『小説 孤独のグルメ』の著者が原作者の久住昌之氏と対談。「『孤独のグルメ』という看板を背負って小説を書くのは緊張した」 

日刊SPA!

2019/11/8 17:22

現在テレビドラマのシーズン8が好評放送中の『孤独のグルメ』。10月には、原作漫画の初代担当編集者・壹岐真也氏による完全新作オリジナルで『小説 孤独のグルメ 望郷篇』も発売された。今回小説を執筆した壹岐氏と、原作者であり、放送中のドラマでは音楽も手掛ける久住昌之氏に、小説篇が完成するまでの制作譚と、それぞれの考えるひとり飯の店の選び方について語ってもらった。

久住:今日は対談の前にドラマの脚本を直してたんだけど、もう、今回の店がうまそうでうまそうで、脚本を直してるだけでお腹がすきました(笑)。

壹岐:先日シーズン1から観返していたんですが、ドラマ自体の雰囲気もずいぶん変わりましたよね。シーズン1ではもっとシンプルだったストーリーが、いまは手が込んでるなあと思いました。

久住:最初の放送からもう7年も経ってるからねえ。少しずつ手を加えて今の形になってきた。シーズン8の放送開始に合わせて、壹岐さんが執筆した『小説 孤独のグルメ 望郷篇』が出版されましたけど、そもそもどういう経緯で小説を出すことになったんでしたっけ。

壹岐:漫画連載が再開して以降の掲載誌だった週刊SPA!の元編集長に「小説篇を書いてくださいよ」と言われて。3~4年前だったかな。でも、いつも酔っぱらってるときに言うから。酔ったときにノリでそういうこという編集っているじゃないですか。だから、ほんとに書いていいのかなと思いつつ、ちょこちょこ書き始めてはみたんだけど、書くのに慣れてないからなかなか書き進まなくて……。

久住:でも、編集者としていろいろな文章を書いてきたでしょう?

壹岐:いや、やはり自分の名前で、しかも『孤独のグルメ』という看板を背負って書くのは、編集者としてちょっと文章を書く、というのとはまったく意味合いが違いますから、緊張してしまって最初は全然書けなかったですよ(笑)。でも、あるとき、御茶ノ水の順天堂病院でばったり谷口ジローさんにお会いして挨拶したことがあったんです。そのときに「壹岐さん、そういえば、書くって言ってた小説ってどうなってるの?」と聞かれて、「いや、それが全然書けないんですよ」と正直に話したら、谷口さんが「書けないときは書かなきゃいいよ」と言ってくださったんですよね。それで、なんとなく肩の力が抜けたというか、「書かなきゃいいよ」と言ってもらえたことで書けるようになったんです。

久住:たしかに、そういう肩の力の抜け方ってありますよね。今回の小説篇は、毎回随所で詩の一節や曲の歌詞が引用されていたけど、間に引用が入ることで肩の力が抜けるというか、書くほうも読むほうもリラックスできる感じがよかったです。

壹岐:ありがとうございます。単純に、映画のBGMみたいでかっこいいかなあと思ったのと、自分の文章だけじゃ持たないぞ、と思ったからなんですけど。文芸編集をやっていた身からすると(壹岐氏は文芸誌『en-taxi』[03年~15年]の立ち上げ編集長)、完全に素人の手つきというか、高校の文芸部の同人誌なんかでやりそうな手法……プロの文芸編集者ならハネるんじゃないでしょうか(笑)。

久住:そんなこと気にする必要ないですよ。そもそも、文芸っていつからそんな偉くなったんだ?って思うもん。こないだ出張で宮崎に行ったら、市内で古い町並みやレンガ造りの立派な家が残ってるところがあったんだけど、要はそこって豪商の土地だったところで。それで、やっぱり豪商ってこんな立派な大きい家建ててすごいよなあ~って思ったんですけど、じゃあ、文豪ってなんだろう?って思ったんですよね(笑)。どんなに有名で稼いでても漫画家のことを「漫豪」なんて言わないしなあ……。とにかく、おもしろければ引用だってすればいいし、何でもありなんですよ。そういう意味で小説篇はラクに、楽しく読めました。

――吉増剛造の詩からツェッペリン、AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』まで、引用される作品も幅が広いですよね。

