新発売のPS2がまさしく水の泡 ボートの客にはヒラもSGも一緒<江戸川乞食のヤラれ日記S>

日刊SPA!

2019/11/12 15:48

<江戸川乞食のヤラれ日記S> =ここでは昔の話をしよう・2=

これはまだボートレースが競艇と言われていた時代の話。

◆記念も平場も関係ない。やってれば競艇場へ行くのが競艇客。

競艇の開催名にはSGやG1など、いわゆるグレードのつかない開催は2種類あり、一つは冠名のつく「一般タイトル戦」と呼ばれる例えば新聞社の名前であったり、選手会や競走会、競艇場近所の飲食店や企業、競艇関係の雑誌などの名前を冠した開催がそれだ。

そして、もう一つは冠名すらつかない「ノンタイトル一般戦」が存在し、現在でもたまに開催されている。つまり、定められた賞金以外、一切副賞がつかない開催。それがノンタイトル一般戦である。

とはいえ、どれだけ仰々しい名称がついても、客の視点から言えばどちらも「ヒラ場」と呼ばれるA級選手のあっせんが少ない開催には変わりない。それゆえか、ノンタイトルの一般戦でありながら時としてあっせんメンバー、特にA1級には記念銘柄級の選手を単独であっせんすることも多く、開催タイトル名ではなく、選手の名前で集客をするような感じでメンバーをそろえていることが多い。

そして、それら記念級の選手が一般戦を中心に競走をしている選手に予選道中や優勝戦で負け、穴配当を提供する。そんな展開を期待して、一般戦に足を運んでいる客は自分も含めてかなり多い。

◆『競艇場 名前知らぬが 顔なじみ』

古くから言われてる通りで、開催のたびに競艇場へ行くと必ずスタンドのどこかで見かけ、誰とはなしに声をかけあい取ったヤラれたなど、その場限りの話やレースのうんちくを語る。

この場にいれば、誰にも余計な詮索もされず、うそや大げさ、見栄をはってもそれを甘んじて受け入れ、あるいは話半分で聞き流してくれる『他人』の暖かさを感じることができる。かつての江戸川競艇場にはそんな空気が強くあった。

「おぅ、なんだ。まだ生きてたか!?」

「おめぇも案外しぶてぇな、あれか? ついに仕事クビにでもなったか?」

はたから見たらいきなりケンカのひとつも始まりそうな気配だが、これはある意味「こんにちはしばらく見なかったですがお元気ですか?」「おかげさまで、あなたもおかわりありませんね」という会話を翻訳しているに過ぎない。

「残念ながらクビにはなってないけど、ちょっと金が足りなくてな、朝から江戸川に金を下ろしにきてたんだよ」

「お前バカだろ!? 無駄に不定期預金の残高増やしにきやがって。で、金欠の理由ってなんだ?」

「ほら、明日PS2(プレイステーション2・2000年3月4日発売)の発売日だろ? それで金がちょっと足りなかったってわけさ」

「なるほどな。……で、今日はここまでいくらヤラれてる?」

「……本体にソフト代数本くらいかな?」

「いいから今から帰って定価で買えや……」

「でもほら。優勝戦のこのメンバーなら絶対穴になるって」

平成12年(’00年)3月3日

江戸川競艇場 一般戦競走 最終日

11R 優勝

1 酒井忠義 53歳 香川 A1

2 山根 強 52歳 広島 A1

3 林  貢 48歳 岡山 A1

4 村田孝雄 36歳 埼玉 A2

5 川原正明 26歳 石川 A2

6 西村秀樹 29歳 福岡 A2

(当時の江戸川競艇場は11R制・年齢・級別も当時・県名は所属支部)

「確かにこれはなぁ……。世間様は酒井=山根の一騎打ち風味みてぇだけどよ。記念を控えてる連中が、こんなところで小銭にがっつくかね?」

「誰だって金は欲しいさ。そういえば、前日コメントで山根がまくるとか言ってたな、確かにまくれるだけのアシはありそうなんだけどさ……」

「確かに予想屋連中もみんな、今日は山根はまくり一本だってわめいてたなぁ」

「うんうん。今日の水面はずっと絶好のまくり、まくり差し水面だから、そりゃ山根もまくりを打ちたくなるよな」

「いや待てよ。酒井って確か張り逃げ得意だったな……なるほどっ!」

「ああ。山根がまくりにいけば張りに出るのは間違いない!」

「確かに! それに、ここ数節江戸川の2コースからまともにまくりが決まってねぇしな」

「山根が不発なら内側二人は仲良く消えるって展開が有力だな」

「その展開ならアタマは誰だと思う? おっと、これを聞くのは野暮ってぇもんだな」

「まぁね。そこは走ってからのお楽しみってことで」

◆ファンファーレが鳴るたびに喜怒哀楽

選手がレースに出走すれば必ず起きる喜怒哀楽。それは選手だけではなく客にも同じことが言える。もちろん、それは記念でも平場でも変わりなく、むしろ平場のほうにこそ、そんなドラマが多く繰り広げられているに違いない。

