女性軽視との批判覚悟で闘うポリシーすらなかった美術館女子騒動/鈴木涼美

日刊SPA!

2020/7/7 06:50

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

「アイドルが各地の美術館を訪れ、写真を通じて、アートの力を発信していく」という、美連協と読売新聞によるオンライン企画「美術館女子」が、「アイドルに『無知な女性』の役割を押しつけている」などの批判を受け、6月28日にサイトの公開を終了した

◆出して引っ込めて今日は/鈴木涼美

10年ほど前の築地市場移転を巡る都議会審議で、現在地整備派の「観光地としての築地の価値」に触れた質問に、当時の石原慎太郎都知事は「築地市場は観光地じゃない」と言い放った。ごもっともで、世界一の美食都市のために日々働く人にとっては、酔って魚に触ってフラッシュ焚きまくる観光客は迷惑でしかない。だから臨時的に外国人締め出し措置などが取られたこともあるが、とはいえ観光客によって賑わう経済も、世界一の市場を見てもらいたいという思いもあるわけで、現在も誇り高き市場は世界に門を開いている。

開設直後から激しい批判に晒された「美術館女子」のウェブサイトが正式に公開終了となった。美術館に馴染みがない層を呼び込もうと、「人気アイドルがもし休日に美術館にふらりと遊びに行ったら」のコンセプトで、美術館で撮った「映える写真」を掲載していく連載で、読売新聞と美術館連絡協議会が企画した。

批判の論点はすでに出揃っているが、「女は高尚な芸術の鑑賞なんてしない、絵に描かれる側にすぎない」という考えへの女性の怒りと、「美術をインスタ映えの道具にするな」という美術制作者や愛好家の怒りによって二重に炎上した。おもしろいのは後者の怒りがある意味、インスタ写真なんて撮ってる女子に俺の芸術がわかってたまるかという意味で、前者の怒りと食い合っている点だ。

高尚な美術史を学んで高尚な美術を愛好する皆さんが、その神髄もわからず無邪気におしゃれ写真を撮る若者に「俺の芸術がわかってたまるか」と怒る気持ちはわかるが、そんなのインスタによる芸術祭ブームの拡散を出すまでもなく、ピサの斜塔の前で無邪気にヤジロベエを斜めにしたようなポーズで写真を撮っている人というのは何十年も前からいる。それを、「ガリレオ・ガリレイへの弾圧を知らんのか」とか「ピサーノへの冒涜」とか怒りまくって鑑賞する態度こそ芸術愛だとも思わないし、ヤジロベエたちの世界への理解がすべて浅はかとも言えない。それぞれの人間の世界の把握の仕方なんていうのはインテリたちの思うようにはいかないのだ。

ただ、批判を受けて「やっベー」と言わんばかりにとっとと企画を引っ込めた態度は、批判されるに足ることを証明している気はする。本当にインスタ女子を呼び込もうと、女性軽視との批判覚悟で闘うポリシーがあるならよくインスタ女子を見たらいい。世の「私ってかわいい、かわいい背景の中にいる私はもっとかわいい」とインスタ映えを狙う者たちの多くは同性同士で写真を撮り合っているのだ。せめてカメラマンを女性にして、「美術館の雰囲気の中でかわいい私」と「それをプロデュースする私」の両方を女に手渡せば、「男の創る作品の客体として扱われ続けてきた」女性という概念の再生産にはならなかった。結局は人気アイドルを使って女子受けする写真撮っとけ的なノリでしかなかったから、簡単に引っ込めるのだろう。

そんな態度は、「こんなふうに騒いで見てほしくない」と思いながらも、今日も堂々と観光客の客体となっているマグロほどもプライドがない。

※週刊SPA!7月7日発売号より

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

【鈴木涼美】

’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。

著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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