元祖・漫画家の知られざる生涯を描く映画『漫画誕生』大木萠監督にインタビュー「北沢楽天の偉人伝ではなく、その人生を肯定も否定もしない人間ドラマです」

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戦前の日本を席巻した風刺漫画家で、手塚治虫や長谷川町子などに大きな影響を与えたにも関わらず、現在ではほとんどその名を知られていない北沢楽天。そんな彼の人生を、イッセー尾形主演で描いた映画『漫画誕生』が、昨年11月の東京を皮切りに、日本各地で順次上映されている。鮮烈なデビューを飾ったロードムービー『花火思想』(2014年)とはまた違うタッチで、表現者の苦悩と葛藤をあざやかに描き出した、大木萠監督に話を聞いた。

『漫画誕生』の発案は「北沢楽天顕彰会」理事を務める、漫画家のあらい太朗。とある映画の撮影現場で大木監督と知り合い、後に『花火思想』を観て、長年企画を温めていたこの映画の話を持ちかけた。監督自身、かつて漫画家を目指していたという縁もあり、引き受けることにしたという。

映画『漫画誕生』予告

『花火思想』もそうなんですけど、私は何かを表現しようとしている人の、その苦しみを見たいという、ドSなところがありまして(笑)。何かを極めた、あるいは極めようとする人の“そこまでしなくてもいいのに……”と思うような所に、興味があるんです。前作の主人公と楽天は、進んでいる道は全然違うけど、どちらにも表現者の苦悩みたいなのがあって、それが面白いなあと思いました」。

北沢楽天は1876年生まれ。日本初の漫画家として明治後期から頭角を現し、新聞で風刺漫画を発表するかたわら、漫画雑誌も刊行。「漫画家」という職業の社会的地位を上げ、後進の育成にも励んだが、戦後は埼玉県大宮で隠居状態となり、1955年に逝去した。『漫画誕生』は太平洋戦争時、大政翼賛組織「日本漫画奉公会」会長となった楽天と、漫画担当の検閲官との会話を軸にして、漫画にひたすら打ち込んできた彼の人生を回想していく。

まずは偉人伝ではなく、北沢楽天という一人の人間を描いたドラマにするというのは決めていました。ただ楽天さんはカッチリした評伝がなくて、彼自身の言葉は今ほとんど残ってないんです。そこで史実を一回全部すり合わせた上で、私が“映画の登場人物として、こうあってほしい”と思う楽天像を作り上げました。だから結構、フィクションが多いです。本当はとても朗らかな人だったそうなので、こんなに性格は悪くなかったと思います(笑)。
(C)漫画誕生製作委員会
(C)漫画誕生製作委員会

大衆が欲するものを何でもどんどん描いたのに、最終的には大衆から忘れられてしまう。それは表現者のジレンマですし、そこに苦悩と葛藤があったとは思うんですけど、果たして本当に葛藤したのか? と疑わしい部分もあって。でもそこが逆にすごくミステリアスだし、想像でしか補えない部分があるのが魅力的でした。そこで、大衆が求めるものを描くことを、実は100%よしとはせず、どこか腹に一物を持っている人……という風に設定して、そのキャラクターで遊びまくっちゃいました」。

北沢楽天を演じるのは、日本を代表する名優・イッセー尾形(青年期は橋爪遼)。大木監督の狙い通り、楽天の「腹に一物を持っている」風情はもちろん、時代や環境の変化で焦燥感を募らせていく姿を哀愁深く、しかし重くなりすぎない絶妙なラインで演じている。

イッセーさんは楽天本人と容姿が似ているし、ご自身も絵を描かれる方なので、きっと楽天さんを理解して下さるだろうと。何より、腹の底に何かを抱えながらも、ひょうひょうと生きている人を魅力的に演じられるのは、イッセーさんしかいないかなと思いました。実際イッセーさんも、北沢楽天というキャラで遊びまくって、楽しんで演じられてましたね。若い俳優たちにとっても、一緒にやって勉強になる所が多かったと思います」。
(C)漫画誕生製作委員会
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その楽天と対峙する検閲官は、大木の「楽天をイジめたい」という思いから生まれた役。演じる稲荷卓央は、映像作品出演こそ多くはないが、日本のアングラ演劇の重鎮・唐十郎が率いる「唐組」で幾度も主役を務めた、知る人ぞ知る逸材だ。大木監督は以前から彼のファンだったため、今回の大抜擢につながった。

私も含めて、現在は“漫画家になりたい”という人が当たり前のようにいるけど、その“漫画家”という仕事を作った人は、そのことについてどう思ってるんだ? という。検閲官は、その代弁者として登場させました。イッセーさんのお芝居について来られる人ということで、私の中では稲荷さん一択でしたね(笑)」。

楽天と検閲官が全編に渡って見せる、二人芝居のようなやり取りが、この映画の大きな見どころだろう。キャリアもスタイルも異なるが、舞台でガッツリと実力を磨いてきた俳優同士の演技合戦とも言えるシーンは、ほぼワンテイクで撮影したという。
(C)漫画誕生製作委員会
(C)漫画誕生製作委員会

