栗山民也インタビュー~眞島秀和×岸井ゆきのがぶつかり合う愛と家族の物語、舞台『月の獣』

SPICE

2019/10/11 19:00



アメリカの劇作家、リチャード・カリノスキーが第一次世界大戦中に起きたアルメニア人迫害の実話に基づいて描いた『月の獣』(原題:Beast on the Moon)は、1995年にアメリカで初演されて以降、2001年にはフランス演劇界で最も権威のある「モリエール賞」を受賞するなど、世界各国で上演されている作品だ。日本では2015年に栗山民也の演出で初演され、今回は栗山の強い希望で4年ぶりの再演が実現したという。

物語は、第一次世界大戦終戦から3年経ったアメリカ・ミルウォーキーを舞台に、国を追われたアルメニア人のアラムと、同じくアルメニア人で彼の妻となる少女セタが、失われた家族を再建しようと、心に深い傷を抱えながら懸命に生きる姿を描いており、今公演では眞島秀和がアラム役、岸井ゆきのがセタ役でそれぞれ出演する。

栗山を強く引き付けるこの作品の魅力はどこにあるのか、栗山本人に話を聞いた。

「こういう作品をもっと上演して残していかなければ」


ーー今作を4年ぶりに上演することになったきっかけは何だったのでしょうか。

例えばヨーロッパだと、同じ作品をレパートリーとして1年間くらい上演することが当たり前に行われています。そうすると、演劇作品は生きものなので、やればやるほど強く美しくなっていくんです。日本の場合は、どうしても上演期間が限られていて、もっと長い期間やりたいな、と思っても劇場が空いていないとか、物理的にも不可能です。2015年に初演して以来、この作品はずっと体のどこかに引っ掛かっていました。それと、今は世界がとても危険な状況になっていると感じているから、文化という力を僕らはもう一度確認しなければ、という思いがあります。
演劇というのは、エンターテインメントの部分ももちろんありますが、もう一度人間を見つめる、世界のあり方をみんなで学ぶ、といったことも必要なんですよ。そういう意味でも、この作品は登場人物同士のセリフがお互いに刺さるし、それが観客にも強く響いて、こういう痛みを忘れないということこそ、とても大事なことだと思うんですよね。

『月の獣』栗山民也
『月の獣』栗山民也

ーーこの作品との最初の出会いを教えていただけますか。

以前、親友がパリに住んでいて、よく訪れていました。パリでは彼が毎晩のように舞台のチケットを用意してくれて、そのときに出会った演劇は僕の中で非常に貴重なものになっています。彼から「すごく面白いよ」と何本かの戯曲を渡された中に『月の獣』がありました。この作品はフランスでも上演されてモリエール賞を獲っていますが、そのときの主演俳優がフランスの太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ)のシモンという俳優で、彼もまたアルメニア出身なんです。それで読んでみたら、やはりすごい作品でした。どこかで上演できないかな、と15年くらい温めていて。実は、僕はノートに40本くらいやりたい作品を書き留めてあって、でも演劇というのは時代と向き合うものだから、リストの上から順番にやるというわけにもいかなくて、「今これだ」と思える時を待つわけです。井上ひさしさんの作品とかも、上演するたびに「今のために書かれた作品だ」と思えるし、こういう作品をもっと上演して残していかなければならないですね。​

