『花と雨』 土屋貴史監督、笠松将インタビュー

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ラッパーのSEEDAが2006年に発表し、日本のヒップホップの歴史に深くその名を刻んだ自伝的なアルバム『花と雨』。リリースから約14年経った2020年、同作にインスパイアされた一本の映画が公開される。映画『花と雨』は、幼少期をロンドンで過ごし、日本の学校になじめずにいた主人公・吉田が、ヒップホップと出会ったことで自分の居場所や自己表現の手段を見出していく姿を描いた。メガフォンを執ったのは、数々のCMやミュージックビデオを手がけてきた土屋貴史。本作が長編映画監督デビュー作となるが、主人公の感情にシンクロした美しい映像で物語を紡いだ。オーディションで吉田役を勝ち取ったのは、山田孝之がプロデュースした『デイアンドナイト』などで独特の存在感を示してきた注目の若手俳優、笠松将。劇中ではラップも披露しており、難しい役どころを見事に演じている。ここでは1月17日の公開を前に、土屋監督と主演の笠松に制作秘話を聞いた。

——SEEDAさんが2006年にリリースしたアルバム『花と雨』をインスピレーションにした映画を、なぜこのタイミングで制作しようと思ったのですか?

土屋貴史監督「以前に名古屋のRamzaというアーティストの『Pessim』というアルバムをモチーフに短編を自主で撮ったのですが、それをSEEDAさんがご覧になって。多分あたためていたのかもしれないですが、あのアルバムで映画をやりたい、というお話でした。その後、サイバーエージェントの藤田晋さんに出資をお願いしに行くことになって、『SEEDA君が言うならやってみようか』と言うことになり、そこから企画というか、本を書いたりしました。自分と世代が同じなので、東京の雰囲気や、当時の社会の閉塞感みたいなものも滲ませられれば面白いと考えていました」

——『花と雨』は自伝的な内容のアルバムですが、映画に落とし込んでいく上で、SEEDAさんから何かリクエストはありましたか?

土屋貴史監督「SEEDAさんが当時リリックを書いたときに考えていたことを聞いたり、面白いエピソードを聞いたりはしました。それと同時に、アルバムがリリースされた2006年とか、あの辺の時代のいろんなことをリサーチしつつ、アルバムの流れに合うような感じで落とし込んでいきました。でも、やっぱり収録曲の歌詞とかが一番のインスピレーション源になっているなという感じです」



——笠松さんは『花と雨』をリアルタイムで聴いていた世代ではないと思いますが、本作のオーディションを受けようと思った理由は?

笠松将「もともと仲の良い友だちでラップやヒップホップが好きな人がいて、その子からいろんなアーティストの作品を聴かせてもらっていた中にSEEDAさんもいました。学生時代にヒップホップはさほど熱心に聴いてなかったですが、そんな中でもSEEDAさんのことは知っていました。それから上京してきて、東京で出会った先輩がとてもSEEDAさんを好きだったんです。車にSEEDAさんのアルバムが入っていて、メールやLINEが来たら絶対に韻を踏んで返すという謎のルールがあったり(笑)。だから、SEEDAさんの存在は、自分の好きな人が聴いているアーティストとしてでした。今回の出会いの時点では、自分もどっぷりラップやヒップホップが好きになっていたので、もちろん『花と雨』も知っていました。そういう意味で、こういう作品に参加したいなという思いでオーディションを受けました」

——最初は吉田役でオーディションを受けたわけではないそうですね。

笠松将「たとえば、のび太君のオーディションをするのに、190センチの男に来られても困るじゃないですか? そういう特徴的な条件が何点かあったんですけど、僕は当てはまっていませんでした。それにSEEDAさんを演じるというよりは、僕はこの作品に参加できれば良かったので、どの役でもよかったんです。どんな役どころがあるか、どういう感じで映画を作っていくの分かりませんでしたが、ただ作品に参加したい。そのために必要な条件はなんなのだろうという感じでした」

——監督が笠松さんを選んだ一番の決め手は?

