2019年6月の出来事:ドラフト9位指名で八村塁がNBAプレーヤーに! 先駆者の伝記から偉業を読み解く

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2019年6月、八村塁がワシントン・ウィザーズから一巡目9位指名を受けた。日本人がNBAドラフト指名を受けたのは1981年の岡山恭崇以来。

制度の壁から実際にプレーすることは叶わなかった岡山と異なり、八村は同年10月23日、シーズン開幕戦でスターターとしてデビュー。その後も活躍を続け、敵チームからも「非常に優れたルーキー」と評価され、日米で話題となっている。しかし、遡ること15年前、八村に先駆けてNBAに挑戦し開幕ロースター(登録メンバー)入りを果たした日本人プレーヤーがいたことを覚えているだろうか?

2004年、フェニックス・サンズに所属していた田臥勇太だ。

田臥は日本のスーパーリーグでファン投票1位に輝くほどの人気プレーヤーだったが、わずか1年で所属チームを退団、NBAへの挑戦を選ぶ。サマーリーグからスタートしNBAチームと契約した田臥だったが、最初のチームでは成績が残せずすぐに解雇。しかしそこで諦めず、独立チームに移籍し結果を残すと、再びNBAチームであるフェニックス・サンズと契約し、開幕ロースターにも選ばれた。

『アメリカ留学体験記 Never Too Late―今からでも遅くない』は、そんな彼が、高校卒業後からスーパーリーグに所属するまでの間に経験したアメリカ留学について書き下ろしたものだ。バスケに対する考え方はもちろん、コミュニケーションや文化などの違いに20代の田臥がどう向き合い、消化していったのかが本人の言葉で語られており、スポーツプレイヤーならずとも学ぶことは多いだろう。

ちなみに、田臥勇太は現在もNBL(旧:JBL)の宇都宮ブレックスでポイントガートとして活躍している。

『アメリカ留学体験記 Never Too Late―今からでも遅くない』田臥勇太日本文化出版1714円Amazon

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