原 摩利彦『PASSION』インタビュー「自分の問題意識と音楽をどうしたら繋げられるかなというのは考えていて、やっとこの作品で少し近づけました」

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図らずとも情熱と受難という2つの意味を持つ『PASSION』をタイトルに掲げ、いまの時を象徴する作品を生み出した原 摩利彦。タイトルのみならず、西洋と非西洋楽器、旋律リズムのあるピアノ曲と電子音響の抽象的な曲といった二面性(しかしそれらはつながっている)をテーマにしたと本人が語るように、彼の最新作は異なる要素が入り混じり、「異」のままに美しく共存する。その音楽世界を具現化するプロセス、実際的な技術までを、COVID-19による緊急事態宣言中の5月21日、オンラインインタビューにて聞いた。

ーー作品完成おめでとうございます。

原:ありがとうございます。

ーー最初に、作品がCOVID-19以前に作られたものなので、今の状況でお答えになるのが難しい部分があるだろうと思っていますし、どう質問していいのか難しい部分もあります。その辺りはご容赦ください。

原:もちろんです。

ーー私は原さんの音楽を、現代アート的なアプローチをされているものと捉えています。もちろんご本人の中から出てきた音楽なんですけれども、そこにあるチャレンジや視点が、現代の社会や日常の空気、またはその問題点などを濃厚に纏っていると感じていて。東洋と西洋というところをテーマにしている楽曲があるのも、西洋化された中での東洋のあり方の模索にも関わってくるように思えました。まず作曲をされる上で、そういった自分の中での意識や視点がどのようにして生まれてくるのかをお聞きしたいです。

原:そうですね……僕は大学が教育学部で、中でも生涯教育学というライフロングエデュケーションを学んだのですが、それが良かったのかもしれません。子供から亡くなるまでの全てを対象にしていて、何にでも適応できる学問で、いろんな研究内容の発表があったんです。例えば女性医師の育児休暇後の復帰の問題などもありました。医師に限らず様々な職場復帰で問題があり、議論がありますよね。他にもSNSとの関わり方なども考えさせられたり。以前は読み書きができるといるのは力だったはずでなのに、今は読み書きができてもそれを有効に使えない、議論ができないということについても考えたりします。だから現代アートのようなアプローチとおっしゃってくださったことはすごく嬉しかったです。音楽はただ気持ちがいいだけでもいいし、いろんな人と共有、協働できて、そこに理由がいらなかったりするじゃないですか。それをどういう風に自分の問題意識と繋げられるかなというのは考えていて、やっとこの作品で少し近づけたんです。これまでは音楽家として生きたい欲望と自分とが離れていたのが、やっと近づいてきた感覚があったので。

西洋と東洋というところでいうと、どう足掻いても自分は東洋人なんです。自分が作っている音楽はピアノがベースでもあり、電子音響などもルーツは西洋になるんですが、東洋人として邦楽にアプローチしたいという欲求は常にありました。アルメニアの現代音楽家ティグラン・マンスリアンはアルメニアの民族的な旋律を取り上げたりしています。アルメニアの西洋音楽のベースを作ったコミタスという作曲家もいて、コミタス音楽院というものもあったりするのですが、彼らが取り上げているものはちょっと西洋音楽に近いものがあって親和性が高く感じるんですね。また最近ではYaejiやPark Hye Jinなどはジャケットにもハングルの文字を入れて、英語と韓国語を混ぜて歌うことをワールドワイドな次元でやっていたりもしますよね。そういったものに対して、自分が西洋ベースで学んできたものと東洋のエッセンスを合わせるとしたらどうしたらいいのか。日本の作曲家ですと、武満 徹さんや坂本龍一さんなど色々なアプローチをされている方たちがいる中で自分はどういう風にしたら白々しくなくできるのかはずっと考えてはいました。僕のポリシーとして、頭で成り立たせる机上の音楽ではなく、本当に自分の中でしっくりきているかどうかは大切なのですが、今回のアルバムでは笙や能管を電子音楽と混ぜ、こういう鳴り方をするのがいいと本当に思えたのでやりました。それもアルバムを作るから入れようとはではなく、笙の井原季子さんは「贋作桜の森の満開の下」の時に初めてご一緒させていただき、能管の栗林祐輔さんも別のプロジェクトで出会いがあり、ソロだけやっていたのでは出来なかっただろうというものです。

