ヨルシカ「春ひさぎ」の歌詞は音楽活動を売春に例えている?

UtaTen

2020/6/26 18:00

音楽を盗む泥棒と売春




『ヨルシカ』が制作するアルバムでは、毎回全体のストーリーが決められていることが恒例になりつつあります。

ストーリーに関しては、Youtubeに配信された動画の説明文にて詳しく書かれています。

▲ヨルシカ - 春ひさぎ(OFFICIAL VIDEO)

そこには「春をひさぐ、は売春の隠語である。それは、ここでは“商売としての音楽”のメタファーとして機能する。」とあります。

楽曲の1番ではピアノとドラムが奏でる、跳ねるようなリズムの曲調とともに、駅前で売春をしようと待ちぼうけしている人物が描かれます。

楽曲全体の印象ですが、説明文にある通り、売れる音楽を作ることに対する忌避感を、お金のために愛を売る売春婦に終始例えているように感じます。

1番のサビでは「言勿れ(ことなかれ) 愛など忘れておくんなまし」と歌っています。

先程の説明文を踏まえるならば、ことなかれは「どうでもいい」愛は「音楽」とそれぞれ歌詞を読み取ることができます。

また「左様な蜻蛉(かげろう)の一つが善いなら忘れた方が増し」という歌詞に関して触れると、蜻蛉は生きている時間が短く、儚いもののメタファーとして用いられます。

そのため、売れることを意識して作った、流行りの音楽が良いというくらいなら忘れてもらった方がましだ、という作者のメッセージが込められていると解釈できます。

視聴者に問いかけるメッセージ




2番では「言葉」「歌」と、直接音楽に関わるような単語が歌詞に組み込まれます。

2番の出だし「言葉は言い足りないし」というのは、どれだけ歌っても本当に伝えたいメッセージが伝わらない、という製作者の苦悩が描かれます。

そして「あんたにわかるかい この憂いが」と、この楽曲を聞いている視聴者に直接問いかけます。

ここまで来ると『春ひさぎ』という楽曲の特徴は、楽曲の製作者が音楽というものの存在価値について、視聴者に語っているような印象を受けます。

ラストでは音楽に対する姿勢、思いが赤裸々に語られる




ラストでは、そんな売れる音楽に対する非難から一歩距離を置き、ヨルシカ自身の音楽に対して述べられていると解釈できます。

「無粋な蜻蛉」というのは、1番での意味を踏まえて「売れるための寿命の短い音楽」という意味でしょう。

ヨルシカは今でこそ人気のバンドとなっていますが、それまでは「無粋な売れるための音楽の才能でもいいから欲しい」と願っていたのではないでしょうか?

最後の「愛して欲しいわ」に関しては、前の歌詞から文章が切り離されていて「流行り廃りの上辺だけでなく、音楽をもっと深く愛してほしい」というメッセージが込められているのではないかと感じました。

そう考えると、ヨルシカがラストで自身の音楽に対する欲望や願いを語っているのではないかと考えることができます。


興味が湧いた方はぜひ一度視聴して、歌詞に込められている意味を探って見て下さい。

TEXT 空野カケル

当記事はUtaTenの提供記事です。

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