「私の人生を返して」台無しにされた子ども時代…それでも母を憎めない理由【親に整形させられた私が、母になる Vol.13】



■前回までのあらすじ
過食嘔吐の治療の話のはずが、いつの間にか私の進路の話に…。学校も部活も容姿さえも母のいいなりになってきたが、母は「私だって親が決めてきた」と聞く耳を持ってくれない。さらに「親のせいにするな」と言われ…。
》学校も容姿すら母が支配してる…それでも「親のせいにするな」と言われて

■私はいつだって自分の意思を引っ込めるしかなかった

大人になった今、もしあの頃に戻れるなら母に言いたいことがある子どもは親がいなければ生きていけない、だから親が折れる気がないなら「子は親に従うしかない」それを「あなたが納得して決めた」とするのは卑怯だ母は私が母の希望に沿わないとあきらかに冷たくなり、それが何か月も時には何年も続くそしてそれに耐えられなくなった私が母の意見に従うと、その日から別人のように優しくなる

■母の「理想の子」じゃなければ愛してくれない…
それはまるで「お母さんの理想の子になったら愛してあげる」「理想の子にならないなら愛せないわ」の2択を求められているようだったその2択で私はいつも「母の理想の子になって愛してもらえる」方を選んでしまっただからなのか大人になった今、「私の人生を返してほしい」そんなかなわぬ妄想をしては苦しくなる

■母を悪者にして憎み切れないワケ
母を完全な悪者にして心の底から恨むことができればこの苦しさはなくなるのかもしれない。しかし厄介なことに母は私の希望をまったく叶えてくれなかったというわけではない。それに私の希望とは違っていたとしても教育にはお金をかけてくれたし、衣食住も与えてくれたそれに母の言っていたことは本音の現実だ。ブスより美人の方がよいし、良い学校へ行き安定した職に就くことを勝ち組と考える人も多いだろう。だからこそ私は母を悪者にして恨み切ることができない。



母に対する感情は、そう簡単に割り切れるものではありません。

私としては嫌だったことも、母としては愛情だったと言うことがわかるからです。

『ある部分は自分の希望を押し付けている代わりに、ここの部分は娘の希望も取り入れてあげよう』
『そうすれば娘もきっと納得してくれるだろう。お願いだから納得してほしい』
などの、母の中での葛藤もわかります。

母の【支配していたつもりはない。むしろ愛情のつもりだった】は、
いじめの【いじめてたつもりはない。むしろいじってあげているつもりだった】

それと少し似ているような気もします。

いじられた側にとってはつらいこと。
でも、そこで反撃したら、その場の空気を壊してもっと酷いいじめ(ハブられる、など)になることが恐怖だったから、嫌ないじりに耐えていた…

こんな感じなのかもしれません。

大人同士、もしくは子ども同士だったら『合わない人とは距離を置く』『違うグループと仲良くする』ということもできますが、親子の場合はそれも難しい。

『合わない親子』はどうやって付き合っていくのが最善なのでしょうか────

→次回は3月27日(金)更新予定です。

※この物語は私の経験を基に、一部フィクションもまざっております。

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(グラハム子)

当記事はウーマンエキサイトの提供記事です。

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