ソ連偽りの繁栄を暴く『赤い闇』 A・ホランド監督に聞く、情報洪水社会を生き抜くヒント

クランクイン!

2020/6/28 07:00

 世界恐慌下の1930年代、隠蔽されたソ連の悲惨な“実態”を暴き出した英国人記者の壮絶な闘いを描く映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』。本作でメガホンを取ったアグニェシュカ・ホランド監督は、「これは決して過去のことではない、現代も同じような状況に近づいている」と警鐘を鳴らす。政府とメディアの癒着、氾濫するフェイクニュース、そしてコロナ禍でも繰り広げられた大国同士のプロパガンダ合戦など…1930年代同様、真実が見えない時代の中で、われわれは何を信じて生きていけばいいのか? ホランド監督にジャーナリズムのあるべき姿を聞いた。

本作は、米アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの経験を持つ『太陽と月に背いて』『ソハの地下水道』の名匠ホランド監督が、実話をベースに映画化した衝撃ドラマ。1933年、世界が不況にあえぐ中、スターリン統治下の独裁国家・ソ連だけがなぜ、“理想郷”と呼ばれるほど繁栄しているのか。その謎を解き明かすため、単身モスクワを訪れた英国人記者ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、当局の目をかいくぐり、すべての答えが隠されているウクライナの地に足を踏み入れる。だがそこで目にしたものは、大飢饉(ききん)という想像を絶する光景だった…。

■大切なのは、外側の史実ではなく内なる“真実”

脚本を読み終えた瞬間、「この物語は、映画として絶対につづらなければならないと確信した」と語るホランド監督。「なぜなら、私たちが今生きている世界が、徐々にあの時代に近づいていると感じていたから。いつの間にか許されてしまった共産主義の犯罪を再び起こさないためにも、もう一度、徹底的に分析する必要があると思ったの」と言葉をかみしめる。「さらに興味深かったのは、なぜこの世には、自分の人生を犠牲にしてまで真実や正義のために戦うことができる人がいるのか、ということ。彼らと私たちは何が違うのか…それが最大のミステリーだった」と吐露。かねてから自身のアイデンティティーという実存的な問いにこだわり続けてきたホランド監督らしい疑問だ。

だが、こうした実話をベースにした重いテーマを選びながらも、ホランド監督は事実を事実として正確に描くドキュメンタリー的な手法を好まない。その陰影豊かなヴィジュアルとサスペンスフルな語り口は、むしろ映画ファンの心を鷲づかみにする極上のエンタテインメントへと昇華されている。「私はトゥルー・ストーリーの“罠”をよくわかっているの。今、欧米などでは、実話を描いた作品がリスペクトされ、想像するよりも真実をそのまま伝える方が“価値”があると思われている。それはとても残念なこと」と嘆く。

「なぜなら、映画というものは、そもそもイマジネーションから始まり、感覚的、視覚的な旅であるべきだと思うから。今回のように実在の人物が登場する場合、私は最初から“フィクション“として作ることを心がける。つまり、外側にある説明的な要素よりも、内なる“真実”にアプローチすることがより重要だと思うから」と持論を展開する。それは自身の師であるアンジェイ・ワイダ監督から学んだ哲学でもある。「私は、観客と真剣に向き合い、それが難しい対話であっても、怠けず、恐れず、コミュニケーションを取ることを彼から学んだ。史実をただ語るのではなく、そこに隠された“核心”を観客にしっかりと届けること、それがフィルムメーカーとして必要なことだと私は確信している」。

■今こそ信念を持った“ファクトチェッカー”が必要

スターリンによる独裁国家・ソ連は、情報操作によって大飢饉という実態を、真逆の“繁栄”として世界に伝えた。ニュースという醸成物の恐ろしさを改めて考えさせられる史実だが、ふと見渡せば、政府とメディアの癒着、氾濫するフェイクニュース、さらには大国同士のプロパガンダ合戦など、「いったい何が真実で、何が虚偽なのか」という点では現代にも直結する問題だ。これに対してホランド監督は、「今のメディアはとても憂える状態。そのメディアをポピュリズムの政権がうまく利用して、ますます腐敗は進んでいる」と肩を落とす。「スターリンやヒトラーの時代はラジオや紙媒体を巧みに使っていたが、今はSNSなどであっという間に拡散されてしまう…」とまさにお手上げの状態。

こうした危機的状況を改善するためには、どのような努力が必要なのか。「政治やイデオロギー、金銭的な誘惑に追従せず、確固たる信念と客観性を持って事実を調査・報告ができる力を持ったジャーナリスト、つまり強力な“ファクトチェッカー”が必要不可欠。ジョーンズがまさにその典型ですが、彼のようなジャーナリストがどんどん消えていっている今日、そういった真のプロが勇気を持って仕事ができるよう、私たちが支援し、保護しなければならない。それができなければ民主主義は生き残れない。腐敗したメディア、日和見的な政治家、そして無関心な社会、この3つが揃うと、また恐ろしい歴史が繰り返される」と警鐘を鳴らした。

* * *

現在、フランス在住のホランド監督(ワルシャワ生まれのポーランド人)。コロナ関連の情報が錯綜する中、フランスのメディアはどう対応していたのかを聞いてみると、「この国のメディアは他国に比べて自分たちを律する鍛錬ができている。感情的に抑制されており、たやすく操られることはない」と称賛。だからこそ、国のリーダーがいかに責任能力に欠いていたかをメディアによって容赦なく露呈されてしまったわけだが、「面白いと思ったのが、人々を上手にまとめ、コロナと戦えている国は、不思議と女性リーダーが多いこと。私たちに今必要なのは、兵士ではない、ということかしら…」と笑顔を見せていた。(取材・文:坂田正樹)

映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』は8月14日より全国順次公開。

当記事はクランクイン!の提供記事です。

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