久住:今って、YouTubeで何でも聴けるじゃないですか。読んでいて、知らない曲が登場したらすぐ調べられて、瞬時に聴ける。新しいものも古いものも聞けて、世代も関係ない時代になってきてる。

壹岐:そうですね。時代もジャンルも関係なく引用することで、組み合わせの妙を楽しんでもらえたらという意識もありました。DJ感覚というか。

◆小説の一話目を久住さんにおもしろいと言ってもらえて自信になった(壹岐)

壹岐:何とか小説の一話目を書き上げて、書き上げたものの不安も大きかったんですけど、久住さんから「おもしろいじゃないですか」と言っていただけて、それが本当に自信になったんですよね。

久住:もともと自分がつくった漫画が小説になるって不思議な感じですよね。体験したことがない。一話目ももちろんよかったんだけど、回を重ねるごとにじわじわおもしろくなっていく感じが、漫画の「孤独のグルメ」と一緒だなあと思いました。漫画も、最初はあまり反応がなかったんですよ。8ページ読んでも、何が起きるわけでもないし、爆笑エピソードがあるわけでもないし。それが3話目、豆かんを食べて五郎さんが「うまい!」って顔をするあたりから、谷口さんもノッてきて、読者にもおもしろさが伝わりはじめた。テレビドラマもそうだった。シーズン1のときは、どう観ていいのかわからない、何だろうこのドラマ?って感じだったんじゃないかな(笑)。なぜか小説もそれをちゃんと踏襲してるなと思いました。要するに薄味なんだよね(笑)

壹岐:谷口ジローさんに作画をお願いしにいったのは、『事件屋稼業』のようなハードボイルド作品を経て、『坊ちゃんの時代』を描き始めたころで。あの静謐な感じがいいなあと思ってお願いしたんです。今まで泉昌之(原作・久住昌之、作画・和泉晴紀の漫画ユニット)でギャグを描いてきた人が、静謐な筆致の谷口さんと組んだらおもしろいだろうなあと。

だから、最初は何だろうこの漫画?って戸惑う人も多かったのかもしれません。

久住:僕も谷口さんとの初めての作品だったから、最初はいろいろ苦心しました。最初の回は、原作の原稿を送ったら「この分量じゃ、全然8ページにおさまらないよ、この半分でいいから」って言われて、ガーッと減らしたり。原作がこんなに短くていいならラクだなあなんて思ってたんですけど、そしたらあんな素晴らしい絵が上がってくるわけじゃないですか。ラクとは程遠い緻密な絵。絵が語る部分が大きいから、文字はそんなにいらないんだなって改めて気づきました。しかもその緻密な絵が「豚がダブった」とか言ってるんだからおかしいんだよね。

――小説を読んだ人からは「漫画連載が始まったころ、初期の五郎の雰囲気がよく出ている」という感想も多いです。

壹岐:連載を始めたころに登場するメニューって本当に地味ですよねえ。自分自身、味にこだわってますとか言わないような、取り立てて特徴がない店が好きで、小説でもそういう店ばかり書いてます。神保町でも、有名なカレーや洋食を全部無視してチェーンの牛丼屋に入ったり。

久住:ドラマは、長くやっているから「地味」だけじゃ続けられないんだろうけど、でもやっぱり元は取り立てて特徴のない地味なお店を描いてきた作品なんですよね。

――毎回写真家・滝本淳助さんの撮影した東京の風景が挿入されましたが、滝本さんの写真を挿入しようと思ったきっかけは?

壹岐:いやもう、単純に滝本さんの写真が大好きなんですよ。いろいろなものを撮っているんだけど、何を撮っているわけでもない。それでいて、80年代、90年代の東京の雰囲気がしっかり伝わってくる。なかなかないですよね。それに滝本さんは、漫画の『孤独のグルメ』でも、滝山として登場しますし(笑)。

久住:劇団の写真とかもさ、滝本さんの写真は、外から撮ってるんじゃなくて、内側に入り込んで撮ってる感じなんだよね。

壹岐:RCサクセションの写真も、清志郎じゃなくてCHABOさんばっかり撮ってたり。 僕はCHABOさん大好きだから、うれしくて。でも、滝本さんのおもしろさって、ちょっと伝わりづらい部分もありますよね。『タキモトの世界』(13年、復刊ドットコムより復刊。滝本氏と久住氏の伝説的雑談集)は久住さんと滝本さんの共著ですが、久住さんがタキモトさんのおもしろさを翻訳してみんなに伝えてくれている本でもある。

久住:タキモトの発見(笑)。

◆「いい店はここを見ればわかる」なんてものはない(久住)

壹岐:お店の描き方もそうなんですよね。ほかの人が行ってもわからないおもしろさを、久住さんの目を通すことでおもしろさが伝わってくる。久住さんがお店を選ぶときって、何か基準みたいなものってあるんでしょうか?

