柔道全国大会の覇者がセクシー女優になるまで…「柔道を辞めて“何もない自分”を実感した」

日刊SPA!

2019/10/29 08:53

「時系列語ると収まりきらないから10年前と今でよき?」

自分史を時系列で紹介する「#10年間を振り返る」というハッシュタグがTwitterでトレンド入りした際、劇的なビフォー&アフター写真が大きな話題を呼んだ。投稿者は、現在はセクシー女優として活動するAYA(鮫島るい)さんだ。

10年前の写真とは、今のド派手な黒ギャル姿と真逆の柔道着を身につけた黒髪スポーツ少女。それだけではない。全国大会と見られる優勝旗を手にしていたのだ。

AVの世界では、女優を売り出すために元スポーツ選手や元読者モデル、元CAなどのキャッチコピーがつくこともあるが、果たしてどこまで本当なのか。いわばファンタジーが入り交じっている。しかし彼女の場合、その実績は紛れもない事実だったのである。

柔道強豪校・埼玉栄高校の柔道部に所属し、2009年に奈良県で開催された第58回全国高等学校柔道大会(インターハイ)で優勝。得意の内股を代名詞に、その名を轟かせた。だが、インターハイの覇者に登り詰めながら、中途半端な気持ちで入った大学で挫折。柔道界から姿を消した。すべてを失ったAYAさんは、その後どのような経緯でセクシー女優になったのだろうか。本人を直撃した。

◆“何もない自分”がお金を稼ぐために…

僅か10か月の大学生活で柔道の道を諦め、その後は実家に戻ったAYAさん。両親からはお金を稼いで食べていくために、何か仕事になるものを見つけなさいと言われた。そこで彼女は「柔道を辞めて“何もない自分”を実感した」と話すが、次に目指したものとは……。

「R&Bシンガーのリアーナが好きだったので、彼女みたいになりたいなって。それで、とにかくクラブに行こうと思ったのですが、今までオシャレなんてしてこなかったから。日サロで肌を焼いて、メイクファッションもマネして」(AYAさん、以下同)

それまで柔道ばかりやってきた反動で、遊びたいという気持ちもあったという。しかし、貯金はすぐに底を尽いた。

焼き鳥屋でアルバイトをしながらクラブに通っているうちにフロアで妖艶に舞うゴーゴーダンサーの姿に魅了され、「私もなりたい!」と思った。だが、いざ仕事としてその道に足を踏み入れてみると、現実はそう甘くなかった。

「一見、華やかな世界で稼げると思っていたのですが、実際はギャラが厳しくて。都内の人気クラブでもワンステージで3000円~5000円だった。衣装は自前だから、とてもじゃないけど採算が合わない。そこで、並行して別のことで稼がなきゃって。そんな時に、クラブで知り合った人から紹介されて、今で言うところの“パパ活”を始めました」

現在のようにスマホのアプリがあるわけではなかったが、インターネットや出会い喫茶でも相手を探した。ただ、個人では限界があり、何かあっても守られていないことに不安を覚えた。

そこで、AYAさんは風俗で働き始めたという。20歳の時から現在に至るまで約7年間に渡る……。

「ぜんぜん軽い気持ちでしたね。それよりもお金を稼がなきゃって。かと言って、キャバクラとかは性格的に無理だと思っていたんで。クラブでお持ち帰りされることもあったから、初めて会う人とも抵抗はなかったんです」

◆柔道時代の負けず嫌い精神でAV出演を決意

風俗で働き始めてしばらく経った頃、彼女はAV出演を決意する。それは、奇しくも柔道で培った負けず嫌い精神からだった。

「夜遊び専門サイトの写メ日記ってあるじゃないですか。東京エリアのアクセスランキングで、私ともう1人の女のコで1位を争っていたんです。その時に柔道時代の負けず嫌い精神が発動しちゃって。どうしたら絶対に勝てるのかって考えたら、東京よりも広い全国の人に知ってもらえばいいのかなって。それで、AVに出演することを決めました」

現在はセクシー女優としても活動するAYAさんだが、まさに波乱万丈。5年前には心身を病み、医者からは“死”を予告されたという。

「その後、ひと通りのメーカーさんに出演させていただいたのですが……家庭の事情が色々あって、うつ病を発症。さらに摂食障害になって、ガリガリに痩せてしまって。35キロぐらいしかなかったんですが、それでも自分では太っている気がして。海外のダイエット薬を飲んだら、脱水症状になって低カリウム血症を起こして……下半身がマヒして、本当にヤバいと思って。

なんとか電話で助けを呼んで、救急車で運ばれたんです。不整脈でかなり脈が下がって、医者からは『あと1週間ぐらいで死ぬ』と告げられましたね。ICU(集中治療室)に入って、点滴を打ちまくったおかげでなんとか助かりました」

精神を病んでしまった根本の原因として家庭の事情があったというが、結局は母親が病院まで迎えにきてくれた。母親は、我が子の変わり果てた姿に涙を流したという。これをきっかけに家族仲は元通りに戻った。

とはいえ、痩せ細った姿でAVに出演しても売れるわけがなく、事務所をクビになってしまったのだ……。

◆過去に置き忘れてきた想い「もう一度戦いたい」

その後はライフワークとして風俗で働きつつ、AVの事務所を転々とした。昨年はセクシー女優として1本も出演しなかったが、それには大きな理由がある。

テレビで格闘技イベントを何気なく見ていると、かつて柔道で試合をしたことがある選手たちが輝いていた。ここで、ある想いがわき上がってきたのだ。

「もう一度戦いたい」

彼女が過去に置き忘れてきたこと。幼い頃から身に染み付いた闘争本能。不完全燃焼で終わらせてしまった柔道。しかし、ここまで全身にタトゥーを入れてしまっては柔道界に戻ることは不可能だ。

「いま格闘技で活躍している彼女たちにも、私なら絶対に勝てる」

AYAさんは、格闘技の世界で再起を誓う。そして練習に専念するため、セクシー女優を休業。2018年9月、総合格闘技イベント「GRACHAN」のリングでプロデビューしたのだ。<取材・文/藤井厚年、撮影/長谷英史>

【藤井厚年】

Web/雑誌編集者・記者。「men’s egg」編集部を経てフリーランスとして雑誌媒体を中心に活動。その後Webメディア制作会社で修行、現在に至る。主に若者文化、メンズファッション、地下アイドル、社会の本音、サブカルチャー、エンタメ全般を取材。趣味は海外旅行とカメラとサウナ。Twitter:@FujiiAtsutoshi

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