ねこ姉さん誕生秘話! 『ゲゲゲの鬼太郎』プロデューサーインタビュー【前編】

2018年4月~2020年3月に放送されたアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第6期が、「第57回ギャラクシー賞」(放送批評懇親会)のテレビ部門特別賞を受賞した。
「ギャラクシー賞」は放送文化の向上に貢献した番組や個人・団体を表彰する賞で、アニメーション作品が特別賞を受賞するのは史上初だ。
この快挙を記念して、フジテレビ編成部プロデューサー・狩野雄太と、東映アニメーションプロデューサー・永富大地への単独ロングインタビューが実現した。
2人が語る『鬼太郎』6期の製作秘話を、前・後編に分けてお届けしよう。
(聞き手/構成=原口正宏[リスト製作委員会])

世相や社会問題を取り入れた理由


ーーこのたびはギャラクシー賞の受賞、おめでとうございます。

狩野・永富 ありがとうございます。

ーー最初に、ギャラクシー賞について基本的な質問をさせてください。これは、番組を作ったTV局や製作会社が、あらかじめ選考に応募する形で選ばれる賞なのですか。

狩野 いいえ、賞によっては自分たちがエントリーする場合もあるんですけど、ギャラクシー賞は違うんです。おそらく放送批評懇談会に加盟している会員の皆さんが選んでくださるタイプの賞なんですね。ですから、心の準備もなく本当に驚きました。うちの編成部内の賞担当に、いきなりメールが届いて「おめでとうございます」って言われて……それを、そのまま永富さんに転送しました(笑)。

永富 いやもう、びっくりですよね。「僕の知っているギャラクシー賞と、同じ名前の別の賞があるんだっけ?」と思ったくらい(笑)、一瞬戸惑いました。実は6期の『鬼太郎』でも、伊達さんが脚本を書いた最後の話(第92話「構成作家は天邪鬼」)で、バラエティのディレクターの作った番組が評価されまくるシーンで「ゴラクシー賞」という名前をイジった賞を出しているんです。でもそれは、アニメーションとは縁のない賞だと思っていたからでして……(笑)。

ーー確かに、アニメーション番組が年間賞を受賞するのは初だそうですね。TV局の編成に関わられてきた狩野さんは、これまでアニメ以外に担当された番組がギャラクシー賞を受賞したことはあったんでしょうか。

狩野 バラエティの『全力!脱力タイムズ』という番組で、アンタッチャブルさんが10年ぶりに共演した様子を描いた回があって、それが月間賞(2019年12月)をいただいたことがありました。今回の『鬼太郎』の場合は、上期と下期で半年ごとに審議された後、年間として選ばれる賞の中の特別賞で、それは私にとっても初めての経験でした。先方が選出することなので何とも言えないですが、傾向としてはやっぱりドキュメンタリーや報道番組が評価されることが多いような気がしていたんです。受賞理由のコメントを読むと、アニメにもかかわらず社会的というか、社会問題を入れたというところが一応大きかったとは思うんですが、同時に、幅広い世代に楽しんでいただけるコンテンツだった点も評価していただいたように感じます。

ーーその関連で言えば、第6期は世相や社会問題を積極的に盛り込み、一種の社会風刺にあたるメッセージを感じさせるエピソードも多かったように感じます。番組の送り手としては、そのあたりは意識されていましたか。

狩野 どうなんですかね。それがすべてじゃないですけど、原作にももともと、そういうシニカルさはあったと思うんです。『鬼太郎』というコンテンツにとってはその方向性でいいんじゃないかと、永富さんと話して決めていったということですよね。あとは、作品をどの立ち位置から語るのかということで言えば、「水木先生だったら」という視点を大切にしました。それは、大きな基準となるポイントだったと思います。わかりやすく言うと、戦争に賛成する人と反対する人がいるとすれば、水木先生は間違いなく後者であり、世の中に対するシニカルな目線は、特にねずみ男が代表していたように感じるんです。「人間社会は愚かだけれど、でも、愛らしい部分もある」といった描写は、妖怪という異物が出てきた時に初めて浮き彫りになるというよくできた構造で、その意味で僕は「『鬼太郎』はおもしろいな」と思いました。