映画の役者さんは、カットされることを想定して、シーンごとに(セリフを)覚えてくることが多いんですけど、お二人は舞台の人なので、長ゼリフも全部頭に入れてるんです。特に稲荷さんには、(カットで演技を)止めるという概念がない(笑)。だからこそ2カメを使って、お互いの表情をすべてとらえられる状態にして、一発撮りで撮影しました。お二人が作るライブ感が本当にすごくて、撮り直しもほとんどなかったですね。イッセーさんも終わった後、めずらしく興奮して“稲荷さん良かったねえ。誰が連れてきたの?”って言ってくださって、本当に嬉しかったです」。

とはいえ『漫画誕生』はこの2人のシーン以外にも、群像劇の要素もあれば、ほのぼのとした夫婦愛を描いた所もあり、アニメーションやミュージカルが入る演出もある。どちらかというと無骨な感じの『花火思想』と、同じ監督とは思えないほどのエンタメぶりだ。しかし一方で、表現者にとって大切なことは何かを、突きつけてくる物語でもある。

初期の段階だと、もっと晩年の楽天の苦悩にスポットを当てるつもりだったんですけど、“こんなこともやりたい”というアイディアが、いっぱい入ってきて。そこで私も楽天イズムで(笑)“いいですね、いいですね”って感じでやれることは全部やって、本当におもちゃ箱みたいな映画になりました。お客さんからすごく好評な犬のシーンも、台本にはなかったけれど、私が“やりたいなあ”と思って入れました。実際の楽天先生も、スピッツを飼ってらしたので。
(C)漫画誕生製作委員会
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でもスピッツって、今はレンタルペットでも扱ってないんです。お店でランチを食べながら、そのことを相談していたら、たまたま隣に座ってた人が“うち、スピッツ飼ってますよ”って。その犬がなぜかイッセーさんにすごくなついて、本当にすてきな画(え)が撮れました(予告動画参照)。イッセーさんはいろんな映画に脇役で出て“主役を食う男”みたいに言われてますけど、まさか自分の主演映画で、スピッツに食われるとは思ってなかったんじゃないかと(笑)。

楽天が検閲官に言われて、本当に描きたい物を描いたシーンは、すごく“なーんだ”ってなると思います。でもずっと描き続けている根拠が、そんなに大それた信念ではないっていうのがダメなことだとは思わないし、むしろ結構愛しいと思うんです。世間に迎合してきた生き方も含めて、楽天を全面的には肯定できないけど、決して否定もしたくない。そういう思いが、ラストには込められています」。

若き日の楽天を演じた橋爪遼が、クランクアップ直後に逮捕されたこともあり、完成から2年経ってようやく公開された本作。出演者の不祥事で、作品がお蔵入りするという自粛傾向に否定的な声が増え、さらに「あいちトリエンナーレ」問題に象徴されるように、検閲の危機が再び叫ばれるようになった2019年に公開されたのは、むしろ絶好のタイミングだったかもしれない。
(C)漫画誕生製作委員会
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たまたまズレにズレて(公開が)今になったんですけど、表現の自由とか自粛にまつわる問題が、それこそピークになっている時期に重なったのは、むしろ結果オーライでした(笑)。橋爪君のシーンは、カットするしないで騒いだんですけど、彼の演技はすごくいいし、理想の若い日の楽天だったのでもったいないなあと。だからもう、行っちゃえ行っちゃえ! と。

作り手は作品を覚悟して出して、それで何かを言われたら“あなたはそう思うんですね、でも私は違うんです”と、キチンと主張すればいい。特にTVと違って、映画は観客が自らお金を払って来るものだから、それこそ自己責任ですよね(笑)。作り手が地に足をつけておけば、問題はないと思います」。

すでに東京、名古屋では公開され「思いのほか、好意的な感想が多くて驚いてる」という大木監督。世間の好みを「こういうのが好きなんでしょ?」としたたかに取り入れながらも、その芯には不動の信念がしっかり根づいている、まさに楽天先生そのもののような映画となった。次回作については「ストックはあるけど、ちょっと一回ゆっくり考えたい」と話す。

私は映画の勉強をしたことがないし、正直“映画監督をしたい”という強い意志もないまま映画を撮っているので、その部分で反省することが結構あるんです。もっと工夫ができる技術を付けることと、自分がやりたいことをワガママにならないように通すというのは、非常に鍛錬が必要。最終的には、尾崎放哉の映画を撮りたいんですよ。それをもっとドSに(笑)、クレームを恐れずに作れるよう、まだまだ修行をしていきたいです」。
(C)漫画誕生製作委員会
(C)漫画誕生製作委員会

『漫画誕生』は現時点で、大阪、長野、京都、神戸、そして北沢楽天ゆかりの地・埼玉での上映が決定。特に大阪は、初日に稲荷卓央の舞台挨拶が行われる。映画を見ると、その演技に魅了されるはずなので、彼をよく知らない人もぜひ会場に足を運んでほしい。

当記事はSPICEの提供記事です。

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