中央線「昭和グルメ」を巡る 第4回 珈琲の名店「邪宗門」(荻窪)


いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は荻窪にある「邪宗門」です。

荻窪駅前の「荻窪北口駅前商店街」は、すぐ隣の「荻窪銀座商店街」と並んで昭和の面影を残す商店街。中華そば店「丸福」が人気ですが、そのはす向かいに、もうひとつの有名店があります。

今年で65年目だというコーヒー専門店「邪宗門」がそれ。2008年に閉店した「国立邪宗門」グループのひとつ。といってもチェーン店というわけではなく、各店の方々はマジック(手品)仲間なのです。

僕は20代のころによく訪れていたのですが、たまに臨時休業していることがあり、そんなときには「マジック修行のためお休みいたします」という張り紙が貼られていました。

という微妙な書き方をするしかないのは、実をいうと30年くらいご無沙汰だったから。地元なので「いつでも行ける」と思っているうちに、それだけの時間が経ってしまったのです。

でも、あのころと変わらない白い木製のドアを開けると、そこには30年前とまったく同じ空気が流れていました。

○昭和レトロなグッズがびっしりの店内

席は2階にしかないので、入ったらすぐ目の前の急な階段を上がりましょう。

狭い空間にはランプ、絵画、時計、鏡、オーディオ機器(懐かしのオープンリールデッキも)などが雑然と同居していますが、その雰囲気がとても心地よいのです。ほどよい音量でかかるシャンソンのレコードの柔らかい音色も、レトロな空間にフィットしています。

壁には、かつて誰かが掘ったのであろう名前や相合傘の跡が。「ナルシズムへの提(ここまでしか見えないのですが、おそらく“提言”でしょう)」なんていう落書きもあったりして、まさに昭和そのもの。いまが2019年であることを疑いたくなるほどです。

注文したブレンドコーヒーも、「サードウェイヴ」「フォースウェイヴ」などという昨今のコーヒーとは違う、昔ながらの“珈琲”の味。とてもおいしく、「ああ、珈琲ってこういう味だったよなぁ」と改めて感じたりしたのでした。

○特等席から見える景色と変わらないママさん

というわけで、アルバイトのお兄さんが上がってきたとき、思わずおかわりをオーダー。そのタイミングで、ちょうど空いた窓際の席へと移動させてもらいます。

というのも、商店街を見下ろせる窓際席はこのお店の特等席なのです。木枠の窓を少し開けると、手が届きそうな距離に「珈琲の名店 邪宗門」と書かれた看板。すぐそこの駅前にはたくさんの人たちが行き交っているはずなのに、とても静かです。

さて、少し暗い明かりの下で本を読んでいたら、ママさんが2杯目の珈琲を持ってきてくださいました。30年前とまったく変わらない美しい方ですが、もうかなりのご高齢であるはず。にもかかわらず、いまでもあの急な階段を上り下りされているとは。

「30年ぶりなんです。あのころと変わってないのでうれしくて」とお伝えすると、穏やかな笑顔で「それはそれは。でも、いつまで続けられますやら」と。

でも、できることならいつまでも続いてほしいお店なのでした。というよりも、近所なんだからもっと利用しなければいけないな。

ところで最後に、誰も知らないであろうエピソードをひとつ。

あれは1986年で、僕たち以外にお客さんがいない時間のことでした。窓際の席で珈琲を飲んでいたらレコードが終わり、階下でレコードをかけ替えている音が聞こえてきたのです。

そこまではいいのですが、しばらくしてスピーカーから聞こえてきたのは、当時流行っていたランDMCというヒップホップ・グループの『Raising Hell』。エアロスミスと共演したヒット曲”Walk This Way”が入ったアルバムです。

あまりにも意外で、けれど「新しいものをきちんとチェックしてるなんてさすがだなぁ」と感じたのですが、今回そのことをお伝えしたところ、ママさんはおぼえていらっしゃいませんでした。そりゃそうですよね、30年以上前の話だもの。

●荻窪 邪宗門
住所:東京都杉並区上荻1-6-11
営業時間:16:00位~22:20
定休日:不定休

○著者プロフィール : 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。

当記事はマイナビニュースの提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ

あなたにおすすめ