「俳優は自立した独自の個性を持っていることが大事」


ーーアルメニア人の青年・アラム役の眞島さんは、今年2月に栗山さんが演出した『チャイメリカ』にも出演していました。

例えば若い人の役でキャスティングをするときに、プロデューサーが持ってきた俳優の写真を並べると、みんな同じ顔に見えるんですよ。俳優は自立した独自の世界を持っていることが大事で、それが魅力に繋がるんです。“自分はこうなんだ”という確固たるもの、それは見た目だけじゃなくて、物の考え方とか想像力とか、そうしたものを持っている人こそが面白いのに、日本の教育ってそうじゃないですよね。みんな横並びで、そこから外れるといじめられる、ちょっと秀でると頭を叩かれてしまう。
眞島さんは、他の人とは何か違うものを持っていると思います。まっすぐ何か一つのものを見つめているような姿勢が、この作品のアラムと重なります。「広く浅く何でもできる」という人は結構いるんですけど、僕は「このことならとても得意」という人に出会いたいし、そういう人に魅力を感じます。こうした海外の戯曲を読むと、ものすごく特異な性格の人たちと出会えますが、日本だと登場するキャラクターに共感できることが要求される傾向があって、それは見ている人が共感して安心したいんでしょうね。自分が共感できない、脅かされる存在が作品の中に加味されると、それに対して壁を作ってしまうんでしょう。人間関係でもそうで、ケンカしない、恋をしない人が増えているというのは、自分が傷つきたくないからですよね。でも、ケンカと恋、この2つがなかったら人間はダメになっちゃう。ケンカと言ってももちろん、殴り合うってことじゃないですよ(笑)。違う意見の者同士が、ちゃんと自分の思うことで向き合うという意味です。​

『月の獣』ビジュアル写真
『月の獣』ビジュアル写真

ーー今作の2人は、ちゃんとケンカもしますね。相手役の岸井さんはどのように選ばれたのでしょうか。

昨年のNHK朝ドラ『まんぷく』に出ているところを見たら、14歳という設定だったので実年齢もそれくらいなのかと思ったら、年齢は当時26歳と聞いて、騙されました。『月の獣』はものすごい時代背景を背負いながらも、悲劇の末端の傷ついた民族たちの等身大の話なので、岸井さんの持っているまっすぐな雰囲気や、ちょっと鋭いところなどが作品に合うと思いました。​

「忘却された人たちの声を再生するのが、僕たちの仕事」


ーー2015年の初演から今回キャストも変わるということで、演出的に何か変えてみようと思われている部分はありますか。

自分の視点の根っこみたいなものはあまり変わらないですが、実際にやってみると全然違ったものが見えてくるだろうし、ましてや人が変わるし、それらに対応して作っていきますから、以前とはやっぱり変わりますね。改めて向き合ってみると、聞こえてくる言葉の重度が全然違ってきたりもします。この作品からは、魂が燃えているような何かが感じられるんです。​

ーー血の繋がりのない者同士が家族になっていく、という物語は温かさもありながら、登場人物が孤児であることを考えると、やはり重たい内容ですね。

幸せを作るのも人間だし、悲劇を招くのも人間なんですよね。だから、その悲劇を生んだ事実を省みたり、検証したりする必要があるんです。僕はベルリンの街がとても好きで、もう何十回と訪れているのですが、ブランデンブルク門の近くに「ユダヤ人のための記念碑」があって、地下の情報センターにはユダヤ人の記録が残されています。そこに行って、僕は思ったんです。歴史から忘却された人たちの声をもう一度再生するのが、僕たちの仕事なんだ、と。その死者たちに劇作家が言葉を与えたらもう一度生きる事ができる、それを現代の俳優の肉体に宿すのが僕たちの仕事なんだ、ということを、特にヨーロッパの劇作家の本を読んでいると痛烈に感じます。​
『月の獣』栗山民也
『月の獣』栗山民也

ーー栗山さんはミュージカルなども手掛けていますが、今作のように少人数でやる劇を通じて、観客にどのようなことを伝えたいと思いますか。

僕はいつも、世の中で今欠けているものは何なのか、と考えていて、それを演劇という力で満たすことができないか、世の中に便乗するのが文化じゃないだろう、と思っています。最近は、余計なものは取り除いて、最後に残ったものだけがそこに存在する劇、俳優がただ立って魂から言葉を発している、そんな瞬間に出会いたいと思っています。僕のこの世界への入り口は能だったので、そこに戻って来た感じがしますね。最近のエンターテインメントは、観客に過剰に説明している舞台が多いんじゃないかな、と思ってしまいます。観客と俳優のちゃんとした出会いがあれば、何かがそこに必ず生まれる、というのが演劇だと思います。そんなふうにして、劇場に来てくれた観客と、演劇を通して語り合いたいですね。​

舞台『月の獣』イメージ映像

取材・文・撮影=久田絢子

当記事はSPICEの提供記事です。

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