『天保異聞 妖奇士』の世界ーー藤原啓治追悼放送に寄せて

去る4月12日に亡くなった声優・藤原啓治を偲び、5月7日(木)、8日(金)の2日にわたりニコニコ生放送にて、藤原の主演作『天保異聞 妖奇士(てんぽういぶん あやかしあやし)』が配信されることになった。
2006年10月から2007年3月にかけてTV放送された本作は、天保時代を舞台としたファンタジー時代劇。当時はもちろん、今見直してもなお圧倒的な異彩を放つこの作品を、アニメージュのバックナンバーに掲載された記事を手掛かりに紹介してみよう。

人の業を描くエンタテインメント

主人公・竜導往壓(りゅうどう ゆきあつ)は旗本の家系からドロップアウトし、過去に犯したある「罪」から逃れるように流浪の生活を続けていた39歳の男。「浮民」と呼ばれる下層の身分にみをやつしていたが、やがて「漢神(あやがみ)の力」という不思議な能力を見出されて謎の組織・蛮社改所(ばんしゃあらためしょ)の一員となり、仲間たちと共に「異界」から訪れる異形の怪物・妖夷(ようい)が関わる事件を調査し、討伐するという任務に就く。

妖夷に関わる事件を通して描かれるのは、けっして満たされることのない欲望、虐げる者と虐げられる者との交錯、「ここではないどこか」を求める希望と、それがかなえられない絶望……いわば人間の ”業” についての物語だ。
原作・脚本の會川昇はそんな人間の悲哀にシビアな目線を向けながらも、それでもなお生きていく人々のたくましさを、エンタテインメントとして描き出していく。

▲アニメージュ2006年10月号

そう、本作は前述のような重いテーマを背景に持ちつつも、基本的には胸躍るエンタテインメントなのだ。
放送開始前、本作がはじめて発表されたアニメージュ2006年10月号で、監督の錦織博は以下のように語っている。

「今回は、『科学捜査ドラマ』のテイストを取り入れたいと思っているんですよ。たとえば、海外ドラマの『CSI:科学捜査班』だとか、日本の作品でいえば『怪奇大作戦』とか、そんなイメージですね。妖夷が絡んでいるらしい事件の謎を、クールに追いかけていく。そして、いざ謎が解けて妖夷が現れたら、派手に力ずくで退治する(笑)。冷静な操作と激しいバトルを組み合わせていきたいです」

次々と起こる怪異な事件の裏には、人々の苦悩や欲望にとりついた妖夷の影がある。往壓たち蛮社改所のメンバーは事件の謎を解く中でそうした人々の葛藤や心の闇に触れていく。その人間ドラマが本作の大きな見どころだ。
そして、調査のはてに出現した妖夷と激しい戦闘を繰り広げる。各話に登場する妖夷は、他に類を見ない異様な姿をしており、そのデザインも妖しい魅力を放っている。妖夷退治の切り札となる往壓の力「漢神」も非常に独特で、「漢字が持つ本来の意味を取りだし、具現化する」というその能力を駆使した多彩でダイナミックなバトルシーンも、本作の欠かせないポイントだ。

大人の主人公

藤原が演じる主人公・往壓の39歳という年齢も、アニメでは非常に珍しい。いわば「大人」の主人公だ。
だが往壓は、他のアニメで若い主人公を導くような「成熟した大人」ではない。年齢を重ねただけの経験も、知恵も、分別も持ってはいるが、一方では悩み、迷い、心に闇を抱え、弱いところも見せる。つまり、どこにでもいる「あたりまえの人間」なのだ。そんな往壓が、妖夷に取り憑かれた人々と関わり、事件の謎を解き、妖夷と戦うことで、自分自身の弱さとも対峙していく。そこに、この作品ならではの味わいがあるとも言えるだろう。
アニメージュ2006年12月号のインタビューで藤原は、往壓についてこう語っている。

「基本的に正義感は強いし、『弱い者を助ける』みたいな気質はある思うんです。ただ、そこに行き着くまでの自信がまだ持てていない(中略)ご覧の方たちは『大人のくせに』と言いたくなるでしょうが(苦笑)、『大人だからこそ悩むんだ』とう部分もあると思うんです。子供よりもいろんなことを抱え込んで、悩む材料も多すぎますから(中略)敢えてかっこ悪いところまで表現してくれるというのは嬉しいことですね。作品自体にも深みが生まれると思いますから」

もちろん、その「深み」に藤原自身の確かな演技が大きく貢献していることは、言うまでもないだろう。

▲アニメージュ2006年11月号

時代考証にも細かくこだわられており、鳥居耀蔵や河鍋狂斎といった歴史上の人物も登場するなど、ファンタジーのみならず時代劇としても本格的。そして、往壓たちと妖夷との戦いを通して「異界とは、妖夷とは何か?」といった謎もじょじょに明かされ、事件の裏で蠢く者たちの存在やその思惑も絡みながら、終盤に向けてドラマは大きく展開していくことになる。

今回の一挙放送を期に『妖奇士』の濃厚な世界を楽しんでほしい。また、放送当時に10代だった視聴者にもぜひ、10数年を経て「大人」になった今、あらためて往壓の姿を観てほしい。きっと、当時とは違う感覚、感情がわき上がってくるのではないだろうか。
そして何より、「どこにでもいる弱い大人が、己の弱さと戦いながら敵を討つ」という、実はアニメでは稀に見る主人公を演じた藤原啓治の演技を堪能してほしい。

作品名:天保異聞 妖奇士
放送日:全話一挙放送は5月7日と8日、いずれも19時から、前半・後半に分けて、ニコニコ生放送にて配信される。

〈スタッフ〉
原作:會川昇・BONES
監督:錦織博
キャラクターデザイン:川元利浩
コンセプトデザイン:草彅琢仁
異界デザイン:山形厚史
美術デザイン:成田偉保・金平和茂
美術監督:佐藤豪志
助監督:宮尾佳和
色彩設計:岩沢れい子
撮影監督:大神洋一
音響監督:三間雅文
音楽:大谷幸
時代考証:山村竜也
題字・劇中揮毫:森大衛
アニメーション制作:ボンズ

〈キャスト〉
竜導往壓:藤原啓治、小笠原放三郎:川島得愛、江戸元閥:三木眞一郎、宰蔵:新野美知、アビ:小山力也、アトル:折笠富美子、雲七:うえだゆうじ、鳥居耀蔵:若本規夫 ほか

(C)會川昇・BONES/毎日放送・アニプレックス・電通

当記事はアニメージュプラスの提供記事です。

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