42歳日雇い男のホームレス生活「飲食イベントの残り物を食べていた」

日刊SPA!

2020/3/26 08:53

―[42歳日雇い派遣男のリアル]―

現在42歳、僕はまったくお金にならない小説を書きながら、日雇い派遣の仕事などで食いつないでいる。しかし以前、仕事をせずに小説だけを書き続けていた時期がある。その頃、ほんの一時ではあるが、ホームレスになっていたことがあった。

ネットカフェを転々とする生活を送っていたのだが、ネットカフェに泊まるお金さえも尽きようとしていた。収入になることをまったくしていなかったのだから、当然といえばあまりにも当然のことだった。

◆お金が底を尽きそうになり、日雇い派遣に登録

早急にお金を稼がなくてはならなかった。その手段は日雇い派遣しか思いつかなかった。インターネットで適当に派遣会社を選んで応募する。その後、スタッフ登録のために登録センターまで出向いた。

場所は都内の雑居ビルの一室。スーツ姿のスタッフから就業規則や仕事の流れなどの説明を受けながら書類に必要事項を記入していく。住所は以前住んでいたシェアハウスのものを書いた。僕以外の来場者はすべて20代の若者である。この年齢になって彼らに交じって日雇い派遣をするというのはそれなりにこたえるものがあった。

こんなのはただのつなぎ。こんな状況からはすぐに抜け出してみせるさ。自分の心にそう言い聞かせた。が、すぐにこんな疑問が湧いてくる。でも、どうやったらこの状況から抜け出せるの? 小説が売れたらだよ。でも、どうやったら小説は売れるの……?

書類を記入するペンの動きが止まった。ため息がこぼれた。考えるのをやめて書類の続きを記入した。そのあとはスタッフとの個人面談になった。

「工場や倉庫での軽作業や飲食系の仕事などを紹介できますが、どんな仕事をやりたいですか?」

どんな仕事もやりたくないです。毎日ただ小説だけを書いていたいです。そんな本音を押し殺して僕はこう答える。

「飲食系の仕事をやりたいです。昔、居酒屋でバイトしていたこともありますし、料理を作るのが好きなので」

本当はただ工場や倉庫の流れ作業だけは絶対にやりたくないだけだった。若いときにパン工場で短期バイトをしたことがあった。ラインで流れてくる型に入ったスポンジケーキをひっくり返して型から外していく。延々と続くその単調な作業に発狂しそうになり、流れてきたスポンジケーキを床に叩きつけてしまった。そして社員に激怒された。僕にとってあれは精神的な拷問でしかなかった。

「飲食系でしたらすぐに紹介できる仕事があります。来週から二週間開催されるフードイベントがあるのですが、いかがですか」

スタッフのすすめるそのイベントで初日から働くことにした。

◆ひたすらご飯を炊く仕事

会場は東京湾に近い広場である。ハンバーグやかき氷、タピオカなどのさまざまなブースが出されており、派遣先の会社はそのうちの数店舗を運営していた。僕が配属されたのはご飯のブースだった。

最初に社員がオペレーションを説明し、そのあとは僕を含めて3人の派遣だけで回していった。3台の業務用ガス炊飯器で次々とご飯を炊いていき、発泡スチロールのどんぶりによそって販売する。なんの変哲もないふつうのご飯である。が、このフードイベントでは他にご飯ものを出すブースがなかったため、飛ぶように売れた。営業時間中はほとんど常に長い行列ができていた。

スタッフは全員がその日はじめての派遣だったので上下関係がなく、目のまわるような忙しさでありながら、まるで学園祭の模擬店でもやっているかのように和気藹々とした雰囲気だった。3日目にもなると、みんなそれなりに仕事にも慣れてきてスムーズにブースを回せるようになっていた。

営業終了の数時間前からは客の流れを読んで炊く量を調節していく。その日炊いて残った分は廃棄になってしまう。ある程度は仕方ないにしてもあまり大量には廃棄にならないようにしたかった。

その日は営業終了の2時間くらい前に行列が途絶えた。

「どうする? まだ炊く?」

スタッフの女の子が聞いた。

「いや、いいよ。今日はもうお客さん来ないでしょ」

僕はそう答えた。しかし、その予測は完全に外れてしまった。そこからドッと客が押し寄せ、再び長い行列ができたのである。慌てて追加でご飯を炊くのだが間に合わず、やがて底を突いてしまう。僕は並んでいる客に言った。

