「エール」57話 光石研、薬師丸ひろ子、森七菜の鋳型にはまっていない演技に胸打たれる

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第12週「父、帰る 前編」 57回〈6月16日 (火) 放送 作・吉田照幸〉


57回はこんな話今週は特別編。
10年前に亡くなった関内安隆(光石研)があの世のくじに当たってこの世に一泊二日でやって来た。
まず吟と音を訪ねたのち、豊橋の光子と梅の元へーー。安隆は梅の進路相談に乗る。

「新しいものを生み出されていますね」
56回の前、「おはよう日本関東版」の高瀬アナが、今週の幽霊登場は「わろてんか現象か」と予想していたが、今朝、桑子アナが「わろてんか現象でしたか」と聞くと、「ちょっと違うかもしれません」とぼやかし、「新しいものを生み出されていますね」と評価していた。
たしかに新しい。幽霊は朝ドラ名物とはいえ、今回の安隆のようにこれほど主体的に描くことはあまりない。

豊橋にやって来た安隆は、光子(薬師丸ひろ子)と梅(森七菜)の前に現れようとするが、食事中のふたりが妙に淡々と会話しているので出ていきづらく、馬具工房に向かう。

「いい匂いだのん」と作業場特有の匂いに反応するいい台詞を吐きながら、職人・岩城(吉原光夫)のつくった馬具を愛でていると、岩城が気配を感じて警戒をはじめる。そう、幽霊は親族にしか見えない。慌てて外に逃げると、光子が音のように「ええ~~」と絶叫(さすが似た者・母子)。岩城の攻撃からかばって家の中に入る。なんともシュールな流れである。

10年ぶりの夫婦の踊り10年ぶりに向き合うふたり。何を話していいかわからなくなった安隆に、光子は「踊る?」と誘い、ふたりは「花のワルツ」を踊る。これは吟の誕生日に踊った曲(8話)。関内家が全員そろった最後の幸福な思い出の曲である。じつに幸福そうに踊る光子と安隆を見ていると、コントのようでコントじゃないというか、笑いの中に人間の哀しみが宿ったいい話になっているなあと感じた。

ひとしきり踊ったあと、光子は梅の近況を安隆に語る。梅が文学の魅力を教えてあげた友達・結ちゃんが文学の権威ある新人賞を獲ってしまい、梅は立つ瀬がなくなっていた。
結のペンネーム・幸文子は、以前、梅が文芸誌で同じ歳の子が新人賞をとってショックを受けていた場面とつながっていた(24回)。それは友人の結だったとは二重ショック。

森七菜のぶっきらぼうな言い方がいい安隆を見て、吟も音も光子も激しく驚くが、梅だけは「幽霊なんて文学じゃありふれてるよ」と動じなかった。
そう、文学や映画や演劇や漫画では幽霊は特別じゃない。生きている人間と共にある。「ゲゲゲの女房」では「見えんけどおる」と言っている。人間が死者とも共存して生きているのだ。

「わろてんか」や「まんぷく」の場合、幽霊はいないという現実的な視点も取り入れ、あくまで主人公たちが想像の幽霊を通して自分を見つめ直すような存在として描かれていたように思う。だが、「エール」は安隆の意思がちゃんとあるように描いていて、多様性、あの世まで極まれりといった感じである。

梅は安隆に話を聞いてもらうことで、友人に先を越されてしまった事実を受け止め、「これからはまっすぐ生きてみる。自分とか小説をまっすぐ表現してみる」と考えるようになる。これは、過去の朝ドラ幽霊と同じ役割なのだが、そのあと、梅は「お父さんって…なんだろう…いいな」「お父さん、あったかい」と、幼いときしか知らなかったはずの父親の実像を実感するのだ。お父さんはここでは確かにいるのである。

梅を演じる森七菜は、こういう台詞をいかにもな健気さをふりまいて言うことなく、ぼそっとぶっきらぼう。それが余計に、父の存在を際立たせていた。



ふたりとも大好きだから友人に先を越された経験がお父さんにもあると、梅に話す安隆。馬具製造の腕は岩城に叶わず、自分は経営を選んだと言う。そんな岩城は、安隆の死後10年、関内家を支えて来た。光子の信頼も厚く、ふたりが再婚するんじゃないかと梅は思っていて、安隆は、あの世に帰る前に「再婚を許す」と手紙を残す。

馬具づくりも譲り、妻も譲ることになるのか、切ないと思ったところ、岩城はそこに「おれは安隆さんといるおかみさんが好きなんです」と返事を書く。
安隆、邪気のまったくない人で、他者に対して悪く考えることがない。岩城に馬具づくりで叶わなければ、自分は潔く退くし、妻の再婚も望む。梅のお友達が賞を獲ったら「友達だろう、嬉しい」というふうにしか考えられない。
そういうところが光子は好きだった。

梅は文学(夏目漱石「心」)から「悪い人という一種の人間が世の中にあると君が思っているんですか。そんな鋳型にいれたような悪人が世の中にはあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです」という人間の本質を学んでいたが、中には安隆のような人もいるのだ。

とはいえ、安隆が急に悪人に変わる瞬間も見てみたいものであるが、この文章で一番私が印象的に感じたのは「鋳型にいれたような」という言葉。鋳型にいれたような善悪の演技ってつまらないものであるが、57回、光石研も薬師丸ひろ子も森七菜も鋳型に入ってなかった。とりわけ光石研、善人の鋳型のようでいて、そうじゃない、そのさじ加減こそが名優である。いや、普通に生きているお父さんだったら、ちょっと鋳型だったかもしれない。幽霊になって三角マーク(天冠)つけているから。鋳型にはまらなかったともいえるだろう。

「エール」は形骸化しがちな朝ドラにおける幽霊の使い方を変えた、高瀬アナの言うとおり「新しいものを生み出した」と言えそうだ。
ベタなスピンオフの幽霊コントかと思って見たら、生きることの喜びと哀しみをやわらかなタッチで描き出した秀作だった。

今日の薬師丸ひろ子梅と安隆が部屋で話しているのをこっそり見て、嬉しそうに廊下を歩くとき、野菜を抱えている姿。薬師丸ひろ子は所帯じみず、それでいて、若干の生活感も醸し、じつにチャーミングであった。

安隆と踊っているときの笑顔とか、台所で涙をぬぐいながら笑う混ざった顔とか、ぐいぐい胸を掴まれまくり。もうなんなんだよ薬師丸ひろ子、素敵すぎる。



音の実家・豊橋の人たちをおさらい関内安隆…光石研 音の父。軍に納品する馬具の製造販売をしている。出張先で子どもを助けるため電車にはねられて死亡、海に散骨される。
関内光子…薬師丸ひろ子 音の母。時々、黒い発言をして「黒密」と安隆に言われる。夫亡き後、事業を継ぐ。

関内吟…本間叶愛/成長後 松井玲奈 音の姉。長女としての責任感から結婚して家を継ごうとお見合いに励んだ結果、軍人と結婚する。
関内梅…新津ちせ /成長後 森七菜 音の妹。作家志望。裕一のリサイタルで音が歌う歌の歌詞「晩秋の頃」を書く。

岩城新平…吉原光夫 馬具職人。安隆の死後、光子や音を助けて馬具製造会社を守っている。意外と歌がうまい(演じている吉原は劇団四季出身でミュージカルをやっているからであろう)

熊谷先生…宇野祥平 音の学校の先生。

鏑木智彦…奥野瑛太  東京で吟が見合いし結婚した。軍人。コロンブスレコードを音に紹介する。
(木俣冬)

主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。



番組情報連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

当記事はエキレビ!の提供記事です。

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