永富 実は、最初から社会問題を取り扱おうとか、スマホを出して現代性を打ち出していこうとか、そういった狙い方から始まったものではないんです。6期を作るにあたり、「妖怪というのは、今どこにいるのだろう」「妖怪がつけ込んでくる人の心の闇は、どこにあるのだろう」と考えていくうちに、結果的に今の社会を描かざるを得なくなりました。第1話(「妖怪が目覚めた日」)に出てくるウーチューバーのチャラトミの行動は、SNSを通じて反響を呼んだ「おでんツンツン男」(2016年)が下敷きになっています。また、第20話「妖花の記憶」などで、歴史や戦争の記憶にしっかり向き合わなくてはと僕が決意したのも、沖縄のチビチリガマで起きた事件(太平洋戦争の沖縄戦で住民が集団自決した自然壕「チビチリガマ」で、地元の少年たちが遺品や千羽鶴を破壊した、2017年の事件)が強い動機となりました。戦争で凄惨な目に遭った地に住む現在の若者が、悲惨な歴史を記憶する洞窟にいたずらをしてしまったというのは、なかなか深刻だと思ったんです。戦争を忘れてしまうのは、やはりまずいと思いましたし、同時に人間の闇も感じたし。そういう時に妖怪が出てきそうだな、と思ってしまう。だからこそ、犬山まなとともに「人間と妖怪の間に立つ」存在として、鬼太郎を描くことにしたんです。
でも、その根底にあるのは狩野さんも仰っているように、水木しげる先生の目線なんです。あらためて原作の『鬼太郎』を読み直すと、人間社会を斜めに見ている。鬼太郎がずっとしゃべっているわけではないけど、ぼそっと風刺するような一言を言うんですよね。そういう部分は、水木しげる先生が亡くなって初めてのアニメ化だからこそ大切にしたいと思ったし、ある種の原点回帰をすべきだと感じました。鬼太郎が必ずしも人間の味方をするわけではない、という部分も含めてね。つまり第6期は、水木先生が漫画の中でやっていたことを素直に表現しようとした部分が大きいんです。
社会風刺も含めて、そういうスタンスで我々が存分にやれたのは、ひとえに狩野さんの理解と後押しがあったからです。やはりTVアニメーションなので、TV局の担当プロデューサーの存在はものすごく大きいんですよ。狩野さんがブルドーザーのように地ならしをして、「余計なことは考えなくていい!」「面白いものを作ってくれ」という姿勢を貫いて下さったからこそ、我々アニメ側のスタッフ……シナリオライターもアニメーターも監督も、頭に制限をかけることなくフリーに考えることができた。それが、鋭いものが生まれる下地になったと思います。「(いろいろな人たちに)怒られないようにしてくれ」とか「クレームが怖い」みたいな話をされていたら、多分こうはなっていなかったので。


狩野 ただ、TV番組って一方的に流される媒体なので、視聴者が観たくないようなことが映し出される可能性もあるんです。そこで、一体誰が嫌な思いをして、そして傷つくのかということを、しっかり考えることは必要だと思います。でも、しっかり意図があって表現していると説明ができることであれば、どんどんやればいいんじゃないか、と。もちろん、説明もできなくて、ただ一方的に傷つけるのは問題だと思いますが。
TV局に入って知ったのですが、「放送コード」というまとまった資料が公的に存在しているわけではないんです。そんなものはないんですよ(笑)。だから最初から物怖じはせず、「誰も観たことのないものを作ろう」という意気込みでやらないと。何百人ものスタッフが関わっているのに、同じことをやっても楽しくないですし、皆さんそれぞれのクリエイティビティを出していただきたい。それに、『鬼太郎』は過去に5回もアニメ化されているわけで、普通にやっただけでは同じになってしまうし、『ドラゴンボール超(スーパー)』の後番組として、視聴率的にも負けないものを作りたいという意識も正直ありましたから。

(C)水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

”ねこ姉さん”誕生の裏側


ーー今言われた「同じこと」を繰り返さないためのチャレンジが、今回の受賞でも「新たなサブキャラクターの登場や、主人公たちの設定の見直し」という点で評価されたようですね。その典型が、ねこ娘の頭身を高くしたことだと思うのですが、この発案者は狩野さんだったと、以前お聞きしました。

