バス運転手へのクレーム「遅れてるくせにトイレか! 殺すぞ!」に何を思うか/鴻上尚史

日刊SPA!

2019/11/16 15:49

―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―

◆バス運転手へのクレームと「社会」と「世間」

しこしこと『地球防衛軍 苦情処理係』の公演を続けています。

ネットを見ていたら、こんなツイートが話題になっていました。

「バスの運転手になって10年以上。一番辛いのはトイレの我慢だな。いろいろあったけどこれより辛いのはない。飲まず食わずよりも出さずの方がはるかにキツイ。客からは『遅れてるくせにトイレか! 殺すぞ!』と怒鳴られたこともある。トイレの我慢ができないって死刑になるほどの罪なのか?」

ツイート主は、「現役バス運転手が守秘義務の限界に挑戦」という人でした。

僕の連載や本を読んでくれている人だと、鴻上は日本を「世間」と「社会」に分けていると知っているでしょう。

「世間」は、あなたと、現在および将来、関係のある人達が作る世界。

「社会」は、あなたと、現在および将来、なんの関係もない人達が作る世界。

で、日本人は、「世間」の感じ方、考え方が身体の芯まで染み込んでいるので、「社会」の人なのに、「世間」の知り合いのように対応してしまいがちだということです。

日本で、モンスター・クレーマーが成長するのは、じつはこれが一番の原因です。

西洋のような「世間」がない世界では、「遅れてるくせにトイレか! 殺すぞ!」と叫ばれた瞬間に、相手は「客」ではなく、ただの失礼な人です。失礼な人には、「ただちに降りろ!」「謝れ!」と返すだけです。

でも、日本だと、「世間」の人の言葉だと勘違いするので「乗客という身内の人からひどいことを言われた。どうしたらいいんだ」と悩んでしまうのです。

乗客は、基本的に「社会」の人です。「世間」の人になるのは、通勤や通学で何年も使い、運転手さんと親しくなり、お互いの名前を知り合った段階です。ただ、顔見知りになり、軽くあいさつする程度では、まだそれは「社会」の人です。

まして、「殺すぞ!」と叫ぶ人は、まったくの「社会」に属する人です。

◆「社会」からのレッドなクレームの対処法

日本人は、「世間」に属する人には丁寧に対応しますが、「社会」に属している人には、とても冷淡です。

駅の階段でベビーカーをふうふう言いながら持ち上げている女性を誰も助けないのは、相手が「社会」に属している人だからです。

なのに、乗客は「世間」の人だと誤解してしまうのです。コンビニで大声を上げて抗議するモンスター・クレーマーは、ただの「社会」の人です。ひどい言葉を投げかけられ、お店から出て行かないのなら、警察を呼べばいいだけなのです。

相手は「社会」の人だと認識した上で、クレーマーを三種類(ホワイト・ブラック・レッド)に分類するのです。

以前、この連載で紹介しましたが、例えば、「バス停の停車時間が短い」とか「運転が荒くて怖い」なんていうのは、ホワイトな苦情です。「殺すぞ!」というような、一線を超えた言葉が飛ばないかぎり、聞く必要があります。

「急に発進したから、倒れてケガをした」と言われ、けれど、全然、急発進などしてない場合は、ブラックな苦情です。目的は、金品です。こういう人は、「誠意を見せろ!」「お詫びの気持ちを形にしろ!」としか言いません。自分から金を要求すると恐喝になるからです。

ブラックの対応は、じつは比較的簡単で、相手の目的は金品ですから、それが無理だと分かったら、次のターゲットにさっと移動します。警察に依頼しても、逃げるのは早いです。

そして、三番目が「承認欲求のために自己主張だけを繰り返す」人か「病んだ人」です。「遅れてるくせにトイレか! 殺すぞ!」と叫ぶクレームは、じつは、レッドの「病んだ人」に分類されると思います。

レッドが一番やっかいで、個人で対応するのは無理です。会社全体でチームプレーとしてレッドに対応する、という方針が必要なのです。

「ドライバーは人間ですから、生理的欲求でバスを止めることもあります」と会社が、まず、毅然と発表・対応することが必要なのです。

電車の運転手や消防士が勤務中に水を飲んだというクレームに対しても、組織全体がひるむことなく「当たり前です。人間ですから」と答えないとレッドは減らないのです。

―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―

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