「ごめんなさい。もうご飯がなくて……」

「あとどのくらいで炊ける?」

「20分くらい……」

そう言えば諦めてくれるだろうと思った。が、客はこう答える。

「じゃあ、待つよ」

僕は炊飯器の前に戻って確認窓の中の青い火をじっと睨みつけた。しばらくしてレバーがカチッと上がってその火が消える。しかし、これで終わりではない。ここからタイマーをセットして15分むらさなくてはならないのだ。

ブースの外にちらと目を向けた。行列はさらに長くなっている。それが僕にじわじわとプレッシャーを与えてくる。

「もういい。むらしの時間は省略して出しちゃおう」

僕がそう言って炊飯器の蓋を開けようとすると、スタッフの女の子に止められる。

「ダメだよ。ご飯はむらしが大切なんだから」

辛抱強く待つしかなかった。ピピピッ。ようやくタイマーが鳴った。すぐに蓋を開けてご飯をほぐし、次々とどんぶりによそっていった。そして、終盤で苦戦しながらもなんとか無事にその日の営業を終えることができた。

◆イベントで余ったご飯のおかずをゲット

みんなでブースの後片付けをしながら、僕は残ったご飯をどんぶりによそっていく。それを何杯もトレイに乗せて他のブースを回っていった。

「ご飯余ってしまったんですけど、どうですか?」

多くは「いえ、大丈夫です」と返されるのだが、中には「ありがとうございます!」と喜んで受け取ってくれるところもあった。ひととおり回ってから自分のブースに戻り、後片付けを再開した。しばらくして、そこにひとりの女の子がやって来た。

「さっきはご飯ありがとうございました。よろしければ、これをどうぞ」

そう言って彼女が差し出してきたのは紙皿に盛られた数個のハンバーグである。計算どおりだった。「海老で鯛を釣る」とは正にこのこと。イベント期間中はいつもこのやり方で美味しい食事にありつくことができた。

後片付けも終わり、スタッフたちと駅まで歩いた。彼らとは一回り以上も年が離れていた。が、上下関係のない職場でいっしょに働いたことでそんなことはまったく気にならないほど仲良くなっていた。駅の近くまで来たところで僕はふいに足を止めて言った。

「あ、やばい。忘れ物した」

「待ってようか?」

「いや、いいよ。先に帰ってて」

「わかった。じゃ、また明日」

◆僕には帰る場所がない…野宿スポットを探す

そして僕が向かった先はイベント会場ではなくコンビニである。忘れ物をしたというのは嘘だった。僕にはもうネットカフェに泊まるお金も残っていなかった。駅から電車に乗ったところでどこにも帰る場所なんてなかったのである。とりあえず、派遣先の担当者にサインをもらったタイムシートをコンビニのファックスで派遣会社に送る。日雇いとはいえ、即日給料がもらえるわけではなく、タイムシートをおくってから3営業日後に給料が振り込まれることになっていた。

次に銭湯に向かった。真夏日だったのでその日一日の汗を流したかったし、ホームレスであることがバレないように身なりだけはきれいにしておきたかった。入浴料金の470円くらいはまだなんとか残っていた。のぼせそうになるほどゆっくりと湯船に浸かり、ひげも剃ってから銭湯を出た。

それから野宿できそうなスポットを探した。東京の美しい夜景の一端を形成する高層ビル群を遠くに眺めながら、人通りの少ないうら寂しい道を歩いた。東京湾に面した広場に植木の植えられた段々畑のような石段があり、そこで寝ることができそうだった。

いちばん下の石段の陰でバスタオルを体にかけ、リュックを枕にして横になる。蚊のプーンと不快な音が耳元に近づいてくる。刺されないように体を小さく丸めてバスタオルで全身をスッポリと覆った。やがて蚊の音は遠ざかり、ぴちゃぴちゃと水の音だけが聞こえるようになる。

息苦しくなってバスタオルから顔だけ出した。目の前に設置された白いフェンスの向こう側に東京湾が広がっている。その真っ暗な水面に遠くの湾岸から放たれる光が微かに映し込まれてちらちらと揺らいでいた。<文/小林ていじ>

―[42歳日雇い派遣男のリアル]―

【小林ていじ】

バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeで「ていじの世界散歩」を検索。

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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