inseparable『変半身(かわりみ)』村田沙耶香×松井周特別対談「私が初めて、人間を疑った時のような気持ちになってもらえたら」

SPICE

2019/11/15 20:00



2016年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した、小説家の村田沙耶香。2011年に『自慢の息子』で岸田國士戯曲賞を受賞した、作家・演出家の松井周。性別も分野も違うが、お互いにアブノーマル/変態性の高さで、inseparable=切っても切れない親和性を抱いているという。2018年には、共同執筆したリーディング作品を発表。2人が生み出した架空の孤島「千久世(ちくせ)島」を舞台に、3人の少年少女が島の因習に迫るという物語だった。

そこからさらに一歩進み、今回の『変半身(かわりみ)』では、同じ「千久世島」を舞台にしながらも、それぞれ違う視点から描いた新作を、小説と演劇の形で同時期に発表する。小説の舞台化でも、舞台のノベライズ化でもない、これまでにない形の小説と演劇のコラボレーション。村田と松井にお互いに対する印象や、今までで一番「飛んでる」作品となったという、それぞれの作品の創作について聞いた。

■千久世島が舞台だと、軽い物語は飲み込まれてしまう。


──まず、お二人の出会いというのは。

松井 村田さんが最初に観たのは(サンプルの)『離陸』(2015年)という三人芝居だったと思います。

村田 はい。でもその前に、松井さんと(サンプルが発行した雑誌で)“変態”をテーマに対談をしました。あの時話していた変態性みたいなものが、ただそこで終わるのではなく、純度を高めて「作品」という形になっていて……。
村田沙耶香著『消滅世界』(2015年・河出書房新社)
村田沙耶香著『消滅世界』(2015年・河出書房新社)

松井 僕は村田さんの『消滅世界』(2015年)を読んだ時に、すごく「うわーっ!」と思ったんです。そこはセックスがなくなった世界で、人々は性的なことを「クリーンルーム」という公衆電話みたいな場所で、各自処理するっていう。そういう日常が淡々と描かれているのを読んで「あ、この人ふざけてるな」って感じたんです。でもそのふざけ方が「どうだ!」っていう風じゃなくて「まあ、こういう世界なんで」という描き方。僕もこういうふざけ方がしたいし、今までそうやってきたと思っていたけど、さらに上がいたというか(笑)、違う世界でこれをやっている人がいたんだって驚きました。

──2017年頃から共同作業を開始したとのことですが、どういう経緯で「島」を舞台にすることにしたのでしょうか?

村田 取材が先にあったと思いますね。「海と山の両方があるから」というので神津島(東京都)に行って、その一日目の夜に「やっぱり(舞台は)島がいいかなあ」となって、旅館の箸袋に「島」とメモをした記憶があります。

松井 そう。村田さんと僕が書くとしたら、絶対フィクションになるって感覚が、もともとあったんです。でも、架空の世界を大きく広げすぎると、ものすごい情報量が必要になってしまう。島だったら、箱庭的……というのでもないですけど、そこにいくらでも妄想を載せられるサイズになるかなと。「島」くらいのサイズが、僕らにはちょうどいいかなと思いました。

──松井さんの作品は簡単なあらすじが公式サイトに載っていますが、村田さんの小説は、それとは違うストーリーになるんでしょうか?

村田 全然違いますね。主人公は、リーディング作品にも登場した女の子で、その時は14歳だったんですけど、今書いているのは35歳ぐらいです。登場人物も時代も、(松井版とは)まったく違います。
サンプル『ブリッジ』(2017年)より。 (C)️青木司
サンプル『ブリッジ』(2017年)より。 (C)️青木司

松井 ちょっとつながっている部分もあるけど、村田さんは村田さんの作る世界を作ることに専念して、僕も僕の作る世界に専念してます。僕の作品の方は、島の神様の世界が出てくるんですけど、神様から見ると、その島はある実験の一つの結果に過ぎない……という感じになっています。でも村田さんも、その設定をちょっと使っているというか、それによって整合性を取っているかもしれない。

