追悼 功績で振り返る『今年のお別れ』 ~2019年上半期~


2019年……

年号が平成から令和に変った今年。新しい時代を迎え明るい未来を期待し胸を膨らませました。そんな新時代に希望を持てるのも前時代に礎を築いてくれた人々のおかげ。そのような功労者も今年、多く亡くなりました。今回は今年亡くなった偉大な人たちを功績とともに振り返り紹介していきます。



1月

女優:市原悦子さん……12日、心不全のため亡くなりました。82歳でした。1983年にスタートしたドラマ「家政婦は見た!」シリーズははまり役で25年にわたり主演を務めました。ナレーターとしても人気だった「まんが日本昔ばなし」の“相棒”常田富士男さんは前年他界しました。

2月

落語家:笑福亭松之助さん……22日、老衰のため亡くなりました。93歳でした。

戦後の上方落語を復興させた旗手のひとりで、朝ドラ「まんてん」、映画「パッチギ」などにも出演する多彩な人物。明石家さんまさんの師匠としても有名で与えた芸名『明石(家)』は松之助さんの本名から、さんまはさんまさんの実家がさんまの加工工場を営んでいたためだそうです。

元横綱:北尾光司さん……10日、慢性腎不全のため亡くなりました。55歳でした。

立浪部屋に入門し79年初土俵。わずか22歳で横綱に昇進し双羽黒に改名。しかし親方らとトラブルを起こし廃業。その後、プロレスラー、スポーツ冒険家、格闘家など肩書を変えながらマットに上がっていました。

3月

ロックンローラー:内田裕也さん……17日、肺炎のため亡くなりました。79歳でした。1959年、ロック歌手としてデビュー。その後、音楽プロデューサーとしても手腕をふるいました。40年以上別居する中、不思議な絆で結びついていた妻・樹木希林さんは前年亡くなったばかりでそのわずか半年後、追いかけるように旅立ちました。

俳優:萩原健一さん……ショーケンの愛称で親しまれた萩原さんは26日、 消化管間質腫瘍のため亡くなりました。68歳でした。

17歳の時、ザ・テンプターズのボーカルとしてデビュー。ザ・スパイダースの沢田研二さんと人気を二分する存在に。俳優としても「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」「影武者」など多くの名作に出演。一方でゴシップネタも多く報じられる昭和史に残るスターでした。

4月

ゆりありく:りく……女性芸人ゆりあとコンビを組んでいたニホンザルのりく。5日、心不全のため死にました。19歳でした。2000年に結成されたコンビでりくは高齢のため今年引退予定でした。現在ゆりあさんは二代目りくを襲名予定のくうとコンビを組んでいます。

お色気医事漫談家:ケーシー高峰さん……8日、肺気腫のため亡くなりました。85歳でした。

白衣姿に聴診器、ホワイトボードを使ってお色気医療漫談で人気だった高峰さん。その芸は立川談志さん、ビートたけしさんも絶賛しました。

医師一家に生まれた高峰さんは医者を志し日大医学部へ入学。しかし途中で芸術学部へ転部。芸風は、医者になれなかったが白衣を着て親孝行をしたいという意図があったそうです。

陸上指導者・小出義雄さん……24日、肺炎のため亡くなりました。80歳でした。

小出マジックと謳われた褒めて育てる指導法で女子マラソン日本初の五輪メダリスト有森裕子さんやシドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子さんら多くの名選手を育てた名伯楽。明るいキャラクターも人気だった小出さん、近年は体調を崩し入退院を繰り返していました。



漫画家:モンキー・パンチさん……本名:加藤一彦さんが11日、肺炎のため亡くなりました。81歳でした。

代表作『ルパン三世』の連載がスタートしたのは1967年。ペンネームは出版社の意向で決められたそうですがその由来は不明。モンキー・パンチさん曰く、作者が日本人か外国人か分からなくしたかったのでは、と推測していました。

5月

F1レーサー:ニキ・ラウダさん……20日、亡くなりました。70歳でした。

オーストリア出身のF1レーシングドライバーで通算3度のワールドチャンピオンを獲得。76年、ドイツGPで大クラッシュをおこし全身大やけどを負い生死をさまよいましたが奇跡的に回復。翌年、2度目のワールドチャンピオンに輝き復活を遂げました。

6月

俳優:高島忠夫さん……26日、老衰のため亡くなりました。88歳でした

役者として「細うで繁盛記」、タレントとして「クイズ・ドレミファドン」の司会を務めるなどお茶の間の人気者でした。64年、長男をお手伝いの女に殺害され活動を休止したこともありました。

次回、下半期へ……。

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