続・『映像研』のマンガとアニメ比較。迫る納期と理想へのこだわり

第2次アニメージュ黄金期を担当した7代目アニメージュ編集長の大野修一が語る。

現実逃避に首ったけ⁉  
(7)アニメーションの敵はアニメなのか?

前回、「『映像研には手を出すな!』の第3話、ますますもって面白い」と導入で記しておいて、中身は第1話のワンシーン(なにより重要なんだけどね)だけに触れて終わってしまうという、羊頭狗肉感たっぷりの展開となってしまいましたので、今度こそ第3話について、そして区切りとなる第4話について話していきたいと思います。

「すべての人間は現実逃避を目指している」

というのが私の人生観であり、それゆえに個々人のものでありバラバラでしかないはずの「現実逃避」の方向・手段・目的などが、偶然によってシンクロすることがごくたまに発生するし、その瞬間をこえる「幸福」はないと思っています。その幸福に魅せられるからこそ、人は集団をつくり、その幸福が得られないことが分かると、集団に背を向けて「孤」に走るのです。

アニメ『映像研』の第1話はまさにそういった話であり、おたく的素養の持ち主たちにとっての「幸福」を活写していますが、実は些少な(多くの人が気づかないぐらいの)、不完全性の気配までもをほの見せているくらい深みのある傑作だ――というのが前回のネタでした。

で、まず記述しておきますが、アニメ第3話・第4話の各話タイトルは、原作マンガにないものとなっています。ちなみにアニメ第1話・第2話は、原作の第1話・第2話タイトルでもあった「最強の世界」「映像研、爆誕す!」を使用(ただし、エピソードは原作第3話以降からも取り込みながら)していましたが。アニメ第3話・第4話は「実績を打ち立てろ!」「そのマチェットを強く握れ!」と原作にはないタイトルがつけられています(ただし、ストーリー展開は原作と同)、なるほど『カメラを止めるな!』系で統一するのね。

この第4話までで、コミックスの第1巻が終了。第5話がコミックス第2巻のうち、始まりの第3話分のエピソードで作られていたので、全12話だということならば、コミックスの第3巻までがアニメ化されるのでしょう。ここまでは、音響マニアの百目鬼さんが登場する、つまり『南総里見八犬伝』なら八犬士目の犬村大角が登場する前​、『アストロ球団』なら火野球九郎​がヘリコプターでアストロドームに降り立つまでの「くだり」なので、幸福な高揚感は自然と続いていくだろうことは分かっていて、楽しげであります(百目鬼氏はどうやらまだ「妄想=最強の世界」を共有しているわけではないので、小石の波紋くらいは感じられるのですが)。まあ、原作が今後、何年、何巻まで続くか不明ですが、「幸福な瞬間」の継続のままきれいに完結していただきたいと、本気で思っています。

と、ここまで書きあがったあとに、第6話の放送があって、百目鬼さんが登場してしまったので追記。
 原作の第2巻と第3巻のエピソードがシャッフルされ、文化祭がアニメの大団円になるだろうことが推測できる。ロボットのリアリティをめぐる『パトレイバー』的なやり取りが印象的な展開の第5話&第6話ですが、原作にない美術部が登場して「妄想」が「共有」できなくても「協力」が必要となる「現実」が提示され、金森氏による浅草氏へのセッキョー・シーンでの監督論も迫真性を増している。この期におよんでも、三人が過剰に「なかよし」でなく「理解者であろうとする関係」として描かれるのが、ステキである。

どこかで、悲劇の予感にフラフラと誘蛾灯に舞い込む羽虫のように誘われてしまうのは、手塚治虫原理主義者の刻印です。余談ですが、ユジク阿佐ヶ谷で「東映動画まつり2020」が開催されており、今回のラインナップに手塚治虫原案の『西遊記』(1960)が入っていなかったので、ぜひ機会があれば公開していただきたい。この時期、並行して有楽町マルイで「映像研による「最強の世界」展」が、開催されていたことは、何たる偶然! ことほぐべきことと思います。