ーーどちらも電子音楽との相性はいい楽器ですが、そういう所もセレクトされたポイントになりますか。

原:特に笙は親和性が高く、これまでも例えば大友(良英)さんなども即興でやられています。能管に関しては吹くたびにピッチが変わるので伴奏不可なんです。合わせていく方もいらっしゃるでしょうけども、失われるものが多すぎるので、むしろそのままで独自のピッチを持ちつつ、合わないからこそ合わせやすいという風に捉えました。平均律に合わせるのではなく、サウンドファイルをコンピュータに入れてミックスしていくというか、そういう風にして成り立たせていくところがありました。

ーー即興の要素が強いんですね。

原 : そうですね、能管も笙もそれからサントゥールという楽器も全て古典音楽をベースにした即興です。サントゥールは、インスタグラムでコンタクトをくれた岩崎和音さんという若い演奏者がいて。西洋東洋の二項対立になりたくないなと思っていたところに中東のイラン・ペルシャ楽器が入ったことで、南米やアフリカは入っていないものの、二項対立が抜けてもう少し広い世界になれたのではないかと思います。



ーーその視点はすごい、とても興味深いです。各国の特徴的な楽器を用いても全体のバランスとしては原さんの音楽になっていますが、その“原 摩利彦の音楽”を定義づけるものはなんだとご自分では思いますか。

原:フィールドレコーディングで耳をすませた時に聞こえてくる音の強弱や動きなどを想起させるような音の並べ方や進行のさせ方でしょうか。例えば2曲目“Fontana”でも、笙から始まり電子音が入っていく中で実は音量を細かく変えているんです。最初は笙なんですけど、そのうちに笙が奥の方へ行き、鐘の音などが一番前にきて、また最後に笙が戻ってくるというように、常に風景が変わっていく感じ。そういうものを意識しているところかなと思います。

ーー原さんは静かな音楽が好きだと以前おっしゃっていましたが、その静かな音楽の中で激しく実験されている印象があります。全体像は壊さないけれども、多角的な試みを積極的に行われていることが特に今回のアルバムでは顕著に出ていますね。

原:激しい音楽も好きで聴きますし、作っているものでも全く静かではない曲もありますが、いま追求しているのは静かな中のダイナミクスです。波の音は近くで聞くと恐ろしいのになにか静寂を感じたり、夏の夜も雰囲気が入り込みやすかったり、そういうものに親しみはあるかもしれないですね。

ーー驚くような和音が出てくるものの、音楽として破綻することも悪目立ちすることもなくまとまっています。和音をどう取り入れ、どのように繋げていくかという決定の仕方、バランスのとり方を教えてください。

原:難しいですね……。ピアノで作っているので、手で押さえる快感と耳で聴く快感、それから和音進行などを実際に書いてみて全体を見るということを常に繰り返しながらやっています。モーツァルトのようにバーッと最後まで音楽ができてしまうわけではなく、何度も何度も書き換えながらやっていて、それがバランスをとるということになるんでしょうか。もちろんコード進行はわかるんですけど、全部が何のコードかはっきりさせてしまわないという部分を残しつつ、一方では全部を書いてしまうというように、無意識の部分と意識的な部分を取り入れたり。どこまで型を作るか、ということでしょうか。コンサートで弾くと、そのときのピアノの状態と気持ちで押さえ方はちょっと変わったりするんです。ある部分だけ決めて、あとはフリーの形でコンサートでやるようにしていて。そういう風に、いつも決めてしまわないように余地を残すようにしています。

ーー今回は音域を広げるチャレンジをされていて、前作を聴いて音域が狭いと思われたからということも理由に挙げていらっしゃいましたが、狭い所で極めることもできた中で、広い音域を必要とした理由は?

原:低音の重要性や美しさをこの2、3年で体感したんです。ピアノだけじゃなく舞台音響も、クラブで聴くキックとベースが混ざった時の身体にズシッとくるような快感というものもそう。いい音はうるさくないんですよね、気持ちいい。そこの快感をずっと自分の中に入れていて、いざ作るとなったときに、ピアノでもやはり深い(低い)ところがあると、お腹の下のところが落ち着くような気がして。でも実際はそんなにたくさん低音を入れているわけではなく、ポイントポイントなんです。他の音楽家の人からすると何を今更だし、みなさんフルに使っていたりしますが、僕は慎重なところがあるので一歩一歩やっています。



