アート界の未来を担う作家たちのエネルギッシュな祭典 『VOCA展2020』レポート

SPICE

2020/3/25 13:30


3月12日(木)から3月30日(月)の期間、上野の森美術館で『VOCA展2020 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─』が開催中だ。「The Vision of Contemporary Art」の略である「VOCA」をタイトルとし、平面作品を対象にする本展は、美術館の学芸員や研究者、ジャーナリストなどによって推薦された40歳以下の若手作家に出品を依頼し、各賞を選考するシステムである。VOCA展は新人作家の登竜門であり、やなぎみわや蜷川実花、大岩オスカール幸男や山口晃など、幅広いジャンルで活躍するアーティストに賞を授けてきた。以下、気鋭のアーティストの見逃せない新作の数々をご紹介する。
会場風景
会場風景

時間やイメージの無数の重なり
さまざまな要素を組み合わせた作品


栄えあるVOCA賞を獲得したNerhol(ネルホル)の《Remove》は、まるでフィルム写真が水の中で揺らめいているかのようだ。写っているのは三人の人間で、実験を行っているように見える。本作は動画を連続写真にして印刷した後に重ね、部分的に彫って制作された。作品の元である動画は、1969年のアメリカの宇宙飛行士の重力除去の効果をはかるテストプログラム中のある場面とのことである。《Remove》の被写体がぶれているように見えるのは、彫られた痕や重なり合った紙の歪みのせいだろう。集積して曲がった紙とささくれたような断面図は、動画撮影時の時代から現代、あるいは宇宙飛行士が体験する時間の流れを含むようだ。ミステリアスな被写体と複雑で独自性のある制作過程は、重層的で多様な解釈を可能にしているように思う。
Nerhol(ネルホル)(田中 義久・飯田 竜太)《Remove》インクジェットプリント
Nerhol(ネルホル)(田中 義久・飯田 竜太)《Remove》インクジェットプリント
Nerhol《Remove》部分
Nerhol《Remove》部分

黒宮菜菜による絵画《Image -終わりし道の標べに》のタイトル副題「終りし道の標べに」は阿部公房の小説が元になっており、同作をインスピレーションの源とする。油絵具とアクリル絵具を併用した本作は、表面に散らされた画材は明るい色味だが、全体に茶を基調として落ち着いたトーンで描かれ、奥でひそやかに眠る男性の姿は抒情性があり、幻想的な印象を与える。この絵は距離や角度で違った表情を見せるため、近づいたり離れたりした後で立ち止まり、じっくり鑑賞する人が特に多かった。画像や図録で見るのみならず、是非実物を鑑賞いただきたい作品の一つだ。
黒宮菜菜《Image -終わりし道の標べに》アクリル、油彩、木製パネル、カンヴァス
黒宮菜菜《Image -終わりし道の標べに》アクリル、油彩、木製パネル、カンヴァス
黒宮菜菜《Image -終わりし道の標べに》部分
黒宮菜菜《Image -終わりし道の標べに》部分

天井近くの明るい光の中、力強く昇天する熾天使か智天使のようにも見える明るいブルーの作品は多田さやかの《網膜剥離》。愛猫の網膜剥離を制作のきっかけとする本作は、如意輪観音やジャン・ロレンツォ・ベルニーニの《聖テレジアの法悦》における天使、動物や建物など、自然界にあるものと人がつくったもの、または人を超越した存在に創造されたとされるものなど、無数の要素が組み合わされている。コラージュされたパーツの全体像は見えないが、整理しきれない雑味がエネルギーに転換されて清々しく、現代における救済のイメージが体現化されているようだ。
多田さやか《網膜剥離》アクリル、金属、和紙、プラスチック、シナベニヤ
多田さやか《網膜剥離》アクリル、金属、和紙、プラスチック、シナベニヤ
多田さやか《網膜剥離》部分
多田さやか《網膜剥離》部分

作家そっくりの人形や過去と未来を予感させるオリンピック
リアルとフィクションの境界を曖昧にする


ラブドールのマタニティヌード写真で広く知られる菅実花の写真作品《A Happy Birthday》は二人の女性の記念写真の形を取っている。一卵性双生児のような女性の写真はどちらも作家自身で、作家は自分の顔を型取りしてつくった人形と並び、ポーズを取って撮影したという。映像作品《#selfiewithme》においては、人形と作者の画像がSNSやアプリでよく見るような形で加工され、肌の質感や色味などが理想の状態を体現し、全くのつくりもののような印象を与える。《A Happy Birthday》では探求の余地があった、人とアンドロイド、リアルとフィクション、生命と実在性などといった問題は、《#selfiewithme》においてはもはや消え去りつつあるように見えた。
左:菅実花《A Happy Birthday》インクジェットプリント
左:菅実花《A Happy Birthday》インクジェットプリント
菅実花《#selfiewithme》iPad
菅実花《#selfiewithme》iPad