土屋貴史監督「これが決め手というわけではないんですけど、オーディションのときにブチ切れて帰ったんですよね(笑)」

——何に対して怒ったのですか?

土屋貴史監督「笠松君の入った組があまりいい感じでグルーヴになっていなくて…その中ではダントツで上手かったんですけど。このまま続けさせるのも酷だなと思って、“もう大丈夫ですよ”って言ったら、“ふざけんな!”とか言いながら、バーン!と帰ってしまって。そんな人、後にも先にも一人しかいないです(笑)」

笠松将「それは言ってないですよ(笑)。僕の見解もいいですか? 実際に当事者の僕はあの日、一生懸命台本を練習して、緊張しながら来たわけです。震えながらドアを開けて入って、そこでお芝居を一生懸命して。でも反応が良くなくて。進行していた方が“監督、何か質問とかありますか?”って言ったら、監督が僕たちの方を誰も見ずに“ああ、大丈夫っす”みたいな感じだったんですよ」

土屋貴史監督「(笑)」

笠松将「“ああ、僕たちじゃないんだな”と思ったんです。そうなったら悔しいじゃないですか? もしかしたら『花と雨』を歌ってくれと言われるかもしれないから、一生懸命オーディションに向けて覚え直して、時間もない中で台本もノートに書いてきたのに、そんな扱いを受けて悔しさしかなかったです。もちろん、自分たちのパフォーマンスもよくなかったのかもしれない。でも、そのときは悲しくて涙がこぼれそうだった…」

土屋貴史監督「絶対嘘じゃん(笑)」

笠松将「男の涙ってかっこよくないと僕は思うので、だから部屋をバーンと出て、帰り道は空を眺めながら泣きました」

土屋貴史監督「嘘つけ(笑)」

——監督はいかがですか?

土屋貴史監督「こういう感情の起伏ですかね(笑)。社会で生きていく上で、本当は多分ダメだと思うんです。でも本作ではそういう部分が内容に活かせるなと、ちょっと感じたりして。その瞬間の一番良いときにちょうど会えたという感じですかね」



——SEEDAさんにはたくさんのファンがいらっしゃいますし、特に『花と雨』は人気のある作品ですが、映画化へのプレッシャーはありましたか?

土屋貴史監督「プレッシャーはありましたけど、自分のフィルターを通してしか作れないので、やり切るしかないな、というか。完全に自分のフィルターを通してしか表現できないのですが、それでいいのかなと思っています。『花と雨』を聴いていた人も、結局それぞれがいろんな解釈で聴いているわけで、それと同じことを映画でやるだけの話だな、と。だから、単にプレッシャーという感じではなかったです」

——監督自身も『花と雨』には思い入れがあったのですか?

土屋貴史監督「うろ覚えですが、よく行っていた恵比寿にあったWENOD(レコードショップ)とか他のレコ屋でも、『花と雨』がすごい押されていたのを覚えています。当時は自分が歌詞がのってたり意味がはっきりしたものに入り込める時期ではなく、ラップが乗っているものというよりは、いわゆるインスト、ビートを好きで聴いていたので、その当時はそういう意味であまり聴いていませんでした。自分としては遠い話しだなと感じながらも“Live and learn”を始め楽曲の美しさは印象に残っていました」

——本作は『花と雨』を聴いたことがなくても映画として物語を楽しめますし、主人公の抱く不安な気持ちや承認欲求などに共感する人も多いのではないでしょうか。笠松さんは吉田役を演じてみて、共感する部分などはありましたか?

笠松将「共感するところはもちろんたくさんあります。精神的な部分では、吉田に関してはすべて理解していますけど、理解するまでが大変でした。でもリハーサルもラップも英語も練習する時間をちゃんと設けてくださったのと、監督はもちろんですし、SEEDAさん、ラップの指導をしてくれた仙人掌さんの三方向から吉田という役に関する意見を聞いた上で作れたということが、僕にとってはすごくやりやすかったです」

——吉田はただでさえ難しい役どころですが、さらにラップを披露したり、英語を話したりする必要もあって、役作りは大変だったのではないですか? SEEDAさんからは何かアドバイスはありましたか?