ーーアブストラクトというのも特徴の一つです。原さんが考える“アブストラクト”の定義を教えてください。

原:本当に便宜上のものですが、自分の音楽を説明するときは、メロディーと旋律と和声とリズムがとても曖昧なものをアブストラクトと言っています。

――私はアブストラクトな音楽というと、Mo’WaxのDJシャドウなどが思い浮かぶんですが、原さんはどんなアーティストや音楽を浮かべますか。

原:音楽学的にはアブストラクトではないと思うんですけど、ウィリアム・バジンスキーの、ずっと同じフレーズが繰り返されて溶けていく、その輪郭があるような無いような感じでしょうか。彼の発言を見ていると、1980年代や90年代に録音してたサンプルが見つかって使っているとか、過去のものを持ってきて作り直したりしているんです。僕も日常的にそういうことをやりますし、今作でも新録したものだけではなくて、かなり前に作っていたサウンドファイルなどを出してきています。今の自分だけではなくて過去の自分も混ぜてるところも、そう感じるのかもしれない。ちょっとズレますけど、僕の音楽はヘッドフォンで聴いてもいいですが、窓開けて聴いたり、外で聴いたり、他の音と混ざっても新しいサウンドスケープが生まれるからいいかなと思っています。

ーーではピアノでアブストラクトな音楽を作る時のテクニックはどのようなものでしょう。

原:具体的なものですと、音をすごく引き伸ばしたり、ピッチを下げたりして、それらをたくさん重ね、その重なり合いを調整することです。手の内を見せていますが(笑)、ひとつのストリングスフレーズでも、ピッチが1オクターブ、2オクターブ低いもの、あるいはドだとしたら完全4度、完全5度のソやファなどに下げたようなものを混ぜて同時に鳴らして音量を調整したり、重なりすぎる周波数を抑えたりして作っていきます。オーケストレーションだと音が重なりすぎて密になりすぎると言われるところですが、それを録音にしたものをコンピュータの中でやることで成り立っていて、動きなどがものすごく曖昧になっていくんですね。あるいはソフトウェアで音を伸ばすと質感が変わったりするので、そこを良き点として混ぜていたり。なんの音なのかがわかりにくいということでアブストラクトになるというか。それは人間も同じで、感情として、嬉しい時に嬉しいだけじゃなくてそこに悲しさだったり、懐かしさだったり、いろんなものが混ざっていますよね。ジェンダーに関しても、自分は男性として生まれてきて、それで生きていますが、実は女性性、あるいは中性など、色々なものが混ざっているんだろうと思います。それこそが人間の特徴でもあるし、それを見つけることができるのも特徴。そこと音のアブストラクトとしてやっていることとは、もしかしたら関連があるかもしれないです。

ーー人間に対する視点がそこにも含まれているんですね。アルバムに収録されている曲たちは、それぞれに違ったキャラクターを持っていますし、アイデア自体もそれぞれに違うところから生まれているようです。最初に感覚や問題を認識するプロセスをおうがいしましたが、その先の、そういったアイデアや感覚を音に変換していく作業はどのように行われているんでしょうか。

原:曲単位では、“65290”はコゲラの足についている識別番号からとりました。「A Sand County Almanac」というエッセイで越冬するコゲラについて書かれていて、3回の冬を越えたコゲラは2羽しかいないのに、65290という子は、5回も戻ってきてるんですよ。あんなにも小さな体なのに大変な冬を何度も超えた、その可愛らしさと強さが良くていつかタイトルにしようと思っていたんです。大きなところでいうと、自分が作る音楽は自分からしか出てこないものなので、いかにして自分の感覚や知識などを豊かにしていくかを意識しています。インプットとアウトプットだと2つが別のものになってしまうのでちょっと違うんですが、どうやっても自分からしか出てこないという、一種の諦めと言いますか。だからこそ自分を豊かにするということをできるだけ心がけ、アイデアや音に結びつけています。僕は職業として音楽家をやっているので、締め切りであったりいろんな現実的な問題に対処していきながら音楽を作っていますが、豊かさによってできるものに違いが出てきているんじゃないかと思っていて。だからずっとではないにしても、本を読んだり、映画を観たり、音楽を聴いたり、いろいろな人と喋ったり、美味しいものを食べたりということを、ちょっと意識して楽しんでるんですね。そうすると実際に出てくるものが変わってきました。

ーー自分でも変わったと思われるくらいの変化があったんですね。

原:去年の12月にコンサートをした際、特別に練習をしたわけではなかったのに、以前より音楽を掴めるような感じがあって。以前は油断したらコロコロと音楽が転がっていって、一瞬弾くものを忘れたりしそうなこともありましたが、音楽の中に埋没してもそんなに離れていかずに弾ける感覚があったんです。直接的な原因はわからないんですけど、やはり3年前にアルバムを作った時に比べ、自分の生活ややっていること、考えていることなどが少しずつ広がっていると思うので、恐らくそこなのだろうと。

