子供の顔を見るなり泣いて喜んでくれました。地元では感染者が少なかったことと、個人経営の店が多く飲食店とかは多少開いていたので自粛中でもそこまで生活には困らなかったそうです。何より、子供が外で自由に遊べるのが嬉しかったですね」

コロナを機に地方の実家などに住処を移すことは、今“コロナ疎開”と呼ばれて批判もあり、里英さんの行動も一般的には推奨されるものではないでしょう。そこで里英さんは、両親になるべく心配をかけないようにと、実家近くにアパートを借り、引っ越し後一定期間は外出を最低限に抑えるなど、できる限りの対策を行ったといいます。

以前住んでいたマンションに比べると現在の家賃は半分以下になったため「コロナが落ち着いたら地元でパートを探そうと思っている」と話します。

「今は在宅でできる仕事を友人から紹介してもらい、一時的に働くことになりました。親が子供を夕方預かってくれるので時間にも余裕が持てるようになりましたね。それにスーパーに行くのも実家の車を借りられるので、すごくラクになりました。地元の生活はあんなに嫌だったのに、今は実家が近くにあることに心強さを感じますね」

中には「コロナウイルスを持ち込まないで」と帰省を嫌がる親もいるなか、里英さんを歓迎した両親。高齢の両親の側も、娘が地元にいることを心強く感じたのでしょう。

都会ならではの利便性よりも、家族での助け合いを選んだ里英さん。今、家族のありがたみを噛み締めているといいます。

―私が「手放して」よかったもの―

<文/カワノアユミ>

【カワノアユミ】

東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。裏モノ・夜ネタを主に執筆。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。ツイッターアカウントは@ayumikawano

当記事は女子SPA!の提供記事です。

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