【クイズ】「天皇」と「元号」の数、どちらが多いと思いますか?

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5月1日に「即位の礼」が行われ、平成から令和へと元号が変わりました。そして今週、10月22日には「即位礼正殿の儀」が行われました。

ここでクイズです。

天皇と元号の数、多いのはどちらでしょう?

① 天皇 
② 同じ 
③ 元号

理由:元号を変えない「一世一元」は明治以降のことだから!


正解は「③元号」です。

天皇が在位中は元号を変えない「一世一元」の制度が決まったのは、1889(明治22)の旧皇室典範でからです。

それ以前は、天皇の在位中に元号が変わることはめずらしくありませんでした。

新しい天皇になったときに改元する「代始改元(だいはじめかいげん)」は、これまでにも行われてきています。

「大化の改新」でよく知られる「大化」が日本初の元号となった以降、天皇(皇極天皇)は現在までで90代ですが、元号は247あり頻繁に改元が行われきたことがわかります。

改元は、地震や天候不順、疫病などが流行したときによく行われました。改元することで災いをおさめることができたと考えられていたのです。また、武家が政治をつかさどるようになると、その権力を誇示するために改元されることもありました。

実はこれまででいちばん長かったのは「昭和」。いちばん短かったのは…


一番長く用いられた元号は「昭和」で64年続きました。

一方で一番短かったのは「暦仁(りゃくにん)」です。鎌倉時代の1238年から翌年にわたり、2か月版しかありませんでした。これは人が消える「略人」につながって不評だったためといわれています。

また江戸時代の「明和」は「めいわくねん」となるのを避けて、9年で改元されました。

悪いことだけではなく、慶事で改元されることもあります。古代の歴史書「続日本紀」には甲羅に「天王貴平知百年」と書かれた珍しい亀が見つかったので天平に改元されたと書かれています。

なお、天平は729年、聖武天皇の時に始まり、749年には陸奥国から黄金を献上されたことから「天平感宝」と改元されました。

その後、娘の孝謙天皇が即位すると同年中に「天平勝宝」に改元、その後も宮中で蚕がめでたい意味の文字を成したことなどから、757年に天平宝字と改元されました。

天平勝宝中に孝謙天皇が譲位して淳仁天皇が即位、しかしその後恵美押勝の乱で淳仁天皇は追放され、孝謙天皇は称徳天皇として重祚しました。その折の改元で765年に「天平神護」に、767年に慶雲の祥瑞による改元で神護景雲となりました。

実に「天平」とつく元号が5つ、四文字の元号が5つ続きました。国家の平和を願っての東大寺建立や大仏開眼と貴族同士のあらそいなど、奈良時代のようすはこのように元号のありかたに伺えるといえます。

この秋、大型の台風が各地に災害をもたらしました。現在では、災害があっても改元によって平安を願うことはできませんが、被災された方が無事に元の暮らしに戻れるよう祈るばかりです。

なお、台風の影響で延期された天皇陛下の即位に伴う祝賀御列の儀(パレード)は11月10日(日)に行われることとなりました。また、即位礼正殿の儀で使われた高御座(たかみくら)等の一般参観が東京国立博物館と京都御所で行われるそうです。めったに見られないものですので、この機会に見学されてはいかがでしょうか。



天皇陛下の「即位の礼」に関するお知らせ(政府広報オンライン)( https://dwl3.gov-online.go.jp/video/cao/dl/public_html/gov/sp/gosokui/index.html )

当記事はOTONA SALONEの提供記事です。

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