――おうかがいしていると、全てのお話が、人がどう考え、生きるかという深い洞察、考察に繋がっているように思います。今を象徴するように、“PASSION“のMVでは森山未來さんが翁を演じます。森山さんは身体表現が素晴らしく、一つの動作で全ての空気を決めてしまう力がありました。森山さんとは元々親交があって今回の出演につながったそうですが、MVは監督と原さんと森山さんがどのように、どの程度話し合って決められたものなのでしょうか。

原:あれはもう未來さんに丸投げでした。もちろんいくつかルックブックと称して服の色合いなどは描きましたし、曲を聴いてもらって、アーティストステートメントや手紙みたいものも渡したりはしましたが、未來さんと振り付けの山本(nouseskou)さんとにお任せしていて。僕は未來さんの強さみたいなのが欲しかったんです。僕に強さがあるとすれば、それは表向きにパンッと出るよりは底の方にあるものだったので、ちょっとした動きでも表面に出る彼の強さがあれば、おそらく『PASSION』の二面性のようなものを含めた表現がうまくいってくれるんじゃないかなと思って。そこで未來さんのアイデアとして出てきたのが翁だったんですが、さっきの能や笙同様に、こうしてくれと動きを要請してはないんです。僕と監督は未來さんの動きにほぼ従って撮って、編集は僕と監督が主にやり、途中から未来さんが入ってきて最後は三者でやりました。出来上がったようなものを“PASSION”と並べると、MVは尺も違うので最初の方は音がなくイントロダクション後から音をつけたりしたんですが、その寄り添ってない感じがものすごくいいし、曲の中でもやっていることと同じことをやってくれた感じがある。それに加えて、彼らが“PASSION”というコンセプトを聞いて、そして今の状況で考えてくれた内容自体は、最初のステートメントから変わってきた自分の考えともリンクしていました。未來さんは『北のカナリアたち』や『プルートゥ』では本当に少年のようでしたし、一緒にツアーをまわった『Vessel』ではすごい肉体で軽々しく公演をこなしていって。俳優としてもすごいし、関係している人たちも映画やテレビ界だけではなくてダンスやアートシーンまで広く、彼を媒介にしていろんな人が出会っていく。そこもすごく魅力的ですね。

ーーまだ現在進行形のものなので難しい部分もあると思いますが、どう生きるのかという部分に関して、COVID-19での変化や現状をどのように理解して取り込んでいらっしゃるのかも気になります。

原:子供が生まれたので、その子を前にして、自分はどんな状況であってもポジティヴでいるしかないというのが今です。僕には悲観している選択肢は無い。だから変な話、音楽で食べられなくなったらなんでもしますし、音楽をやっていたい気持ちはありますがそこは超越してるというか。それが“PASSION”ということ。去年この曲を書いた時は違う状況で、どうなるかわからないし、良いことも辛いこともあるだろうけど改めて音楽家としてそれを受け入れようということでした。それが今、子供ができて、そしてパンデミックになって、“PASSION”の持つ意味が益々強くなった。人によってウイルスへの警戒度が違うから、今は本当に大丈夫かを自分で考えて判断して計画すること、そして子供のために生きていくということを考えて生活しています。

ーー音楽のやり方も変わってくると思いますが、ご自身の中でトライしてみたいことはありますか。

原:今は映画音楽や劇伴など、映像に対する音楽をもっと仕事にしたいなと思います。それに伴ってオーケストレーションも小さく始めています。コンサートができるとなった時に、自分のレパートリーとしてこれまでのピアノベースだけでなく、もっと演奏者を入れたりバラエティに富む準備をしています。



text & edit Ryoko Kuwahara / Baihe Sun


原 摩利彦『PASSION』(Beat Records)発売中

購入特典:「Scott Walker - Farmer In The City (Covered by Marihiko Hara)」CDR今作の購入特典に、原がアレンジし録り下ろした、Scott Walkerの名曲のカヴァー音源を収録したCDR「Scott Walker - Farmer In The City (Covered by Marihiko Hara)」が決定。数量限定。

BEATINK.COM:http://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10963

【予約受付中】https://song.link/marihikohara

TRACKLISTING:1. Passion2. Fontana3. Midi4. Desierto5. Nocturne6. After Rain7. Inscape8. Desire9. 6529010. Vibe11. Landkarte12. Stella13. Meridian14. Confession15. Via Muzio Clementi

当記事はNeoLの提供記事です。

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