村田 あるかもしれないですね。この島を小説に書こうとしたら、よりいっそう自由というか、自分節にならざるを得ない。軽い物語だと飲み込まれちゃって「ただそこに島がありました、終わり」っていうだけになってしまうと思うんです。さらに強い妄想とか、違う角度から見るとか、そういうことをどんどんしていかないと、島の強さに負けちゃうなあと。そういう感じは、生まれて初めてですね。だからいつもにも増してカオスというか、いつもより変(笑)。それは島という設定がものすごく生々しくあって、歴史もあって、地形もあって、その上に物語を作ろうとした時に、本当に狂わざるを得なくなったという感じです。

松井 僕も最近作っている作品の中で、一番飛んでいるかなあ(笑)。のびのびと変なことが書けるというか、変なことを書ける勇気を、村田さんからもらっていますね。途中経過を何度か見せあっているのですが、小説を読むと「ああ、村田さんがそこまでやるなら、僕もここまでやろう」みたいに(笑)。僕はちょっと真面目に作ろうとする傾向があるけど、村田さんの小説を読むと肩の力が抜けて「あ、もっとバカバカしいことを書きたい」ってなるし、やっぱり自由だなあと思うんです。こういう取り組みをするからには、僕も今までやってないことに挑戦したいし、そのためにいつもと違うバリエイションの妄想を、今は考え続けている最中です。
(左から)村田沙耶香、松井周。神戸市で開催された『変半身』プレトークイベントにて。
(左から)村田沙耶香、松井周。神戸市で開催された『変半身』プレトークイベントにて。

■人間の「あるある」と「ないない」の絶妙なラインを突く。


──松井さんは(取材直前に行われたトークイベントで)この作品を「現代日本の縮図と考えている」と言っていましたが、村田さんは今書いている作品をどのようにとらえていますか?

村田 城崎(のリーディング試演会)で書いたものは、ちゃんとリアルなものだったんですけど、そのリアルさの嘘っぽさが、すごく自分の中に残っていたんです。上手く言えないけど、そこに出てくる祭が、何となくエロサイトで見たような感じがするなあって(一同笑)。

松井 その発想がすごいね。

村田 そこが引っかかった状態で、その何十年後かの物語を書き始めたら、それっぽくもないような嘘がどんどん増えていって。冒頭はもうちょっとマシだった気がするんですけど、昨日の夜辺りからおかしくなってきて、多分編集者さんにキレられてしまうような作品になるんじゃないかと。でもその破綻が、何か気持ちよかったんです。今までやったことがない破綻……人間にそこまで踏み込んだことがなかった、という意味で。

松井 これまで以上に踏み込んだものになる?

村田 という気が、自分ではしています。実際どうなるかは、まだわからないですけど。
[城崎国際アートセンター]で開催された、松井周×村田沙耶香 「新作クリエーション」リーディング試演会(2018年)より。女優・青柳いづみがリーディングを行った。
[城崎国際アートセンター]で開催された、松井周×村田沙耶香 「新作クリエーション」リーディング試演会(2018年)より。女優・青柳いづみがリーディングを行った。

松井 だから僕は、怖いんですよ。「村田さんが次に何を出してくるか?」というのが(笑)。村田さんって、人間の「あるある」と「ないない」の絶妙なラインを突いてくるので。「人間だったら、絶対そんなことはしない」と思うような所に踏み出しているけど、でも本当はそれぐらいの奇行を、人間はひょいと行ってしまうかもしれない……と思わされてしまうんです。それは悲劇でもあったりするけど、ちょっと見方を変えるとやっぱり喜劇にもなっている。そういう人間のとらえ方は、村田さんの小説にはすごくあるし、今回もそんな世界にきっとなるだろうと思います。

──お二人とも一貫してアブノーマルな世界を描いていますが、そのリミッターの外し方に上品さを感じる点も似ているなあと、個人的に思っているんです。

松井 あー、そうですか?

