第6回「溺れる17歳」



劇団「ゴジゲン」所属の俳優であり、自身でも劇団「ザ・プレイボーイズ」を主催し脚本・演出を手掛ける善雄善雄さんが、ごく個人的で、でも普遍的な“あの頃”を綴る連載第6回。「演劇」という一生を賭ける仕事に出会った前回の続きのお話です。

前回は、演劇部員が自分一人だったところから、なんとか体裁を整えて高校演劇の地区大会に出場し、ビビるくらいにウケたというお話でした。

誰か、そんな2ヶ月も前の記事を覚えてくださってる方はいますでしょうか。

まずは私事で恐縮ですが、先日自分で主宰して4年半前に解散した劇団の復活公演を行い、そこにかまけてすっかり更新が大変遅くなってしまったことを深くお詫び申し上げます。
そんな原稿を提出せぬ僕に対し、編集長霜田さんは一言の文句も言わず、そればかりか公演の初日に観に来て紹介コラムまで書いてくださいました。逆に怖い。その優しさが、今の僕には恐ろしい。

しかしなんの言い訳にもなりませんが、久しぶりの劇団公演はとても楽しいものでした。
思えば僕は17歳で初めて芝居を作り、34歳になった今も、同じようなことを続けています。

ではあらためて、17年前の僕の話を聞いてください。



春に入部してくれた部員達とともに、初めて作り上げたコメディで出場した秋の地区大会。
本当に、舞台上でやったことすべて、笑ってもらえたような感覚でした。

観客は、ほとんどが他校の演劇部。つまりは大会参加中のライバルにあたるわけで、「敵の芝居そんな笑っていいの…?」と思ったりもしましたが、それ以上に嬉しかったのを覚えています。

そしてその後も、言い方が正しいかはわかりませんが、モテました。

上演後に劇場のロビーをぶらつけば、クラスでギャルに「キモい」と言われるだけだった僕のような人間が、たくさんの演劇女子に取り囲まれ、「すごいおもしろかったです!」ともてはやされる始末。
その異常事態に、「これが…演劇の力…?」と、誤った認識を抱きそうにもなっていました。

今ならば、その反応で十分だったとさえ、思います。

しかし当時は「高校の奴らを見返したい」という気持ちが原動力だったため、「結果が欲しい。結果がなければ意味がない」と思いながら、
トップバッターだった自分たちの出番を終えたあとは他校の発表を見つつ、「これは、勝ったな…」みたいなことを考え続ける最低な観客へと成り下がっていました。



そんな中、あれはたしか3校目くらい。
とある高校の出番で、異変は起きました。

その出場校は、前年には出ていなかった学校で、パンフレットにスタッフの名前がほぼ載ってないことや、舞台セットが机と椅子のみの簡易的なものであることからも、僕ら以上になんとか体裁を整えて出てきたのだろうということがわかりました。

演目として選んでいたのは、演劇界で有名な作家の方が何年も前に書いた、男女の二人芝居でした。

そうして上演が始まり、ほとんど時間も経たないうち、男子が台詞を言ったかと思うと、相手の女子がそのまま黙ってしまいました。

「台詞が飛んでる…」観客の誰しもがそう思い、その後も男子がいくつか言葉を発しましたがそれも長くは持たず、体感にして5分にも10分にも思える長い長い無言の時間が流れていきました。

そのうちに女子の方が立ち上がり、舞台袖に退場したかと思うと、
緞帳が下りてきて、その高校の出番の終わりを告げるアナウンスが流れました。

その一部始終を客席から見つめ、「とりあえずライバルは減った…」と残酷なことを思ってしまいながらも、
「もしも自分たちの高校がああなっていたら…」と想像し、寒気を覚えずにはいられませんでした。

その後ロビーに出ると、高校ごとに白い大きな紙を貼り、そこに自由に感想を書き込んでいいシステムがあり、
基本的には好意的な意見が並ぶのですが、
その上演が途中で止まってしまった高校の紙には、
「なめてんのか」「もっと練習してから来い」
などの辛辣な意見が並んでおり、
それを見ていたら、なんだか無性に寂しさがこみ上げてきて、

ロビーから人がいなくなった瞬間を見計らい、
そこに置いてあった黒いマジックペンの一番太い部分を使って、

「演劇を嫌いにならないでください」と、紙の中央にでかでかと書いて、逃げるようにその場をあとにしました。

演劇を始めてわずか1年半くらいの若造が、なにを偉そうに。それに嫌いになるかどうかなんて、本人の自由でしかないのに。

あとで聞いたところによると、女子の方が男子を誘ってどうにか出場したものの、男子が台詞を覚えず、めちゃくちゃなことを喋るのでなにも返せなくなっていたそうです。
そうまでして出たかった彼女に、どんな理由があったのか。黙りこくってしまった舞台上で、泣き出す寸前のような顔で、なにを考えていたのか。

