【今週はこれを読め! ミステリー編】『生者と死者に告ぐ』の執拗な語りに唸る!

BOOKSTAND

2019/11/10 13:10

 あれあれ、ネレ・ノイハウスってこんなにおもしろかったけ。

と、声を上げたくなるほどの出来である。

新作『生者と死者に告ぐ』(創元推理文庫)は、ドイツミステリーを代表する作家である作者の、ピア・キルヒホフとオリヴァー・フォン・ボーデンシュタインのコンビを主役とした警察小説の、第7作にあたる長篇だ。前作までの事件や登場人物についての言及はあるが、そんなのは一切無視して読んでかまわない。いや、読んだ方がいい。抜群におもしろいからである。間違いなく、おもしろい。あまりにおもしろいから念を押しておく。

こんな話である。クリスマス休暇に向けて街が湧きたつある日、街角で犬を連れて散歩中の老婦人が頭部を狙撃されて殺されるという事件が起きる。離れた場所から狙撃用の銃で狙うという手口であって、明らかに熟練の腕を持つ者の仕業だ。人に憎まれようのない老人と狙撃という取り合わせが不可解だが、やがて第二の事件が起きる。今度の犠牲者も女性で、キッチンで料理をしているところを娘と孫の前で撃ち殺されたのだ。さらには心臓に疾患を抱えている男性がその胸を撃ち抜かれるという事件も。

最初は無差別殺人として捜査を進めていた警察官たちも、事件の間に何かのつながりがあるのではないかと疑い始める。彼らの混乱を嘲笑うように、犯人と思われる人物から声明文が届くのである。〈仕置き人〉と名乗る犯人は、被害者ではなく、その家族が許されざる罪を犯したために、処刑の手を下したのだと宣言する。

小説のかなり初期の段階で犯人の狙いは判明する。連続殺人の犠牲者が、自分ではなく家族の責任があることで狙われる、というのが本書の新趣向で、その共通項が何かということは、さすがに三人も被害者が出ればうっすらと見えてくる。しかし、そこからが『生者と死者に告ぐ』のすごいところだ。まず、狙撃の名手である、という条件に合った容疑者が複数浮かんでくる。その誰もが怪しく、誰もについても決定的な証拠がない。捜査陣は、彼らを順繰りに疑いながら、新たな犠牲者が出ないように動かなければならなくなる。フーダニットの関心がずっと持続するのである。しかもそれが被害者保護のスリルとずっと並行していく。作者がこの興味を引っ張っていくやり方はたいしたもので、手を替え品を替えしながら、読者を退屈させないように疑わしい人物を提供し続ける。フーダニットの秀作と呼ぶにふさわしい展開である。

そして、一見単純に見える事件の真相に奥行きがある。だいたい全体の三分の一ぐらいで全体像のようなものが見える。あ、なるほどね、と思っているとそれはほんのとば口に過ぎず、さらに入り組んだ人間関係があることが次第にわかってくるのである。事件の終盤に至っても作者は、読者に新たな視点を提供し、ファイルを上書きするかのように事件を語りなおしていく。この執拗な語りの執念にしてやられた。捜査に当たる刑事たちは、クリスマスも新年のお祝いもろくに楽しめないくらい疲れたことだろうが、これだけ引き回されると読者だってくたくたになるのである。しかしそれは心地よい疲労でもあった。

そんな具合に柄の大きい物語である。物語の舞台となるのはフランクフルト西部の外れにあたるホーフハイムという街で、主人公の一人は農場を買ってそこに住んでいる。そうした郊外の景観が背景となるのである。これまでのシリーズで主人公のピアとオリヴァーの人となりは存分に描かれており、もちろんそれを読んでからのほうが親しみも湧くと思うのだが、知らなくても本書を楽しむのにはなんの支障もない。ピアのほうは旧弊な考え方を持つ家族と折り合いが悪く、そこから抜け出して仕事に打ち込める環境を自分で手に入れた女性、というぐらいに思っていただければいい。今回、その折り合いの悪い家族に会いに行く場面が初めて描かれるが、なるほどこれはたしかに窮屈だったろうな、と納得させられた。オリヴァーのほうはフォンという称号が示すとおり貴族階級の出身で、コージマという放埓な性格の妻に振り回されて、離婚した過去がある。なるほど育ちがいいのだな、と思うのは、気は優しいが芯の弱いところがあり、ときおり感情が暴走してしまいそうになるところである。今回はチームにアンドレアス・ネフというプロファイラーを押しつけられるのだが、こいつがとんだ権柄ずくの男性優位主義者なものだから、ボスであるオリヴァーは胃が痛くなる思いをする。そのへんの人間関係も読みどころになっている。ずっと読んでいる人には、あるロマンスが生まれることも書いておこう。それも意外な組み合わせで。このへんの書きぶりがうまいのも、シリーズの固定ファンがたくさんいる理由だろう。

描かれる事件についてもちょっとだけ書いておく。ネタばらしになるので詳細は省くが、最後まで読むといかにもドイツだな、と思わされるはずである。作者はドイツの近現代史に敏感で、それを事件の基底に織り込んでいる。ことさらにテーマを煩く言わない姿勢には好感が持てるし、特殊な事件から人間の持つ残酷な一面、他人を利用して顧みないようなエゴのありようが浮かび上がってきて慄然とさせられる箇所がある。その普遍性があるからこそ、国境を越えて読まれるような物語になっているのだ。

このシリーズには最初の2作が自費出版で刊行され、第3作の『深い疵』から大手出版社が手掛けることになった、という来歴がある。やはり初期作品は習作の性格が強く、第一作から読むことに固執しなくてもいいと思う。まずは本作を。読めば必ず過去作に手を出したくなるはずだ。何度も繰り返すが、ノイハウスってこんなにおもしろかったっけ、って私も思ったもの。おもしろかったんだなあ、ノイハウス。

(杉江松恋)

当記事はBOOKSTANDの提供記事です。

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