『私の家政夫ナギサさん』『凪のお暇』 「毒親」を描くドラマが増えている理由

クランクイン!

 「癒される」「こんな家政夫が欲しい」と言う声が多く、視聴率も初回から3話連続12%を超えるなど、数字・評価ともに上々に推移しているのが多部未華子主演の『私の家政夫ナギサさん』(TBS系/毎週火曜22時)だ。

『私の家政夫ナギサさん』は、製薬会社のMR(医薬情報担当者)として働くキャリアウーマンで、家事や恋愛はまるでダメな相原メイ(多部)が、“おじさん家政夫のナギサさん(大森南朋)”を雇うことから始まる物語。その中で、仕事や恋と並んで描かれているのが、母親・美登里(草刈民代)との関係性である。

というのも、メイの幼い頃の夢は「お母さんになること」だったが、それを美登里に否定され、「男の子に負けない仕事のデキる女性になって」と言われ、母親の価値観を押し付けられて生きてきたから。

こうした「毒親」とも言われる母と子の関係が登場するドラマはといえば、高畑充希主演の『過保護のカホコ』(日本テレビ系、2017年)、昨年放送された黒木華主演の『凪のお暇』(TBS系)と、小芝風花主演の『トクサツガガガ』(NHK、2019年)などが思い出される。いったいなぜ今、「毒親」を描くドラマが増えているのか。

■社会の変化と、震災後の「絆」強調傾向 母娘の関係を追い詰める

『過保護のカホコ』は遊川和彦のオリジナル脚本だが、『トクサツガガガ』の原作コミックは2014年から、『凪のお暇』の原作コミックは2016年から、『私の家政夫ナギサさん』の原作コミックは2016年から連載されているもの。

とはいえ、そもそも母娘テーマの作品が増えてきたのは2010年前後からと言われ、女性学の第一人者で社会学者の上野千鶴子氏は2008年時点で、その理由を晩婚化・非婚化・少子化と関連付けて「親と同じように生きる社会ではなくなっていること」と説明している。

さらに「毒親」という存在が浸透してきたきっかけは、2012年に『母がしんどい』(著:田房永子)が発表され、圧倒的な共感を得たことが挙げられるだろう。

3・11以降、度重なる災害で「絆」の大切さが強調される中、親子関係にスポットがあたり、「親との関係性が悪い」「親が嫌い」などと口にしづらくなったことが背景にあるという指摘もある。

■子どもを自分の思い通りにしたい 母親の支配欲という息苦しさ

自分の中に抱えてきた、人に言えない苦痛・悩みが「毒親」という概念を得ることで理解できたと感じる人は多いのだろう。そうした悩みは、漫画などを経て、ドラマでも描かれる動きが2010年代後半から生まれてきた。

『過保護のカホコ』では、毎朝ママの泉(黒木瞳)に起こしてもらって弁当を作ってもらって服も選んでもらうカホコ(高畑)が、自分の意思で選ぶことはことごとくママに全否定される。娘のことをすべて把握・支配し、自分と同じく専業主婦になることを勧めるが、そこには娘に同じ道を歩ませることにより、自分の歩んできた道を肯定してほしいという願いが見え隠れしていた。

『トクサツガガガ』の場合は、主人公の叶(小芝)は幼少時に「特撮なんて、男の子が観るもの」「女の子らしく育ってほしい」と母・志(松下由樹)に言われ、特撮の載っている大好きな『テレビきっず』を「目の前で焼かれる」という強烈な体験をしたことから、好きなモノを好きと言えない「隠れオタ」に育っていく。

また、『凪のお暇』の場合は、常に空気を読んで息苦しさを感じながら生きてきた凪(黒木)が、過呼吸になったことを機に、仕事も恋人もすべて捨てて引っ越しをし、新たな人生を歩もうとする。しかし、そんな凪の変化を否定し、引き戻そうとするのが、片平なぎさ演じる母・夕であり、元カレの慎二(高橋一生)だ。

凪の母は、女手ひとつで育ててきたこともあり、凪を支配し、経済的にも精神的にも依存し続ける。凪の幸せを願っていると口にしつつも、事あるごとに重圧をかけ、「安定した仕事について、幸せな結婚をして、自由に遠くに、逃げて、逃げて。そしてお母さんをこの地獄からちゃんと連れ出してね」とつぶやく。

幼少時から凪の天然パーマの髪を「みっともない」と言っていた母。そして、新しい人生を歩み始めた凪の髪を見て「ブスになったなあ」「お前は絶対に変われない」と残酷な言葉を浴びせる慎二は、「そのままの凪」を否定する点で重なり合う。

しかし、そんな慎二もまた、「空気を読むのがうまく、群れの中を先陣切って泳げるような人」に見えて、外向きに理想の家族を演じているだけのバラバラの家族だった。だからこそ、一尾ではぐれて逆方向に泳ぐイワシの姿に畏怖と憧れを抱いていたということが後にわかるのだ。

■母娘の息苦しい関係に 新たな風を吹き込むナギサさんの存在

さて、これらの作品における「毒親」像に比べると、『私の家政夫ナギサさん』のメイの母親は、少しマイルドな印象だろうか。

自身が仕事を続けていたかったのに、専業主婦にならざるを得なかったことから、娘にバリバリ仕事することを求める母。その一方で、自分は専業主婦でありつつ、家事はまるでダメであるコンプレックスから、娘には「やればできる子」を繰り返し、自分にはできないことも求めて追い込んでいく。

毒親には「自分ができたことは子どもも出来て当たり前」と思うタイプと、「自分ができないことを子どもには成し遂げてほしい」と願うタイプなど、さまざまなタイプがいるが、メイの母の場合は厄介なことにその両方が矛盾して共存しているわけだ。

そんな母の期待に応えたくて頑張ってきたメイと、理想の娘になれず、学生結婚をして勘当された妹と。それぞれに母との確執がある。しかし、メイたち姉妹を縛りつける母親自身を第3話(7月21日放送)で解放してくれたのが、ナギサさんだった。

メイが倒れてしまったとき、「できるところだけでなく、できないところも見てあげてください」と伝え、何をしてあげたら良いかわからずにいる母に対して、苦手な料理に付き添い、フォローもする。

さらに、うまくいかず「やっぱり家事は向いていない」と投げ出そうとすると、「お母さんにしかできないこともあるんです。何もできなくても良いんです」と伝えてくれるのだ。

ナギサさんに励まされながら作った母の料理の味付けは上手くなくとも、メイにとっては格別の味だ。そして、メイの母がまた、ずっと欲しかったものも、この「できない自分」を肯定してくれる言葉だったのではないか。

家のこと、家族のことは、家族にしかわからない。その一方で、家の中で滞り、長年蓄積されていった淀(よど)みは、当事者同士ではなかなか解消できず、外からの別の空気が必要になることもあるのかもしれない。

「家政夫」という第三者が介入することで、家の中で溜まりに溜まった淀みがほんの少し解消され、新しい空気が生まれてくる――そんなことを感じさせる「毒親」へのアプローチだった。(文:田幸和歌子)

当記事はクランクイン!の提供記事です。

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