温故知新!
 なにもかもすぐに手塚話に引っ張っていくのは年寄りの性だと思ってください。
 とりあえず説明します。


東映動画の長編劇場映画に『西遊記』という作品があります(『白蛇伝』『少年猿飛佐助』から続く第三作)。それは最初、手塚治虫が1952年から1959年まで連載した漫画『ぼくの孫悟空』を原作に、という東映側の意向からはじまり、快諾した手塚は積極的に東映に通うまでになったのですが、製作途中の段階で、「主人公・悟空の恋人・燐々を死なせる」展開を主張した手塚(富野由悠季監督が虫プロ出身だということがよくわかるエピソード!)と、その展開を受け入れなかった東映サイドとの意見の齟齬が契機となり(手塚の絵・デザインを動かしづらい=アニメイトしづらいものとした、現場アニメーターの意見も強かったようですし、さらに手塚の本業=漫画家としての忙しさも要因となった)、手塚は、結果的に原案構成そして三人連名の演出のひとりとしてクレジットされるに留まりました。

初めて本格的にアニメに関われると、きっと胸をドキドキさせていた手塚は、さぞやガッカリしたに違いありません。

その不本意がアニメ愛を募らせたのか、この翌年となる1961年には、手塚治虫プロダクション動画部が設立されます(この年には、いまでは分からない人も多いだろう高額納税者番付の「画家・漫画家部門」でトップとなり、個人クリエイターとして、人気のみならず、経済的成功においても頂点を極めたのです)。続いて1962年には短編アニメ『ある街角の物語』(38分)を発表、1963年正月=1月1日に国産初30分枠のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』がはじまるのです。

この時手塚治虫、御年34歳。
 この1960~1962年の末までの間、東映動画との関わりが切れたわけではなく、『アラビアンナイト・シンドバッドの冒険』の脚本(北杜夫と共作)や、『わんわん忠臣蔵』の原案・構成といった形で東映作品に参加していますが、『西遊記』で舐めた苦渋はいかばかりであっただろう、というのがうかがえるアニメ制作への傾倒ぶりです。

ここでも余談を挟むと​、1960年8月に公開された『西遊記』の、当然内容はすでに固まっているだろう5か月前に、手塚は悟空の恋人・燐々を主人公にしたマンガ『リンリンちゃん』の連載を開始し、公開後の同年9月で連載を終えました。ほんとうに、すてきに業が深い。手塚先生サイコー!

またテキストが長引いてしまった。とりあえずこの時期の重要人物の紹介まではたどり着かねば!

この『西遊記』の準備期間(1959年ころ)、手塚が苦渋をちびちびと嗜んでいた時期に、東映行脚に同行していた人間が二人います。一人は言わずと知れた若き日(21歳ころ)の石ノ森章太郎、そしてもう一人が当時の手塚治虫の漫画のアシスタントだった月岡貞夫です。

はい、月岡貞夫。日本のアニメに興味があるなら、覚えておいて損のない名前です。『西遊記』以降も東映に残り、天才アニメーターとして才能を開花した月岡は、『鉄腕アトム』によって始まったテレビアニメの時代において後発となってしまった、東映動画として初のテレビアニメの企画を、誰よりも先に立ち上げました。それが、あのボバンババンボン♪の『狼少年ケン』です。同作では、原作者として設定&ストーリーを組み立て、キャラクター設計(デザイン)を担当しただけでなく、1963年11月の放送開始から第5話までは演出&原画も担ったのです(ちなみに同作第6話は高畑勲の演出デビュー作)。1963年は、テレビコマーシャル制作会社であったTCJが、10月に『鉄人28号』&11月に『エイトマン』とのテレビア二メ並行制作に打ってでた年。年頭に放送開始となった『鉄腕アトム』がいかばかりの利益を発生させたのだろううか。付記するなら、そんなハシッコかったTCJの現在が、『サザエさん』を制作中しているエイケンなのです。

ここからはところどころ、私の憶測です。
 つまり、アニメーションが大好きだった、しかし生粋の個人クリエイター(漫画家)だった手塚は、「ワンフォアチーム、チームフォアワン」の集団工房である東映動画のスタジオに参入しましたが、『映像研』のような「幸福な瞬間」を味わうことが出来ずにおわってしまい(それはそうでしょう、資質も立場も表現方法もまったく違うのですから)、そのくやしさをバネに自らスタジオを立ち上げ、テレビという新しい発信基地を得て、アニメ業界の先頭に立ちました。大逆転です。気持ちはきっと「フフン」てなもんです。

しかし、手塚的発想に惹かれ、その助けを続けていながらも、アニメーターとしての才能が師匠・手塚を​凌いでいた月岡が、東映動画の新しい血となったことで、それまでは、東洋のディズニーを謳って年に1作の総天然色長編劇場映画を柱としていた東洋動画――いや東映動画。『なつぞら』じゃないんだから。