村田 どうなんですかね? ちょっと話が戻っちゃいますけど、やっぱり「嘘」が好きなんですよね、私。急にそれっぽいことを言い出すみたいなことが、すごく好き。たとえば喫茶店で仕事をしている時に、横でマルチ商法の勧誘をしている人がいて、結構とんでもないことを言うわけですよ。でも相手は、それを真面目に聞いて「じゃあ、会社辞めます」とか言い出したりして。松井さんの舞台も、すっごく変なものがサラッと出てくるじゃないですか? 何か変なパウダーみたいな。

松井 ありましたね。「コスモパウダー」(注:サンプル『ブリッジ』に出てきた、新興宗教団体が作っている謎の粉)という。

村田 そういう変なものを、すごく意地悪な目で、批判的に描くことだってできる。でも松井さんはそういうものを本当に面白いと思って、舞台上に存在させている気がするんですね。つまり、変態性がちゃんと大切にされている。その感じが大好きだし、自分もそうしたいと思うんです。すごくいびつで変なものが、イジるような形で存在してるんじゃなくて、ちゃんとそこで愛されていて、誰の中にもある……あなたともつながっている変態として存在しているというのが、すごく愛おしいです。
サンプル『ブリッジ』(2017年)より。 (C)️青木司
サンプル『ブリッジ』(2017年)より。 (C)️青木司

松井 なるほど。でもそれはまったく同じ話になりますけど、多分村田さんも……さっきの「クリーンルーム」の話でいうと、それを「こんなにひどい世界ですよ」という感じではなくて、人間がどうしようもなく持っている性癖的なものを、クリーンにおしゃれに取り上げることで(笑)、みんなが受け入れるような世界にしていると思うんです。むしろ、今生きている私たちも、そうやって生きているんじゃないか? と思わされるぐらい、当たり前の世界として描いている。

──『消滅世界』も、セックスレスの傾向が進む今の日本の、ちょっと極端なカリカチュアライズや未来予想図であるとも取れますし、決してありえない……「ないない」とも言い切れない気がします。

松井 そうですね。それを露悪的に描写したら「そんな世界は知らないし、私たちとは関係ない」ってなってしまうけど、村田さんみたいにおしゃれにロンダリングした書き方をすると、逆に何か突きつけるものがあるなあと。僕もそういう風にやりたいと思っているので、それを「上品」と言われるのは、すごく嬉しいですね。

村田 そうですね、嬉しいです

松井 僕も嘘は大好きだけど、人間ってみんな「嘘」で成り立っていると思うんです、現実でも。世間のルールとか、言葉で作られたものって、だいたい何かしら嘘が含まれてる。たとえば「何で信号って守らなきゃいけないの?」っていうのも、やっぱり誰かが決めた嘘じゃないかって。そんな風に、みんなが納得している嘘をはがしていきたい……しかもゆっくりと。バッとはがすと説得力がなくなるというわけじゃないけど、ジワジワと「これは嘘かもしれないよ?」ってはがしていくと、いつの間にかここ(指先)のささくれが、ずーっとこっち(二の腕)まで行くみたいな。そういうはがし方の方が、僕はキツイと思うので。だから上品という言い方もできるけど、残酷という気もしますね、村田さんの世界は。でも僕はその残酷さが好きだし、それが人に何かを突きつける力になっていると思います。
(左から)村田沙耶香、松井周。
(左から)村田沙耶香、松井周。

■なぜ人間は嘘の物語を作って信じてきたか? を知りたい。


──今回コラボをしてみて、お互いのジャンルについて「うらやましい」と思うことってありましたか?

松井 それはもう、俳優の数を最初に決めたら、登場人物の数がそこで制限されるとか、すぐに時間は動かせないとか。そういう演劇の制約の中でやっていると、気軽に登場人物を増やせたり、フッと時間を飛ばしたりできる小説がうらやましいなあと思います。あと、実際にはない風景も、小説だったら言葉の強さによって、それが浮かんできたりしますよね? たとえば「人間が卵を産む」と書かれた時に、芝居だとそれを実際に作らなきゃならないけど、小説はフワッと一筆でという風に見えるんです。というか、一言で言っちゃうという、そのインパクトがすごい。そのうらやましさはありますね。

村田 でも小説は小説のままで終わるんですけど、戯曲は人が入ることで、もう一度化学変化を起こすじゃないですか? 生の肉体が入って、生の空間になって、もう一回そこから進化する。それは小説にはない進化なので、すごく憧れますよね。それとさっき(トークで)松井さんに言われて「本当だ」って思ったのが、「小説って孤独ですね」って。小説はやっぱり、編集者と一対一で深く関係を築くという感じなんですけど、城崎で作品を作った時は、みんなでチームみたいに作り上げていったんです。演劇のその家族感みたいなことが、すごくうらやましかったですね。