今でも僕にはなに一つ、わからず仕舞いです。



そうこうしているうちにすべての高校の出番も終わり、迎えた結果発表。
こちらには全国に行くという大きな目標があるので、人のことなど気にしてはいられません。

出場校は6校。そのうち1校はほとんど審査対象外のため、実質5校。
表彰は、3位まで。上位2校のみが、県大会に進出できます。

そんな形式にも関わらず、最初に3位として僕らの高校の名前が読み上げられたとき、もう県大会にもブロック大会にも全国大会にも行くことのできない「負けた」という事実だけが、なによりも早く突きつけられていました。

…ちょっと待ってくれ。どうしてなんだ。ちゃんと審査したのか? っていうかこの形式だったら普通1位から発表すべきだろうが。そんなことすらわかんねえのかよ。バカなのかどいつもこいつも。

表彰のために登ったステージで、まったく欲しくもなかった3位の賞状を受け取りながら、僕はずっと、そんなドス黒い感情に包まれていました。

そこから、どうやって帰ったのかもよく覚えていません。
気がつくと自転車に乗っていて、家までの道を泣きながら漕いでいました。

その途中、ずっと降ってんだかどうかわからないくらいの小雨が降っており、
負けたことによる張り裂けそうな悔しさと怒りの中で、降るならもっと降れよクソが! と、その微妙な雨にすら腹を立てていました。

せめてずぶ濡れにでもなれれば、少しはすっきりできるかもしれないのに。めちゃくちゃに泣いても叫んでも聞こえないくらいの雨の中で、とことんズタボロにしてほしいのに。
そう思いながらも、しかしあまりに濡れて帰ると家にいる家族が心配するかもしれないと、持っていたレインコートを取り出してみてはまた仕舞い、そんな中途半端なことをしている自分にさえ、イラ立ちは募っていきました。
本当は、審査員の胸ぐらを掴んでぶん殴ってやりたかった。あとで聞かされた個人的な好みにでしかないような講評に、真っ向から文句を言ってやりたかった。でも、そんな度胸もなかった。

行き場のない感情を爆発させる方法もないまま、じっとりとまとわりつくような微妙な雨の不快感がまるで高校で置かれている自分の現状のようにすら思え、その沼に溺れて発狂しそうになる自分を、ぎりぎりのところで踏みとどめていました。



家に着くと、母が一人、居間でくつろぎながらテレビを見ていました。
そうして帰ってきた僕を一瞥すると、「おかえり」と短く発したのち、夕飯が台所にあるから好きに食べるようにと言いました。

僕はそれに曖昧な返事を返したのち、
「…なんか、酒飲みたい」
と、いつの間にやら口走っていました。

もちろんそんなことは今も昔も法律違反であり、言ってしまったあと、ああ、怒られるかな、それとも理由を問い詰められるかなとぼんやり考えていましたが、
それに対し、母は特にリアクションもなく、

「冷蔵庫にビールあるよ」

と、テレビに視線を向けたまま、言いました。

もしもここでなにか聞かれていたら、また辛くなっていたと思うから、
このときの母の対応には、今でもこっそり感謝しています。

それから自分の部屋で慣れないアルコールを煽っては、また泣きました。
結局負けたのは自分のせいでしかなくて、その無力感だけが津波のように押し寄せてきて、もう泣くことくらいしかできませんでした。

次の日、朝起きて食卓に行くと、
母からなにかを聞いたのか、それとも僕のひどい顔を見たためかはわかりませんが、
父が開口一番、「(学校)休むか?」と言いました。

こんな両親だったから、心配をかけたくなくて、グレることも、高校を辞めて逃げ出すこともできなかった。

そうしてその日は、むしろ休んだ方がいいくらいの最悪な体調でしたが、
「行く」と、ほとんど反射的に答えていました。

高校のやつらは、僕らが負けたことも、演劇の大会があったことすらもきっと知らない。

でも、万が一にでも、負けたショックで休んだみたいに思われたくはなかった。

これ以上、なに一つとして負けたくはなかった。ただ、それだけでした。

もはやなにと闘っているのかもわからない中で、
息もできない沼の底でもがきながら、
「負けたくない」と、強く、思っていました。

(文・善雄善雄)

<善雄善雄出演情報>
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当記事はソーシャルトレンドニュースの提供記事です。

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