林遣都 どんなに年齢を経ても、その大きな瞳は曇ることがない

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都に出て何かを成し遂げてほしいという願いが込められた「遣都」という名
新型コロナウイルス感染予防のための自宅待機中。撮影ができないテレビドラマの新作も延期が多く、配信で旧作を見てしのぐ日々。“朝ドラ”こと連続テレビ小説「スカーレット」(19年 NHK)で活躍した林遣都の出演作を見返してみようと思って、どんな作品を見ることができるかチェックしてみた。

例えば、大ブレイクのきっかけになった「おっさんずラブ」(18年/テレビ朝日系)の牧のようにぴしっと背筋を伸ばし、ぱりっとしたスーツを着た役と、「スカーレット」の信作のように体をひねって屈折を全面的に表現する役。身体の使い方で同じ人間でもこうも印象が変わるんだなあと、改めて幅の広い俳優だと感じた。

様々な役を演じることが仕事である俳優に、本人はどちらに近いか聞くことはナンセンスだとは思いつつ、どっちなのだろう。いや、どっちでもないかもしれない。私は、林遣都というと、デビュー作の「バッテリー」(07年)をはじめとして、「ダイブ!!」(08年)、「風が強く吹いている」(09年)など初期の青春スポーツものに出ている彼の印象がいまだに強い。ナイフのような鋭利で華奢な身体で目標に邁進していく姿が切実でいいなと思っていた。



「遣都」という名前も印象的で、都に出て何かを成し遂げてほしいという願いがこもっているとか。こぼれそうに大きな瞳に親の大きな希望を宿し、華奢な体で、故郷・滋賀県から東京に出てきて俳優として頑張るというイメージが沸く。「少年よ大志を抱け」という言葉がぴったりである。ちなみに、親からつけてもらった名前がすごい二大俳優は、林遣都と松坂桃李(中国の歴史書や故事からとられた名前)だと思う。

エリート役やケレン味のある役にゾクリとする凄みがあった20代
話を戻そう。 “少年”のイメージが強すぎると、脱皮するときが難しい。二十歳を過ぎオトナになっていく途中、俳優は、いつまでも少年のままでいられる才能か、年齢相応の変化か選択を迫られるときがあると思う。具体的に誰かに迫られるということではなく、お芝居の神様みたいなものに。

で、林遣都はどうしたか。まず、「パレード」(10年)の金髪の男娼役によってそれまでのイメージを大きく変えた。金髪がとにかく似合っていて、主人公たちの共同生活のなかの異物として重要な役割を果たした。それを経て林は、少年と大人のどちらも選ぶという難関に挑んだのではないかと、現在29歳の彼を見て想像する。少年を「自由」「清」、オトナを「制度」「俗」と置き換えてもいい。



少なくとも二十代の間は、少年とオトナ(やがておっさん)その中間をゆらゆらと揺れているような状態をいいバランスでキープしてきたのではないだろうか。「荒川アンダーザブリッジ」(12年)で演じた河原で自由に暮らす不思議な人達と過ごして変わっていく一般社会でエリートとして生きてきた青年役が、林遣都の少年からどういうオトナになるか分岐点だったように思う。

そして「ST赤と白の捜査ファイル」(15年/日本テレビ系)の複雑な背景をもつエリートや、「しゃぼん玉」(17年)の逃亡犯、「HIGH &LOW」シリーズのワルな役など役の陰影が深まっていく。とりわけ彫りの深い顔立ちによってエリート役やケレン味のある役にゾクリとする凄みがあった。



抜群にハマっていた「チェリーボーイズ」でのくすぶった青年役
いろいろな役のなかで林遣都、すごいと思ったのは「チェリーボーイズ」(18年)。題名どおり、社会人になっても童貞(以下DT)を貫く青年3人の物語で、林が演じる主人公は東京から地元に戻って来たところから物語ははじまる。東京ではバンドをやっていてけっこういいところまでいってるが、父が体調不良でしばらく家業の酒屋を手伝わないといけない。こうして昔なじみの3人が久しぶりにつるんでいく。

彼らは昔からパッとしなくて、あだ名も口にするのも憚れる恥ずかしいもので、恋もままならない。いいことなしで鬱屈がたまりにたまってやがて爆発、とんでもないことを実行しようとする。暴力的な描写や性的な描写も多く、見る人を選ぶ作品かとも思うが、なかなか興味深いのである。



林は黒縁のメガネをかけヒゲを剃リ残したふうにしていて、くすぶった感じで、酒屋で瓶のたくさん入った容器を運ぶ姿が妙にハマっている。「スカーレット」の信作もそうで、閉鎖空間のなかでいろいろな思いを抱えながら折り合いをつけている人物を演じると抜群にハマる。そう思いながら「チェリーボーイズ」を見ていると、最後の最後で林がすごくいいことを言うのだ。DTで居続けることの意義みたいなことを。そしてそれが林遣都の少年性を残しながら年を重ねていくことを代弁しているかに思えたのである。ただし、林遣都がDTであるという意味ではありません(当たり前)。

林遣都は常に汗を出し切り、それが役の純粋さになる
かなりいろいろな役を演じていて、ともすると器用な俳優になってしまいそうながら、林遣都はそうならない。たくさんの役の人生を重ねながら、その奥底にピュアなものがピカッと光っている。

例えば、ある演出家が言ったことで、毎日行われる舞台で、毎公演気を抜かず同じことをやり続けることによって清潔感が生まれるというものがある。林遣都は舞台で毎日同じ動きを確実にやってるかは1公演につき一回しか見ていない私にはわからないのだが、毎日、同じことを生真面目に繰り返すように、どんな役でも常に本気で全力で1日のエネルギーをすべて出しきっている俳優なのではないだろうか。スポーツやサウナで汗を出して悪いものが出てすっきりするみたいな行いに近いかもしれない。林遣都は常に汗を出し切り、それが役の純粋さになる。



舞台「風博士」(19年)でも不器用でおバカさんなのだがこんなにも天使のようにキレイな精神をもった人物はいるのかと思うような存在になっていた。「精霊の守り人」シリーズのシュガも星読みという聖なる叡智を司る雰囲気がよく出ていた。どんなに年齢を経ても林遣都の瞳は曇ることがない。
(文/木俣冬、イラスト/おうか)

当記事はエキレビ!の提供記事です。

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