松井 ああ、演劇ってそれ、ありますよね。みんなで集まって、ワッとやるのが目的みたいな所があります。人ってただ、集まりたいだけなんじゃないかなあというか(笑)。
村田沙耶香著『変半身(かわりみ)』(筑摩書房)。
村田沙耶香著『変半身(かわりみ)』(筑摩書房)。

村田 でも今回の作品に関しては、あの(リーディングの)時に家族になったという、勝手な激しい思い込みがあって。だから一人で書いていても、チームでやっているという感じがあります。いつもは本当に一人の世界で、小説の神様の言葉だけを考えて書いているんですけど、今回はそれに加えていろんな人の……「松井さん、ここ笑うかな?」とか「松井さんならわかってくれる」とか、いろんな顔が浮かんでくるんです。

──神様がもう一人いる。

松井 神様ではないです(笑)。何でしょうね?

村田 変態の先輩(一同笑)。変態部のいい先輩がいてくれて、私の変態さを笑ってくれるという。

──トークでは松井さんが、今回の『変半身』を通して「人間の化けの皮をはぐ」とおっしゃっていましたね。

松井 本当にそれしかないというか、実は僕はそればっかりやっている感じがします。人間というものが、今私たちが思っているものとは全然違うんじゃないか? という恐怖と疑いが書かせているという部分があるので。たとえば以前村田さんと「正しいセックス」の話をしたことがあって。

村田 どこかの国に、そういうビデオがあるらしいよって。

松井 そうそう。公教育の中でそれを見せられると聞いて、「自分たちだったら、どういう風に作るか?」って盛り上がったんですけど、一方でその「正しいセックス」という言葉がおぞましくて。どう言ったらいいのかなあ? 自分も含めて、自分たちの日頃の行動というものは、すごく空虚でデタラメで何の根拠もないけど、たまたま慣習でそうなっているだけかもしれない。それはものすごく誰かを排除してしまうような、権力的な構造になっているけど、それに気づかないまま生きている。だから全然違う面から見たら、僕たちは嘘をついてふるまうという、すごく空虚な演劇をやっているんじゃないか?……と疑問を呈するようなことを、僕はずっとやってきている気がします。でもその嘘を告発したいのではなくて、なぜ人間はその嘘の物語を作って、信じてきたのかを知りたいという。「知りたい」と「疑う」っていうのが、ずっと同時にある気がします。
村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』チラシビジュアル。
村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』チラシビジュアル。

村田 最初は「化けの皮をはぐ」というつもりはなかったんですけど、書いているうちにどんどん疑り深く……というより、進化していってますね、想像の世界が。「本当はこうじゃないか」というよりも「こんなこともあり得るんじゃないか」という風に、人間という生き物がどんどん進化しています、私の中で。まるで外から人間を見ているような、変な角度で(物語が)進んでて。だから「嘘だ」と暴くと言うよりは、むしろ「嘘だったら面白いんじゃないか?」っていう、変な状態がずっと続いてますね(笑)。今多分書いている途中で、カーっとなってるからかもしれないんですけど。

──ということは、この作品を小説と演劇ワンセットで見た時に、ある種の意識革命みたいなことが起こり得るかもしれないですね。

松井 そこまで大げさじゃないかもしれないですけど、隣にいる人や、あるいは自分自身も気持ち悪い……何かの違和感を覚えるんじゃないかなあという予感はします。

村田 確かに。この作品を読み終えた時に、私が初めて人間を疑った時のような気持ちになってもらったら嬉しいというか。自分が無垢に信じているもの、脳が反射的に反応して信じていた世界が、何でそうだったんだろう? というような。これを読んで頭がおかしくなったというより、今まで洗脳されていた頭が違う風になる(笑)。そういう状態になってもらうのが、一番楽しいなあと思います。

松井 なるほどね。「楽しい」っていうのがいいですね。

村田 それが嬉しいですね。

松井 村田さんの小説には「人間ここまでイッちゃっても、生きていけるんじゃないか?」って思える、楽天さがあるんですよ。こういう世界もいいなあっていう。今までと違う見方ができるということは、もしかしたら本当に楽しいことなんじゃないか? とも思います。
(左から)村田沙耶香、松井周。
(左から)村田沙耶香、松井周。

取材・文=吉永美和子

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