笠松将「クランクイン前日の深夜に連絡がきて、2人でドライブしたんです。本当にドキドキしたのですが、そのときにいろんな人に会わせてもらいました。具体的に何かを言ってくれたというよりも、その人たちがいる場所だったり、その人たちとSEEDAさんが話している空気感を感じたりしました。そんな中で『僕の映画で僕の役をやってくれる笠松さん』と紹介してくださったことだったり、車の中で2人だけになれた空間があったりしたことが、得るものが多い濃密な時間だったのかなと感じました」

——監督は本作での笠松さんのどんなところに注目してほしいですか?

土屋貴史監督「自分の意図で映画のピークを勝手に作ろうとしたことがあって(笑)。もちろん、それは話し合うんですけど、“そうじゃないよ”って言ってもふてくされて、ちゃんとお芝居してくれないんです(笑)。でも次のシーンを撮っているときに、急に“さっきのは僕が間違っていました、すみません”とか言い出したりするんですよね。そういうピュアさみたいな部分が演技にも出ているので、そこに注目してもらえるといいのかなと思います」

——感情とのリンクが感じられる映像も素晴らしかったです。監督はCMやミュージックビデオを数多く手がけてこられて、本作が長編デビュー作だそうですね。映像面ではどのような部分にこだわりましたか?

土屋貴史監督「『花と雨』を好きであればアルバムを聴けばいいわけだし、小説でもないので、映像でちゃんと表現することに対してこだわるというか。主人公の感情が絶対に画に反映されるように、いつも一緒にやっているスタッフと一緒にいろいろと考えました。それぞれが工夫してくれるので、言わないでもどんどん出てくるというか。たとえば照明さんが本を読み込んでくれて、バトルで負けた後の廊下のシーンで、行ったり来たりしている吉田の感情を青と赤の照明で表現しようと話したり。雨だったり、光のボケ味みたいなものをこだわるために適したレンズを使っていたり、そういう細かいこだわりが結果として出ているのかなと思います」



photography Satomi Yamauchitext Nao Machidaedit Ryoko Kuwahara

『花と雨』公式サイト Phantom-film.com/hanatoame/2020年1月17日(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷 他、全国公開

幼少期、ロンドンで育った主人公の吉田は、閉塞的で村社会的な日本の空気に馴染めないまま、高校生活を送っていた。同級生や現実を冷めた態度で見つめ満たされない日々。そして次第に学校から距離を置くようになった時、"Hip Hop"と出会った。Hip Hopを通じて日本で初めて自分が表現できる場所・仲間とも出合い、身も心も"Hip Hop"にのめり込んでいく。吉田は、いつか海外での活躍を目指す姉・麻里との約束を胸にラッパーとしての練習や活動をしながらストリートでは、ドラッグディールで実績と自信をつけていく。しかし、物事はそう簡単にうまくはいかなかった。ラップバトルで再会する同級生には負け、掴みかけたチャンスは仲間に裏切られ次々と失った。初めて自分の居場所だと思えたからこそ、その現実の厳しさに晒され、自分を見失って行く。Hip Hopへの情熱も薄れ、いつしか単なるドラッグディーラーに成り下がっていた。夢に邁進する姉の麻里とも距離を置くようになり、いつまでもうまくいかない現実から逃げる吉田は、ついに逮捕されるはめに。そして追い打ちをかけるように、ある悲劇が訪れる。絶望の果てで、吉田はラッパーとして、一人の人間として、もう一度立ち上がろうとする―。

出演:笠松将 大西礼芳 岡本智礼 中村織央 光根恭平 花沢将人 MAX サンディー海 木村圭作 紗羅マリー 西原誠吾 飯田基祐 つみきみほ 松尾貴史 高岡蒼佑監督:土屋貴史 原案:SEEDA・吉田理美 脚本:堀江貴大・土屋貴史 音楽プロデューサー:SEEDA・CALUMECS  製作:藤田晋・中祖眞一郎 制作プロダクション: P.I.C.S. 配給:ファントム・フィルム  (C)2019「花と雨」製作委員会 

当記事はNeoLの提供記事です。

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