対生物・化学兵器テロの最前線を担う自衛隊病院。医師が着用するマスクも足りていない

日刊SPA!

2019/11/9 08:54

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

その68 防衛医大・自衛隊病院は生物・化学兵器テロに対抗できるのか?

◆薬の自給率を守る監視体制は我が国に存在しない

食料自給率という言葉は認知度も高く、多くの人が関心を持っています。食料を外国に頼り切ってしまうと、何らかの問題で輸入が止まれば、食べものがなくなって餓死者が出るようなことになりかねない。だから、食料はできるだけ国内で100%賄うべきだという考えは一般にも広く浸透しています。

しかし、同じく死活問題に直結しているのに、エネルギー自給率の話になると国民の関心度は下がります。さらに、話題にすらのぼらない医薬品の自給率となると、ほとんどの人は気にもとめないようです。だから、「ある薬」の自給率がすでに非常事態となっているのに大きく報じられないのも頷けます。

抗菌薬という薬は、肺炎や膀胱炎など“バイキン”による感染症の治療に使います。また、手術後の傷の感染症予防にも使用され、大きな手術前後にこの薬が投与できなければ死亡率が上がります。このときにもっとも多く使うのが「セファゾリン」という薬です。ところが、今年の3月から供給が滞っています。なぜなら、この薬の原料を製造しているのが中国の1社だけで、その工場が操業停止となったからです。

その後、セファゾリンの代用薬も芋づる式に不足に陥っています。実は、抗菌薬の原料の大半が中国を始めとする外国でつくられています。厚労省が薬価を安くしてきたために我が国の製薬メーカーは利益にならない事業から撤退し、外国産に切り替えました。生命を守るキードラッグの製造の一端が海外に握られているのです。

これはもはや、安全保障上の問題と言っていいのではないでしょうか。感染症関連の学会は国に対して抗菌薬の安定供給を求めていますが、状況は変わっていません。早晩、手術時の死亡率が跳ね上がるような事態も招きかねず、このまま問題を放置しておいていいのか? 不安になります。

◆医療における「安全保障」という視点

もとはといえば、薬品メーカーに無理な値下げを国が押し付けたせいです。昭和の時代は「親方日の丸」という言葉があり、国や自治体など役所の仕事は定価で引き受けてもらえるため、安定した収入が見込め、その利益を元手に産業は大きくなり事業投資もできた時代がありました。

しかし、今は国が事業者を買い叩き、少しでも安く仕事をさせ、モノを納品させようとする時代です。国が事業者をイジメるなんて最悪だと思いますが、財政支出を減らすべきだと考える有権者が多い以上、民意なので仕方ありません。

外国からの安い輸入に頼れば企業利益が上がり、国の財政支出を安くあげることが可能です。でも、それでは国民の命が犠牲となります。安ければリスクは気にしないのでは国民の命が犠牲になります。安全保障の概念を「食料」だけでなく「エネルギー」「医療」「経済」「情報」などに拡大して考えなくてはなりません。

自衛隊には防衛医大という医師を育てる大学があります。防衛医大を卒業した医者は任官して自衛官となり、医官と呼ばれます。つまり、「軍医」です。紛争やテロで起こるさまざまな問題に対処するため、日頃から十分な知識を身につけなければいけません。野戦体制で治療を受け持つ可能性もあり、銃創や爆創のような特殊な怪我を治療する知識や技術も必要です。

我が国の安全保障を担う防衛省職員であり、医師であることを考えると我が国の医療の安全保障を考えるべきは防衛医大であり、この医官ではないかと思います。では、防衛省の持つ自衛隊病院や医官はその機能を持っているのでしょうか?

◆生物・化学兵器によるテロが起きたら?

例えば、国際法で禁じられた「生物兵器」「化学兵器」を持つテロ組織や国家があります。日本で発生したオウム真理教の「地下鉄サリン事件」は世界に注目された化学兵器テロ事件でした。このとき、最初にサリンではないかと診断したのは医官でした。また、「炭疽菌」や「天然痘」などの生物兵器を保持していると言われる北朝鮮は我が国の近くにあります。日本は「生物・化学兵器」と無縁ではありません。

生物兵器(毒性を強化された病原体)に感染したと疑われる患者は隔離が必要です。特に空気感染する感染症、病原体の特性が不明な時点では、患者の隔離に陰圧室が必要です。陰圧室とは、部屋を陰圧にして空気を室外に出さない構造の部屋です。

自衛隊中央病院と防衛医大病院にそれぞれ2部屋が設置されていますが、自衛隊病院が医療の安全保障を担う機関なら、その程度の装備はすべての自衛隊病院に必要だと感じます。今のままでは自衛隊病院は、生物兵器に感染した患者が来院したら、拒否せざるを得ないと思います。しかし、そんな事態となれば、患者は必ず来院します。防衛省の病院ということで期待も大きいでしょう。

同様に放射性物質や化学剤で汚染された患者が来た場合は、まず物理的に水で洗い流す必要があります。汚染物質が付着した状態では治療が不可能だからですが、その場合の排水タンクを備えた温水シャワー施設、すなわち除染設備も自衛隊中央病院にあるだけです。テロは東京だけで起こるわけではないのです。しかし、全国の自衛隊病院にそんなものを準備する発想も予算も我が国の自衛隊にはありません。

自衛隊病院や医官を医療の安全保障の中心に据えるアイデアですが、現状はあまりにも乖離しています。予算不足で簡単なものですら十分な数がないことに呆然とします。一般の薬局にも売っている「N95マスク」は空気感染する麻疹(はしか)、水痘(水疱瘡)、結核をブロックするマスクです。

一般の薬局でも販売されていますが、かなり高価です。私が手に入れたときは1000円近くしました。医官は生物兵器テロなど病原体が不明な場合はこの「N95マスク」を装着することが不可欠です。しかし、十分な数の備蓄はなく、医官が装着する訓練をしていないと聞きます。

◆隊員の病気予防だけにとどまらない機関に!

自衛隊病院は我が国に蔓延している麻疹、水痘や海外派遣時の現地対応のワクチン接種はしっかりやっているようです。災害派遣時には泥水のなかで救助活動をするため、破傷風のワクチンも10年に一度接種を行っているようです。基本的な隊員の予防対策だけではもったいないと思います。防衛医大・自衛隊病院は生物・化学テロ対策も含めた大きな医療の安全保障を最前線で引っ張っていく機関となるべきです。

しかし、防衛医大、自衛隊病院は営利目的の機関ではないため、予算がカツカツでは何もできません。せっかく優秀な医官を集めていてもこれでは宝の持ち腐れではないでしょうか? さまざまな病気や医療現場を襲う脅威から日本人の健康を守る機関に変貌を遂げていただきたいと思います。

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

【小笠原理恵】

国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年、ブログ「キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。9月1日に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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