狩野 まあ、たまたまですよね(笑)。結果、受け入れられたから良かったけど、受け入れられてなかったら「何してくれてるんだ!」って言われているはずなんで(笑)。

永富 そうですね、間違いなく(笑)。

ーー確信があるわけではなかったんですね。

狩野 自分が見たかっただけですけどね。ねこ娘って、物語の中での立ち位置が難しいんです。

永富 それで言うと、やはり5期の知見というのが、僕のなかにありました。つまり、「ねこ娘を触ると、ものすごく反響が大きい」ということを知ったんです。実は4期から5期にかけてのねこ娘の変化って、5期から6期にかけてと同じか、それ以上に大きい。5期のようなねこ娘は、それまでの歴代シリーズにはいなかった。アイドル化して頭も刈り上げていないし(笑)。アルバイトをして、ねずみ男の代わりに事件を引っ張って来て、時にメイドさんになり、時にバスガイドさんになり、時に水着になる。そんな可愛いねこ娘はいなかったわけです。それを当時、僕は営業の部署で傍目から見ていて教えられました。それに6期では、鬼太郎と同じ目線の人間の女の子・犬山まなを新たに設定しました。それもあって、ねこ娘には何かしらの変化を加えないといけなかったんです。目線の高さも含めて同じにしちゃうと、3期でユメコちゃんとネコ娘の立ち位置がバッティングしてしまったようなことが起こる。これも先輩たちがやった作品の知見の結果からして、6期のねこ娘はまず見た目からちょっと変えないといけない。そういうことを検討し始めて、僕らは中途半端にちょっと大きくしていたんですよ。そうしたら、狩野さんが「そんな中途半端は面白くない! やるんだったら思い切って、(タレントの)菜々緒さんみたいに」って(笑)。つまり、思いつきで「でっかくすりゃあいいんじゃない?」ではなくて、それまでの先輩たちの経験から教訓を得た結果、ねこ娘をあのように変化させたということです。
でも、それが世の中に受け入れられるかどうかは、僕は半々くらいだと思っていました。実際、6期のねこ娘を公開した後に、『鬼太郎』を愛している社内のクリエイターの先輩から「何てことしやがるんだ!」と、本気とも冗談ともつかないような絡まれ方をしました(笑)。ですから、世の中に出した時に石を投げられる可能性に対する覚悟というのはありましたね。たまたま皆さんに受け入れていただけたので良かったけれど、準備している時はやはり、かなりハラハラしながらでした。


ーー受賞理由には「50年以上にわたり6回もアニメ化されたことは、テレビ史に残るできごと」ともあります。同時に本作は、同じ東映アニメーション(旧・東映動画)で一貫して作られてきたアニメという点でも他に類を見ないシリーズです。

永富 そういう意味では、東映アニメーションで『鬼太郎』という作品に関われる喜びは大きかったです。でも『鬼太郎』は、過去に失敗をしたことのない作品でもありました。やれば必ず話題になり、一定の視聴率を確保してきたという歴史のなかで、自分が受け取ったこのタスキを落とすわけにはいかない。プレッシャーも大変なものでした。ただ、委縮して何も出来なくなるほうがもっとカッコ悪いとも思って。やるからには自分の持っているものを全部出せる『ゲゲゲの鬼太郎』にしよう、という意識はありましたね。特に『鬼太郎』は、翻案する余地があるところがとても面白い作品なんです。強烈な原作が存在しているとはいえ、漫画の1コマ1コマを1ミリも動かさずにアニメーションにしなければいけないという作品ではないので。そのなかに、どのようにオリジナリティを出すか、面白いと思っているものを埋め込むかという作業は、非常に充実感を感じました。まあそれでも、めっちゃ怖かったですけどね。やっている最中も外野からいろいろなことを言われますし。

ーーどういうことを言われましたか。

永富 最初にポスターを出した時は、「何だこれ?『鬼太郎』じゃない」って言われたし。職場で、近くには5期のプロデューサーをやった櫻田(博之)がいて、ときおり飲みに連れて行ってくれる清水(慎治)が4期のプロデューサーで、3期の監督さん(芝田浩樹)の仕事をスタジオで拝見していて……。そういう先輩たちが周りにいるんです。放送が始まってから櫻田と話したのですが、『鬼太郎』って振り子なんですよね。1、2期をセットとして考えて、まずそれが片側にある。すると、3期は逆側に行くじゃないですか。つまりヒーロー的な『鬼太郎』。で、3期がそっちに行ったから、4期は「原点回帰しよう」って今度は元に戻るんです。すると、5期はまた逆側に行って、ヒロイックな鬼太郎になる、だから6期は、やっぱりこっち(原点回帰)に来る。それって「1作前の『ゲゲゲの鬼太郎』と同じにはしないぞ」という意識の表れでもあって。「ああ、確かにそうだったな」と、少し思いますね。

>>>インタビュー後編はこちら

狩野雄太
かの・ゆうた。1984年生まれ。2008年フジテレビジョン入社。『世にも奇妙な物語』『全力!脱力タイムズ』など、ドラマ、バラエティ、アニメを幅広く手掛ける。現在『ワンピース』のプロデューサー。

永富大地
ながとみ・だいち。1979年生まれ。6期『ゲゲゲの鬼太郎』関連イベントの司会を担当したり、小説版の執筆陣にも参加したりと幅広く活躍。他のプロデュース作品に『ワールドトリガー』『デジモンユニバース アプリモンスターズ』『爆釣バーハンター』など。

(C)水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

当記事はアニメージュプラスの提供記事です。

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