東映動画も変わらざるを得なくなったのです(ここまで長くなったので、いっそのことここにも余談。そういうわけで、ながらく名作・古典をベースにした東映の劇場映画が1966年、はじめて漫画原作にシフトチェンジするのですが、その最初は『西遊記』で縁を得た、しかし東映には残らなかった石ノ森章太郎原作の『サイボーグ009』だった)。

かつては、虫プロがテレビのために始めたリミテッドアニメーションを「邪道」と思っている人も居たのでしょうが、リミテッドアニメーションとフルアニメーションはまったく違う表現ではありません。この違いは度合いの問題です。1秒間に24あるコマのうち、その「何枚」つまり「何分の1」に違う絵をいれるかという差なのです。

当時の東映動画は、1コマ置きに(2枚に1枚)絵を変える、俗にいう2コマ打ち(24コマ分の12枚が違う絵)でしたが、動画重視の視点からは「電気紙芝居」とクサされることもあった虫プロは、基本、「3枚に1枚」の3コマ打ちでした。1秒24コマに、東映が12枚なら、その2/3の量の8枚。しかも30分枠のなかで1話が決着することを第一目的とし、物語内容が伝わるなら(視聴者が怒らない、あきれないなら)、動かなくてもかまわないと(仕方がない)という手法でした。

アニメ『映像研』の第3話から第4話前半にかけては、いかに限られた時間のなかで「マシ」なアニメーションをつくるかという、工夫の話なので、もろにこの時代の二派の思想的(思想というより何を対象に欲望を感じるかという差異)対立と、そのなかで生まれた工夫、情熱と葛藤と妥協、そして諦念と反省が描かれていて、興味が尽きません。


ところどころで面白ポイントがあったので記していきます。

【1】生徒会の予算審議委員会までに「5分の動画」を間に合わせるんだ! となった時に、原作マンガのコミックス第1巻99ページでは、金森氏は「5分の動画/2400枚を/まともに描くと、」「お二人は61日間/24時間労働で/描く必要があります。」と発言していますが、アニメの金森氏発言では5分のアニメに対して動画は3600枚を設定され、全スケジュールを55日といったうえで、漫画では触れていなかった「作画以降の工程」、つまり彩色や音響をかんがえて実制作期間を50日としていました。この枚数の違い、前者は2コマ打ちで後者は3コマ打ちの枚数です。つまり漫画版金森氏は最初から虫プロ側だったが、アニメ版金森氏は制作初期段階においては昔の東映動画的発想だったということ(勤勉な金森氏、最初にアニメーションを学んだ資料がアニメーション現場よりのものだったか)。原作からのこのセリフの変更はどうかんがえても「意識的」な改訂です。
はてさて、面白いのはここだけではありません。

【2】物語が進み、クリエイター側のこだわりによって進行が破綻し始めると、金森氏は「アニメーターは動かしてなんぼだ」と主張する水崎氏をなだめるべくこう言います。ここのセリフは原作漫画もアニメも一緒です。「じゃあ80枚は/自由に描くことに/しましょう。」「秒間8枚として/10秒ですから」と。アニメを観ていて思いました(漫画は首尾一貫していますが)。あ、金森氏、いつの間にリミテッド(3コマ打ち)に寝返った? 2コマ打ちなら、12で割るからそれ7秒もないよ‼ そして水崎氏はそんな詐術に気がつきません。この第3話は、水崎氏の指先の絆創膏(紙の扱いすぎによる脂切れの裂傷)など、アニメーターポイントの多い回でした。

ここでもう一人だけ覚えて帰ってほしい人の名があります。杉井ギサブロー監督です。
 東映動画で活躍(のちに『未来少年コナン』でコナンやジムシーを爆走させた大塚康生さんにも優秀なアニメーターと評価された)しながら、虫プロに移籍した東映動画出身者のひとりです。移籍理由に、『安寿と厨子王丸』の企画を、こんなつまらなそうな企画がとおるところにはいられないと思って、と喝破。さらには『西遊記』でせっかく手塚さんが描いたストーリーボードが、あまり参考にされないまま放置されていた様子をみて、いろいろ考えたとも言及。

のちに『どろろ』『悟空の大冒険』『銀河鉄道の夜』『タッチ』と、アニメ界に残る名作を多く監督する杉井は、手塚治虫を「アニメーションではない〈アニメ〉というものを発明した偉大な存在。東映動画の人間からは決して発想されない、この〈アニメ〉が生まれなければ、それ以降の発展はありえなかった」と断言されるのを聞いたことがあります。

