「いだてん」さらば嘉納治五郎。田畑に託したストップウォッチに込められたメッセージ37話

エキレビ!

2019/10/6 10:00

「嘉納さん、返上してください」「だめだ、こんな国でオリンピックやっちゃオリンピックに失礼です」「いまの日本はあなたが世界に見せたい日本ですか!?」

先週9月29日放送の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」第37話で、田畑政治(阿部サダヲ)が土下座をして訴え出た。相手は、エジプト・カイロでのIOC総会に向かおうとしていた嘉納治五郎(役所広司)だ。1940年の東京オリンピックは、大会組織委員の足並みがそろわず準備がなかなか進まないところへ日中戦争が勃発し、開催が危ぶまれていた。


田畑は嘉納にオリンピック返上を求めるが…
当初、すぐに収束すると見られた日中の衝突は、1ヵ月が経っても収まる気配を見せなかった。嘉納とともにIOC委員を務める副島道正(塚本晋也)は独断で首相の近衛文麿と面会して補助金の追加を求め、これが認められなければオリンピック返上もやむをえないと口にする。国会でも、戦争をしている国で平和の祭典を行なう矛盾を突いて、田畑のかつての同僚で衆院議員の河野一郎(桐谷健太)がオリンピック反対を主張していた。嘉納から聖火リレーの役を託された金栗四三(中村勘九郎)もまた、自身の全盛期だった1916年のベルリンオリンピックが第一次世界大戦のため中止となり涙を飲んだ経験から、はしごを外されて目標を失った選手の気持ちを田畑相手に切々と訴える。

そうした周囲の人々の言動を受けて田畑は悩んだあげく、オリンピックの返上を進言したのだ。それができるのは、誰よりもスポーツ精神の大切さを知り、世に説き続けてきた嘉納治五郎しかいないと思ってのことだった。冒頭にあげたセリフはこのときの田畑のセリフだが、それは2020年の東京オリンピックまで1年を切ったいまの日本に問いかけているようでもある。この時期にこんなセリフを主人公に言わせてしまう、「いだてん」はやはりすごいドラマだ。

嘉納、最後の大舞台で東京開催を承認させる
嘉納は結局、田畑の進言を聞き入れないままカイロへと旅立つ。そこで待っていたのは、各国のIOC委員による厳しい追及だった。いまや日本とは敵国となった中国代表の王正廷(ホァンシー)が開催地の変更を求めたのをはじめ、委員たちからは満州国の参加への反対論や、さらには競技場、聖火リレー、補助金などに対しても質問があいつぐ。納得させられるだけのプランを何一つ用意できないまま総会にのぞんだ嘉納にとって、まさに四面楚歌、針のむしろの状況だ。それでも彼はやおら立ち上がり、並み居る委員を見据えるとこう訴えかけた。

「返す言葉もございません。まったくな情けないかぎりですが、30年、IOC委員である私を信じていただきたい。オリンピックと政治は無関係。証明してみせます、東京で。信じてください。ジゴローカノー、ビリーブ・ミー。順道正勝。逆らわずして勝つ!」

嘉納は自身に対する各国委員の信用のみを担保に、あらためてオリンピックの東京開催を承認させてしまう。嘉納が出発前に語っていたとおり、まさに最後の大舞台であった。1938年春のことである。その報を受けて大会組織委員会では万歳が上がるが、田畑は憂鬱だった。嘉納が世界に認めさせてしまった以上、オリンピックをやるしか道はない。オリンピックをめぐり対立する仲となった河野に助けを求めるまで思い詰める。

「人生で一番面白いこと」をやり残したまま嘉納死す
大役を果たした嘉納は、北アメリカ経由で帰国の途に就いた。カナダ・バンクーバーから氷川丸に乗る際、若き外交官の平沢和重(星野源)と一緒になり、横浜に着くまで13日間をともにすごすことになった。平沢が1964年の東京オリンピック招致にあたり、IOC総会で最終スピーチを行なった人物であることは第1回で描かれたとおりである。

出発して最初のうちこそ、嘉納は疲れを一切見せず、分厚いステーキを注文するなど77歳とは思えない健啖ぶりで平沢を驚かせた。だが、海が荒れ出すと、さしもの彼も風邪をひいて臥せるようになる。それでも数日後には少し体調を取り戻し、船長の招待に応じてお茶会に顔を出した。そこで彼は集まったみんなで「人生で一番面白かったこと」を話そうと提案する。

嘉納は乗り合わせた人たちの話にニコニコしながら耳を傾け、平沢にも話すよう促した。しばらく考えたうえで彼が口にしたのは、「今朝自分のした大便が偶然にも平沢の『ひ』の字の形をしていた」というものであった。外交官らしからぬ下ネタだが(もちろん宮藤官九郎の創作である)、星野源が言うとあまり下品に感じられない。星野といえば、細野晴臣など各界の大物たちから愛されるキャラで知られるが、それだけに嘉納の生涯最後の話し相手を務める相手としてまさに適役であった。

やがて嘉納も「人生で一番面白かったこと」を話し始める。そこでは、羽田競技場でのオリンピック予選にはじまり、初めて日本が参加したストックホルムオリンピック、水泳で金メダルラッシュに沸いたロサンゼルスオリンピックの思い出とあわせて、金栗四三や田畑政治のことをうれしそうに語ったのだが、いずれもまだ人生一番とまでは言い切れない。すっかり考え込んでしまった嘉納だが、平沢に「一番は東京オリンピックじゃないですか?」と助け舟を出されて、ハッと目を見開く。

