「ジョーカー」底が知れない狂気の物語、アンタ、どこまで正気なの?

エキレビ!

2019/10/7 09:45

『ジョーカー』は、底が知れない映画である。一見すると社会的弱者を扱った映画なのだが、全編見ると巨大な沼のような構造になっていることがわかる。まさにジョーカーというキャラクターを体現したような一本だ。


バットマン最大のライバルにして稀代のスーパーヴィラン、ジョーカー
ジョーカーというのは、言わずと知れたバットマンの悪役である。この2人はアンパンマンとばいきんまんみたいなライバル関係にあり、長年コミックや映画やアニメで戦いを繰り広げてきた。発狂したような笑い声をあげながら時にバットマンをおちょくり、時に最悪なジョークのような方法で犯罪や殺人を犯すジョーカーだが、ジョーカーのような最悪の犯罪者なくしてはバットマンは成り立たない。敵同士でありながら、互いのアイデンティティのために互いが不可欠であるという関係にある。

このジョーカーというキャラクターの特徴の一つが、どうやって誕生した悪役なのかがはっきりと設定されていないという点にある。『ダークナイト』では自分の出自を喋るたびに内容が異なるというふうに描写されていたが、コミックでも完全に固まった設定があるわけではない。1988年に出版された『バットマン:キリングジョーク』で描かれた「生活苦から犯罪に走ったコメディアンがバットマンに遭遇し、有毒物質の入ったタンクに落下して張り付いたような笑顔と異様な風体に変化してしまう」というオリジンが有名だが、これとて「こういう話もある」という程度の扱いでしかない。「どう定義付けてもいい」というのが、ジョーカーというキャラクターの不思議なところである。

貧乏な道化師アーサーが社会からいじめられまくる、というストーリーではあるけれど……
現在公開されている映画『ジョーカー』はこの点を利用し、いかにしてジョーカーは誕生したのかというストーリーを改めて語り直す。主人公は貧乏な道化師のアーサー・フレック。高齢の母親の介護をしつつ、コメディアンになりたいという密かな夢を胸に秘めた中年男である。路上で営業していたところをチンピラに襲撃されて持っていた看板をぶっ壊されたり、ソーシャルワーカーには面談で説教されたりと、なかなか厳しい生活を強いられている。

おまけにアーサーには、精神的な疾患があった。気持ちが高ぶったり緊張したりすると、なにもおかしくないのにひきつったような高笑いが出てしまうのだ。何種類も精神薬を飲みつつ、なんとか道化師の仕事を続けようとするアーサー。しかしトラブルから仕事も失い、また社会保障費の切り詰めによって公的な支援も受けられなくなる。次第に追い詰められていく中、とある地下鉄で巻き込まれたトラブルがアーサーにとって大きな転機をもたらす。

映画は、アーサー・フレックがジョーカーになるまでを追ったストーリーである。「衝撃的!」みたいな宣伝が出回っている本作だが、実のところさほど衝撃的なことは起こらない。というか、一見すると「そりゃまあ、こんだけキツい立場に置かれたこういう人がここまで追い込まれたら、そういうことになるわな」という事件が連鎖的に発生するので、意外なほど理路整然としている。

その理路整然具合に関して言えば、アーサーを演じたホアキン・フェニックスの演技と体格に依るところも大きい。体重をグッと落としガリガリになったホアキンの背中に浮き出る背骨や肩甲骨、腹の肋骨の線は痛々しく、見るからに弱々しい。おまけにホアキンのアーサーからは「この人が同じ職場にいたら絶妙に始末に困りそうだな……」という雰囲気が漂っている。

悪い人ではないのだが空気が読めず、そこまで面白くない冗談を変なタイミングで言い、毎日同じ服を着てて、おまけに唐突に笑い出す独身でガリガリのおっさん……。「悪い人じゃないんだけどね……」と本人がいないところで悪口を言われているところが容易に想像できる。そもそもルックスやコミュニケーションスキルの点で、ホアキン演じるアーサーは相当な社会的ハンデを負わされているのだ。

ちょっと前、インターネットで「キモくて金のないおっさん」という言い回しが流行った(ちょっと言葉選びが露悪的すぎるな~とおれは思っている)。言っちゃなんだが、アーサーはキモくて金のない、救われないおっさんである。そんなおっさんが徐々に徐々に追い込まれたらどうなってしまうのか。見様によっては痛快で救いのあるストーリーが展開されるのだが、しかしキモくて金がないおっさんが救われるためにはこの映画くらい開き直らなくてはならない、というのがすでに悲劇ではないかと思う。

このように『ジョーカー』は、社会からつまはじきにされ、ずっと世の中から無視されてきたおっさんの痛快復讐劇と言えなくもない。しかし、そう言い切っていいのか、まだおれにはよくわかっていない。なぜなら、ホアキンのジョーカーは「どこから狂ったのか」がよくわからないのだ。

どこまでも底が知れない、何も信用できない映画『ジョーカー』
この映画、確かにまあまあおっかない映画でもあるとは思う。アーサーのような立場にいる人に「これは俺の話だ!」と強く思わせられるようなフックが大量にあるし、さらにその悲惨な境遇を解決するための解決策まで提示している。真似したくなってもおかしくはない。

しかし、『ジョーカー』はそんなに単純な映画ではない。上にも書いたように、この映画はどこまで語り手のことを信用していいのか全然わからないのである。アーサーは精神的な疾患を抱えており、それなりの期間にわたって入院までしていたことが冒頭で明かされる。劇中彼がひどい目にあわされるたびに彼の精神はズタズタになっていき、そのたびに妄想が激しくなっていくことは描写される。が、実際のところアーサーがどのタイミングから狂ったのか、なんだか全編通して見てもよくわからない。

あの変なタイミングで高笑いする癖も、何が原因でどうしてそうなったのかわからないし、映像に映っているものもどこまでがアーサーの主観でどこからが客観的に存在しているものなのかわからない。そうである以上、『ジョーカー』を社会的な問題意識を抱えた作品として扱ったらいいのか、それとも最初から狂人の映画として扱ったらいいのかもわからない。「社会によって壊された、キモくて金のないおっさんの物語」と言い切ることができないのである。

この何も信用できない、底が全然見えない感じこそが、『ジョーカー』という映画のキモである。ジョーカーというキャラクターは「根底に何があるのかよくわからない」というのが特徴であると上に書いたが、まさにこの映画はそのよくわからなさを体現している。悲劇かもしれないし、喜劇かもしれない。どこまで映画の内容を真に受けるかは、観客の判断に委ねられている。

底が知れない狂人にがっつり感情移入するのは、正直やめたほうがいいと思う。しかし『ジョーカー』劇中で描写される要素は、しんどい生活を送っている人にとって「お前は俺だ!」と言い切りたくなる誘惑に満ちている。一定の距離を保った方がいいと知りつつ、おれもジョーカーのようになれたら……とつい考えてしまう。衝撃的ではないが、じわじわとおっかない。そんな誘惑に満ちた映画である。
(しげる)

【作品データ】
「ジョーカー」公式サイト
監督 トッド・フィリップス
出演 ホアキン・フェニックス ロバート・デ・ニーロ ザジー・ビーツ フランセス・コンロイ ほか
10月4日より全国ロードショー

STORY
年老いた母親と貧乏暮らしを送る、精神疾患を抱えた道化師アーサー。社会からつまはじきにされ、少しづつ追い詰められた彼は、仕事をクビになって乗った地下鉄の中である事件を起こしてしまう

当記事はエキレビ!の提供記事です。

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