それを考えると――

【3】「私が作りたいのは/アニメじゃなくて/アニメーションなの。」「アニメーターは動かしてなんぼだ」と叫ぶ水崎氏はまさに東映動画原理主義者。しかし、元来現実主義者だったプロデューサー金森氏の威圧に、浅草氏がつぎつぎと提案してくる、省略手法(このあたりの具体的なアイディアには、動画ソフトやデザイン対策など原作漫画にはないものも多い)は勉強になる。第4話では3回パン(虫プロ出身の奇才・出崎統監督の生み出した手法!)まで繰り出されます。
※出崎の「崎」は「大」が「立」、以下同じ

【4】では浅草氏は、この作品において手塚の役回りなのか。いやちがうだろう。手塚は漫画家として自身の作品である『鉄腕アトム』に自信をもっていた。つまりアニメーションとしては「電気紙芝居」と言われるようなクオリティであっても、自分の(←ここ重要)キャラクターとストーリーがあれば面白がってもらえるという絶対の自信のもとに、テレビアニメの世界に乗り込んだのです。「設定」つまり「妄想的世界観」が第一で、金森&水崎の両氏が「ストーリー」を軽視する発言があっても「身に迫る危機」を「動物的な勘」でとらえていても「具体的に想像」できないのでは、手塚たりえません。

【5】細かいところでは、第4話冒頭の爆破シーンに苦闘する水崎氏に、昔、押井守監督に聞いた​「以前はアニメのスタジオ間の人的交流は少なく、それぞれのスタジオで表現手法はまったく違い、その違いは爆発シーンなどの描写に如実に表れていた」といった話を思い出しました。

と、ここでも余談の挟み込み。前述のTCJから竜の子プロダクションに移籍し、日本初の独立スタジオ・アートフレッシュ(杉井、出崎が集っていた)に参加した奥田誠治氏の回顧録『アニメの仕事は面白すぎる 絵コンテの鬼・奥田誠治と日本アニメ界のリアル』(出版ワークス刊)が出ていて、まだ途中読みだが面白い。おそるべき記憶力。前半で独立スタジオに東映の大塚康生氏が、出崎統氏に買ったばかりの車を自慢しに来るくだりがあり、2コマ打ちも3コマ打ちも関係ない当時のアニメ業界の人間関係が垣間見られる重要な歴史的資料になっている。アニメファン必読。

いやいやまたまたテキスト量が膨らんでしまったので、締めます、締めます。
 『映像研』はまだまだ面白い。東映動画と虫プロをX攻撃のように(古すぎて申し訳ない)交錯してすれ違った月岡氏と杉井氏に『映像研』の感想を聞いてみたい。

いっそのこと、もうひとつ余談、というか疑問。
 私は絵を描かない人間なので断定できないのですが、『映像研』OPで三人そろってのシルエットが2回踊っていますが、前者がちょっとカクカクして、後者がちょっとヌルヌルしています。こちら2コマ打ちと3コマ打ちで変えていたりするのかしら。見る人によっては正否が一目でわかるレベルの疑問なのでしょうが。

個人的には第4話の後半、審議委員会で「そのマチェットを強く握れ!」を上映した時、時間短縮のためにモノクロにした映像がはじまった、その瞬間から、床が彩色された作中世界になるのは「やりすぎ」ではないかと思いました。時短のために色をなくした作品世界が、どこかの瞬間で「色」を獲得し、それを契機にあの部屋の様子が変わっていく――といったもうワンクッションあったほうが入り込めた、ような気がします。

しかし、これだけ面白い『映像研』、乃木坂46齋藤飛鳥主演の実写版のほうも観に行ったほうが良いのだろうか? この10年、アイドル映画を劇場にまで足を運んだのは、『幕が上がる』と『響 -HIBIKI-』の2本だけなのですが。

最後に、『西遊記』つながりなのですが、ジャンプコミックの『アクタージュ』の最新10巻が面白い。連載開始時にはこういった地味目な話は長く続かないだろうな、と思っていたら、同日発売の『鬼滅の刃』第19巻に比べれば、当然書店店頭の量は少ないが(あるお店の『鬼滅』の山には「お一人様2冊まで」とのポップがあった。恐ろしや)、かなり刷られているようにみえました。

ではさようなら。

当記事はアニメージュプラスの提供記事です。

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