親の説教よりも聞いたレース開始を告げるファンファーレが鳴り響き、各艇一斉にピットから離れる。

この時の自分の買い目は、展示の気配がよかった村田孝雄とモーター上位の川原正明、どっちもまくり屋で江戸川一般戦なら格上扱いできる選手。

山根強が宣言通りにまくりを打てば酒井忠義が飛びついて共倒れ、空いた内側を村田孝雄がまくり差し。村田のまくり差しを残せれば林の2着目か、モーターパワーで押し切る川原正明とのアタマ競り。酒井すんなり逃げ切り展開なら2着は村田か林と見て4=5 4-3 抑えで1=4 1-3。あえて山根の差しは考えずに消しの一手。

待機行動は外側にイン志向の選手がおらず、ここはすんなり枠なりで折り合う。江戸川で見慣れた3対3スタイルの進入体勢があっさり決まり、各艇一斉にスタート。

3号艇林が少し遅れ、2号艇山根が宣言通り1号艇酒井にスリットほぼ同体からの強ツケマイを敢行、トップスタートの5号艇川原が村田の頭をおさえ、一気に山根の外を二段でまくる。川原に頭を押さえられた村田は、最初から狙っていたかのようにまくり差しのハンドルを入れる。

「ほぉおおおれ! 村田が行ったぁああああ!!」

スタンドに響く勝利の叫びと絶望的な溜息。おおかたの展開通り、酒井がツケマイに出た山根を張り飛ばし、山根はこの時点で勝負権喪失。空いた内側を、林貢をまくった村田がまくり差しで抜け出てそのままトップを確定させ、山根を掃除した酒井が2着で1周1Mを抜けてきた。

おそらくこのまま4-1で決まる、誰もがそう思っていた。

「おっしゃぁ、4-1なら3000両!! これでPS2にソフトも買えるぅぅぅぅ!!」

どうやら彼も村田から行っていたようで、4-1体勢でバックに抜けた瞬間、いままでヤラれていた鬱憤を晴らすかのごとき大絶叫。

普通ならこれで二人とも取れてめでたしめでたしなのだが、ここで競艇場あるあるが発動する。友人や、予想のうんちくを傾けた相手と一緒に打っていると、不思議と必ずどちらかあるいは両方の買い目が外れるという面白い結末。

それがここで発動してしまったのだ。1周1Mの張り逃げの時にでもペラが開いたのか、バックに出てからの酒井のモーターから伸びが消え、逆に3着を走っていた林に艇間をどんどん詰められていた。

「あうぅ~。林ぃ、遠慮してくれぇぇっ!!」

そんな情けない声を出した彼のほうに向くと、……多少の脚色は入っているが、瞳孔が開き、口も半開き、ひざがガタガタいって卒倒寸前、そんな感じの姿に彼は4-3を買っていないことが確定で、これは迷わず法則発動の予感がした。結果は案の定、2周1Mで林に追いつかれた酒井が林とデッドヒートになり、ゴール寸前で4-3に変わりそのままゴール。二人のタイム差はわずか0.1秒であった。

◆11R優勝戦結果

1着 4 村田孝雄 4コース 0.18

2着 3 林  貢 3コース 0.20

3着 1 酒井忠義 1コース 0.19

4着 5 川原正明 5コース 0.10

5着 6 西村秀樹 6コース 0.18

6着 2 山根 強 2コース 0.16

連単 4-3 8770円 19番人気

連複 3-4 3080円 9番人気

決まり手 まくり差し

「あうぅ~。……◎○×▲△注…FLS転欠……。うひぃっ!」

着順確定のアナウンスと払戻金がスタンドに流れる中、彼は言葉にならない言葉をうめいていた。果たして4-1にいくら突っ込んだのかは知らないが、確かにそこには一発逆転に失敗して傷口をさらに広げたオケラがいた。スタート6秒でPS2+ソフト数本がほぼ確定していた彼は、それから2分もしないうちにそれらの購入が無期限延期になってしまったのだ。

ギャンブルである以上、勝ち負けは必ず存在し、そしてそれを避けて通ることはできない。もちろん勝ちだけはなく、負け方も楽しめなければギャンブルに手を出す資格はないと思う。次の江戸川開催初日。彼は何食わぬ顔をして1Rから堤防スタンドにいて、いつものように選手へヤジを飛ばしていた。

※平成22(’10)年度以前の話題につき当時の名称にて表記しております

※本文中敬称略

【江戸川乞食】

シナリオライター、演出家。親子二代のボートレース江戸川好きが高じて、一時期ボートレース関係のライターなどもしていた。現在絶賛開店休業中のボートレースサイトの扱いを思案中

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