李晶玉の《Olympia 2020》はレニ・リーフェンシュタール監督が撮った1936年のベルリンオリンピックの記録映画「民族の祭典」のオマージュで、描かれているスタジアムには観客が一人もいない。壮大な建物の中央にたたずむ女性の衣装はどこか古めかしいが、この服は同大会でマラソン日本代表として出場し、金メダルを獲得したソン・ギジョンの体操着で、ソンは日章旗抹消事件の当事者だった。事件で消された太陽は天井から覗く空に浮かんでおり、人影のないスタジアムは生命の気配がなく、ここで大会が行われるとは思えないほどに冷たく静まりかえり、不穏な雰囲気を強烈に漂わせている。
李晶玉《Olympia 2020》墨、アクリル、デジタルプリント、パネル、紙
李晶玉《Olympia 2020》墨、アクリル、デジタルプリント、パネル、紙

想いや念がこもる素材や手法
糸や刺繍・ヴェールの奥にあるもの


3種の映像が流れ、中央の画面は白いヴェールに覆われている。宮本華子の《白が消えていく。-Mein Tagebuch-》は、父親に対する複雑な感情を制作の基板としており、映像は作家がウェディングドレスのヴェールに父の口癖を刺繍する過程を示している。刺繍という行為は自分の世界にこもりつつ、自分の中のイメージを整理して表出することでもある。ヴェールの奥にある映像は虚構のようにも、被膜によって守られているようにも見える。布に刺された糸が淡い色味で儚い印象を与えるのは、父からの解放と浄化、加えて一抹の寂寞を示すように感じられた。
宮本華子《白が消えていく。-Mein Tagebuch-》写真印刷用紙、額、ディスプレイ、半透明カーテン、刺繍糸
宮本華子《白が消えていく。-Mein Tagebuch-》写真印刷用紙、額、ディスプレイ、半透明カーテン、刺繍糸
宮本華子《白が消えていく。-Mein Tagebuch-》の中央の画像
宮本華子《白が消えていく。-Mein Tagebuch-》の中央の画像

高山夏希の《World of entanglement 2020》は風景作品で、作家の祖父母の家の周辺の景色が組み合わされているという。遠くから見ると複雑な刺繍にも見える絵は、自然や人間社会から溢れ出るエネルギーを画布に落とし込んだようだ。景色の中に描かれた目は、厚塗りされた画材の中に埋もれそうになりながらも強い存在感を示し、画布に貼りつく糸は、風景の中にある歴史や、人間の持つ記憶や想念を思い起こさせる。作品世界は荒々しく強靭で、どこか神秘的である。
高山夏希《World of entanglement 2020》アクリル、油彩、糸、木製パネル
高山夏希《World of entanglement 2020》アクリル、油彩、糸、木製パネル

他にも様々な衣服に射撃訓練の的と銃の痕跡を描く木村宙の《TYPE64 7.62×51mm NATO ―銃ハ撃ッタコトガアルガ、人ハ撃ッタコトハナイー》や、LED蛍光灯を組み込み、円や矩形の金属が外界を反映する玉山拓郎の《5 shapes (Sally green)》など、さまざまな素材や手法を用いた作品が展示されている。平面という制約の中でこれほど豊かな作品に出会えるのは、全国のさまざまな立場の推薦委員が作家を選出するVOCA展ならではだ。多種多様な表現に出会える本展で、熱く鋭いアートに触れる喜びに浸っていただきたい。
左:木村宙《TYPE64 7.62×51mm NATO ―銃ハ撃ッタコトガアルガ、人ハ撃ッタコトハナイー》布(Tシャツ、古着)に転写プリント、金属製フェンス、ハンガー、テグス、糸  右:玉山拓郎《5 shapes (Sally green)》アクリルミラー、LED蛍光灯、アルミニウム、ステンレス
左:木村宙《TYPE64 7.62×51mm NATO ―銃ハ撃ッタコトガアルガ、人ハ撃ッタコトハナイー》布(Tシャツ、古着)に転写プリント、金属製フェンス、ハンガー、テグス、糸  右:玉山拓郎《5 shapes (Sally green)》アクリルミラー、LED蛍光灯、アルミニウム、ステンレス

取材・文・撮影=中野昭子

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