え…そんなことある? 学童保育お別れの日にしんみりしていたのに【ちょっ子さんちの育児あれこれ 第23話】

ウーマンエキサイトの読者のみなさま、こんにちは。ちょっ子です。

私たち夫婦は自宅で仕事をしているので
息子のきゃん太は幼稚園のときは延長保育、小学校に入ってからは学童保育のお世話になってきました。

学年が上がっていけば、私たちが仕事をしている時に学校から帰ってきても自分で宿題をしたり、静かに遊んで過ごせるようになるだろうから、学童保育のお世話になるのはせいぜい三、四年生くらいの中学年までかな、と考えていました。

そして三年生になった今年…。
新型コロナウイルスの感染リスクを避けるため3月から約三ヶ月、ずっと学童保育を欠席させてきたのですが、その間のきゃん太の様子を見て、もう学童保育を利用しなくてもなんとかやっていけるな、という結論に達しました。

それにまたコロナが流行を繰り返せば、欠席が続き在籍する意味もあまり無くなってしまう…。
こうしてついに学童保育を退所させることに決めたのです。

後日、退所の届けを提出すべくきゃん太を連れて学童保育所に向かいました。
きゃん太は三ヶ月ぶりに訪れる学童保育所。その日は土曜だったので子どもたちと職員の方は数人しかいませんでした。
その中で対応してくれたある先生は…



久しぶりに会えたことをすごく喜んでくれました。

入所の時以来、私が学童保育所を訪れることはほとんどなかったので、どんな先生がいるかはよく知らなかったのですが…普段よく接してくれていた先生なのでしょう、きゃん太とは親しげな様子で「寂しくなるね」と何度もおっしゃっていました。

お話を聞くとコロナの影響で学童保育をやめることになった子は他にもいたとのこと…。



最後はきゃん太も少しさびしそう。お互いずっと手を振って、名残惜しそうにお別れしました。

私はというと
数年前、保育園に入れず待機児童となったきゃん太の相手をしながらヘトヘトの状態で仕事していたこと、幼稚園の間もずっと延長保育にお世話になったことなどを思い出していました。
あの頃はきゃん太がそばにいても仕事ができるようになるなんで、想像もできなかったなあ…。



学童保育が必要なくなったということは、もう我が家の子育てが次のステージに入ったということ。それを実感して何だかしんみりしてしまいました。

ここからは余談なんですが、その帰り道でのことです。





二年間お世話になっといて…あんな名残惜しい感じでお別れしといて…
学童保育の先生方の名前は「知らねえ」。

そんなものなのでしょうか。衝撃でしたが名前は知らなくてもお世話になったことには変わりありません。
先生方に感謝しつつ、きゃん太の小学生生活は新たなステージを迎えるのでした。
(ちょっ子)

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