久住:選ぶ基準、あるんだけど、あんまり言葉にできないんですよね。外すこともたくさんあるし(笑)。

壹岐:ぼくは外れるとショック受けちゃってもうダメですね。何でこんな店に入ってしまったんだ……って。

久住:僕の場合は、そっから何を持って帰るかですね。失敗してもそこで何かおもしろいことがあれば、すぐに使えなくても、自分のなかに蓄えられていくし。それに、失敗するときってだいたい自分がどこか奢ってるときなんですよ。「なるほど、こういう昭和のイイ感じのお店ね?」みたいな気持ちで入ってみると見事にまずかったりするし!(笑)。

だから、「こういうのれんの店はいい店」とか決めつけないんですよ。ものすごく新しい、既製ののれんでおいしい店だってあるし。それに、特別おいしくなくたって、おもしろいことはどこから飛んでくるかわからない。隅っこのメニューかもしれないし、客の会話かもしれないし、お店のおばちゃんの出し方かもしれないし……。

壹岐:「どこを観ればわかる」とかじゃないんですね。

久住:こないだなんて、佐賀のお好み焼き屋さんに入ったら、カウンターで小学生がひとりで肘ついてラムネ飲んでて、店主に「おじさん、テレビ観たよ」って。もう、その子供の顔と振る舞いがオッサンみたいで最高で。店主も困ったように「ありがとう」って答えていて。そんなの思いつかないもん。そういう体験を、すぐネタにするんじゃなくて自分のなかに蓄えとして持っておくと、わざとらしい小学生の描き方をしなくなる。

壹岐:いやあ、いまの小学生の話、いいですねえ。僕ならすぐ描いちゃうな(笑)。でも、ドラマの五郎って基本的に失敗はしないですよね。

久住:松重豊さんも、五郎が失敗する回もあったらいいんじゃないかと言ってくれたんだけど、やっぱり実際にある店だと難しいですよね。言わせてみたいですけどね、「こんな満腹、したくなかった……」って(笑)。

壹岐:いやあ、惨憺たる井之頭五郎は見てみたいなあ(笑)。

久住:かといって五郎は決してグルメなわけではない。「僕も五郎さんみたいに食べ歩きが大好きなんです」って言われたことがあるんですけど、いや、食べ歩きが好きな五郎は描いたことがないぞって。五郎がやってることって、知らない街で突然トイレに行きたくなって、切羽詰まってトイレを探してるようなことなんですよ。お腹が空いて仕方なくて飛び込んでる。

壹岐:わざわざ用のない町に出向いて、一番いい店を探してやろうという店ではないんですよね。

久住:そういう意味で、壹岐さんの文章は、やっぱりボクと一緒に歩いてお店を探した人が書いた文章だなって思いました。ものすごくうまい!とかではなくて、「ここの立ち食いそば、好きだったんだけどなあ」というすごく個人的な、淡い味への感情。

壹岐:僕も結局それしか書けないんですよ(笑)。続編も書けるように頑張ります!

●久住昌之

漫画家・音楽家。58年、東京・三鷹生まれ。法政大学社会学部卒。81年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名義で漫画家としてデビュー。以降、漫画執筆、原作、デザイナー、ミュージシャンとして活動を続ける。主な作品に『かっこいいスキヤキ』(泉昌之名義)、『孤独のグルメ』(原作/作画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(原作/作画・水沢悦子)ほか著書多数

●壹岐真也

60年、東京生まれ。『月刊PANJA』編集部時代に漫画「孤独のグルメ」の連載を立ち上げる。『週刊SPA!』編集部、文芸誌『en-taxi』立ち上げ編集長を経て、現在はフリーで編集、執筆を手がける

(取材・文/牧野早菜生)

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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