「そこだよそこ、これから一番面白いことをやるんだ、東京で!」「『本当にできるのか?』と眉をひそめてぬかしおった西洋人どもをあっと言わせるような大会をやるんだ」「みんなが驚く、みんなが面白い、そんなオリンピックを見事にやってのける」「うん、これこそ一番!」

「一番面白かったこと」を将来に見出した嘉納は喜びながら自分の船室に戻るのだが、この間、咳がひどくなっていく。再び床に就くと、1938年5月4日、太平洋上で帰らぬ人となった。1961年の寄席で「オリンピック噺」を披露していた志ん生の弟子の五りん(神木隆之介)は嘉納の死を語ったところで高座から下がるが、あとになってオチがつけられなかったことを悩む。「オリムピック噺」も時代が戦争に入っていくとともに暗くなる一方で、とても笑い話には終わらせられない。悩む五りんの姿を、作者の宮藤官九郎と思わず重ね合わせてしまう。

嘉納のストップウォッチに込めたメッセージとは?
だが、希望がまったくないわけではない。横浜に着き、棺に納められた嘉納の遺体を前に関係者が集まるなか、田畑に平沢が嘉納から預かったストップウォッチを渡す。ストップウォッチはいつボタンを押されたのか、しっかりと時間を刻んでいた。嘉納はおそらく「時間の流れを止めるな」というメッセージを込めて、田畑にストップウォッチを託したのではないだろうか。

嘉納はこれまで準主役ともいうべき活躍を見せてきただけに、ここへ来ての死はドラマにとって大きな曲がり角といえる。一方で、第37話では、田畑政治と、のちに東京都知事になる東龍太郎(今回、体協の参与として登場した/松重豊)に加え、平沢和重が登場し、戦後の東京オリンピック招致の立役者となる3人が出そろった。嘉納の遺志を彼らがどう受け継いでいくかが、今後の大きな見せどころとなることは間違いない。

第37話ではまた、嘉納の死にかぶせるように、志ん生(ビートたけし)が巨人軍祝勝パーティーにて脳出血で倒れた。かつてバイク事故で実際に生死の境をさまよったことのあるたけしが、病に倒れた志ん生をどう演じるかも気になるところだ(そういえば、五りんに志ん生が倒れたと知らせに来た知恵〈川栄李奈〉は大の長嶋茂雄ファンだったが、祝勝会で会えたのだろうか)。

きょう放送の第38話ではさらに、五りんの出生の秘密がついに明かされるという。これまで並行して描かれてきたオリンピックの物語と志ん生の物語が、ここへ来て五りんを介して結びつけられることになるのだろう。「いだてん」はいよいよ佳境に入ろうとしている。

政治から「介入」されるのではなく「見放された」オリンピック
平沢和重は、嘉納の最期についてかなりくわしく書き記している。それとドラマでの描写を照らし合わせると、かなり忠実に再現していることがうかがえる。印象的な「いままで一番面白かったことを話し合おう」との提案も、4月29日の天長節(天皇誕生日)に際し、船長からお茶会への招きを受けた嘉納が実際に出したものだった。ただし、平沢によれば、嘉納はこのときほとんど口を聞かず、お茶や菓子もあまり口にしないまま、一番先に退出してしまったという。それでも直前までは、劇中の語りにもあったように食後1時間近く話し込み、平沢は嘉納からカイロ会議での各国の動向や、自らの生い立ちについて面白おかしく聞かせてもらったようだ(丸山三造編著『世界柔道史』恒友社)。「いだてん」ではそのことも踏まえてだろう、お茶会でのオリンピック談義へと見事に昇華していた。

1940年の東京オリンピックは、ドラマを先回りしていえば、日中戦争の激化にともない返上にいたった。そこだけ切り取れば、政治が原因で幻に終わったといえる。だが、その経緯をつぶさに見ていくと、政治が介入したからというよりも、むしろ政治に見放されたせいでそうなったと言ったほうが正しいように思えてくる。

「いだてん」の劇中でも、陸軍から「国民の体育の全般的向上をめざし、団体訓練に役立つよう、やっていただきたい」との要請こそあったが、その後、大会組織委員会に対してとくに口出しする場面は出てこない。首相の近衛文麿も、副島道正からの補助金の追加の求めに対し回答はしなかった。史実では近衛はこの要請を断っている(橋本一夫『幻の東京オリンピック』NHKブックス)。

結局のところ、政府にも軍部にも、東京オリンピックを、ナチスのベルリンオリンピックのようにプロパガンダに用いる思惑はまったくなかったのである。そう考えると、オリンピックを国家的大事業に位置づけようとした嘉納と、それに反対する副島や田畑の争いも、所詮はコップのなかの嵐にすぎなかったのではないか。見方を変えれば、当時の日本はもはやオリンピックやスポーツを顧みる余裕すら失っていたのだろう。嘉納たちの悲劇はそこにこそあった。(近藤正高)

※「いだてん」第37回「最後の晩餐」
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺・古今亭志ん生:ビートたけし
タイトルバック画:山口晃
タイトルバック製作:上田大樹
制作統括:訓覇圭、清水拓哉
演出:井上剛
※放送は毎週日曜、総合テレビでは午後8時、BSプレミアムでは午後6時、BS4Kでは午前9時から。各話は総合テレビでの放送後、午後9時よりNHKオンデマンドで配信中(ただし現在、一部の回は配信停止中)

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