「ロストワンの号哭」が多くの人々に共感された理由を歌詞から紐解く!

UtaTen

2020/5/22 21:00

国語が嫌いな「僕」の理由に隠された意味


疾走観のあるメロディーとダークな歌詞が高く評価されている大人気ボカロP「Neru」。

彼の楽曲『ロストワンの号哭』は多くの人々から共感を持たれ大人気となった楽曲であり、様々な音楽ゲームでカバーや収録されるまでになっています。

なぜこの楽曲は、ここまで多くの人々から共感を得られたのでしょうか。

その理由を探るために、まずはこの歌の主人公について迫ってみましょう。

1番Bメロの歌詞。数学と理科は好きで国語が嫌いと、主人公は典型的な理系のようです。

しかし、本当にそれだけの意味の歌詞なのでしょうか。



自分の事について歌い始めた主人公こと「僕」。どうやら「僕」は自分の事を「無個性」な人間と認識しているようです。

ここで楽曲名の「ロストワン」という言葉に注目してみます。

「ロストワン」とは「アダルトチルドレン」と呼ばれる子供の頃に心的外傷・トラウマをおった大人を指す言葉であり、中でも「集団の中において存在が希薄」な人々を指す言葉となっています。

そしてその特徴の1つには「無口」があり、これは「自分の考えで他人に迷惑がかかるのが嫌。

そのため自分の意見が言えなくなってしまう」というロストワンの人達の思考から生まれたものとなっています。

つまり国語が嫌いというのは、「僕」がもつロストワンとしての特徴を示しているのではないでしょうか。

となると楽曲名の「ロストワン」は「僕」の事であり、続く「号哭」=「大声で泣き叫ぶこと」は彼の様子を指している事になるでしょう。

溝に捨ててしまった「夢」から見えた「号哭」




実は人々が口を揃えて「共感した」と言う歌詞が存在しています。

注目は最後の「もうどうだっていいや」です。

1番のサビの最後でも歌われているため、重要な歌詞である事が推測ができます。

この歌詞が多くの人々の共感を受けているそうです。

そもそもなぜ「僕」はこのように歌っているのでしょうか。

ヒントは「子供の時の夢」です。かつて「僕」には「夢」があった、しかしその夢が捨てられてしまった事が明らかにされています。



注目は「レスポール」というギターの種類を指す言葉です。ここからわかる事は、「僕」はかつてレスポールを使っていたという事。

しかしそれが凶器になったと続くと歌詞で表現されています。

その原因は「不信感」です。「刃渡り数センチ」と「凶器」を示す表現には、かつて「僕」が他者から不信感を向けられていた様子が考察できます。

続く「静脈」や「病弱な愛」からも「心臓」や「心」が連想でき、彼が酷く傷ついてる様子が想像できます。

これらがレスポールを凶器にした理由なのでしょう。

さらに「アダルトチルドレン」は子供の頃に心的外傷をおった「大人」の事。となると「僕」は現在「大人」だという事になります。

出てくる言葉が学生を連想させるものなのは「僕」自身が傷を負った時の年齢を示しているとすれば、子供=学生の頃に背負った傷が原因で夢=レスポールが弾けなくなった、と捉える事ができます。

大サビで「僕」は「大人」とは一体何なのかと言っています。これは「僕」自身が傷付いた少年時代を忘れられない、アダルトチルドレンとしての問いなのでしょう。

つまり「もうどうだっていいや」というのは、そんな「僕」が自分の現状に嫌気がさしてしまったことによる叫び声=号哭だったのです。

人々が「ロストワンの号哭」に共感する理由




それではいよいよ、多くの人々が「僕」の号哭に共感する理由に迫りましょう。

注目は「僕達」という歌詞。

1番のBメロに登場したこの言葉は、この後も度々歌われています。

しかし、この楽曲はロストワンな「僕」の曲。なのになぜ複数形の言葉が出てきたのでしょう。

実はこの楽曲のMVには「僕」らしき少年とは別に、もう1人少年が出てきます。

「僕」にとてもそっくりな姿で、「僕達」という歌詞が歌われる際に必ず現れる事から、彼が「僕達」に含まれている事が推測できます。

しかし、その指を見てみると関節部分が作り物である事が判明します。つまり彼は「僕」の姿をした人形なのです。

これは「無個性」である「僕」を比喩した姿なのです。

しかし「僕」自身はその姿を自分とは個別の存在として捉えた数え方をしています。



これは他者から見た結果の「僕」の姿なのではないでしょうか。

他者からは無機質な人形のように見える「僕」だけど、本当の「僕」はその胸の内に号哭を抱えている。

「僕達」とはこうした他者と自分自身の間にある、「僕」という人物への印象の食い違いを示しているのでしょう。

多くの人々が生きる社会という集団の中では、時には自分の意見を押し殺さなければならない時が必ずあります。

つまり、この楽曲は「ロストワン」な「僕」の心情を通して、視聴者自身の社会を前に押しつぶされている心情を歌った社会風刺の楽曲といえます。

多くの人々が共感するのは、そんな「僕達」視聴者自身の号哭を歌った楽曲だからなのではないしょうか。

TEXT 勝哉エイミカ

当記事はUtaTenの提供記事です。

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