CHEMISTRYがいま歌う理由とは? 再始動後初のアルバム『CHEMISTRY』完成までの心境と未来のこと

SPICE

2019/9/27 17:00

再始動を果たしたCHEMISTRYが7年半ぶりのとなるアルバムを完成させた。初のセルフタイトルとなる『CHEMISTRY』だ。2016年末の再始動発表から2年半。「Windy/ユメノツヅキ」をはじめ、4枚のシングルをリリースしつつ、精力的なコンサートツアーを重ねてきたCHEMISTRYが完成させた全12曲は、再始動から現在に至るまでのすべてが詰まったドキュメンタリーのような1枚だ。松尾潔、川口大輔ら、初期のCHEMISTRYサウンドを支えたプロデューサー陣に加えて、アルバムにはCHEMISTRYの遺伝子を受け継ぐ新世代クリエイターも参加したことで、ユニットの代名詞であるR&Bサウンドを様々な角度から突き詰めた。以下のテキストでは、改めて今作『CHEMISTRY』に至るまでの心境を振り返ってもらいつつ、いまCHEMISTRYが歌う意味は何なのか?を訊いた。


――いつか、またふたりで活動をするというのはずっと考えていたんですよね。

堂珍嘉邦(以下、堂珍):そうですね。“パワーアップして帰ってくるね”ということを約束して、長いソロ活動に専念したんです。

川畑要(以下、川畑):“解散”ではなく、“休止”なので、待ってくれてる人の想いみたいなものを、ずーっと頭に置きながら、それぞれのソロをやってたんですよ。で、ちょうど2016年に15周年のタイミングが近づいてきたときに、俺から(堂珍に)連絡をして。“とにかくライブでもやろうか”みたいな感じだったんです。それが2年半前ですかね。早いですね(笑)。

――再始動の狼煙を上げるのは、リリースよりもライブのほうがピンときたんですか?

堂珍:ふたりが最初に何をやりたいのか?っていうのを考えたときに、共通点がライブだったんですよ。シンプルじゃないですか。5年前にライブでソロ活動に突入したから、ここはライブではじめるのが筋かなという。だから、たぶんその当時はふたりともアルバムっていうところまでは考えてなかった……よね?

川畑:うん、考えてなかったです。

堂珍:とりあえず、ふんわりと“アルバムまでいけたらいいね”ってはじまって。本当は、再始動をして周りが“おっ!”って盛り上がってくれてるうちに、あたかも“前から作ってたんじゃないの?”っていうぐらいの感じでサササッと華麗にアルバムも出せたらよかったんだと思うんだけど、1個1個を丁寧にやっていくうちに、このタイミングになったんですよ。もう途中からゆっくり吟味してやろうって気持ちに切り替わってました。

――実際、国際フォーラムで5年ぶりにふたりで歌ったのは、どうだったんですか?

川畑:ふたりとも音楽をやめたわけじゃないから、ふつうにサッといけたんですよ。

―― もっとこう……“ふたりで帰ってきたぜ!”みたいなのは?

川畑:そういう感動的なことまでではなかったですね(笑)。音楽から離れてたら、歌い方もすべて忘れちゃって大変だったと思うけど、お互いに音楽を続けたから。それ以前に10年間CHEMISTRYをやってたことは、そう簡単に消えないなっていうのはありましたね。
CHEMISTRY/堂珍嘉邦 撮影=横井明彦
CHEMISTRY/堂珍嘉邦 撮影=横井明彦

久しぶりにふたりの声を重ねると、噛み締めるものがあったり、その歌の意味がスッと入ってくることがあったり、昔とは違う感覚はありましたね。


――堂珍さんは?

堂珍:僕は楽しかったですよ。個人的な話になるんですけど……このとき、ちょうどうちの親父が亡くなったんですよ。僕はアメリカのグラミーを見に行ってて、アデルのパフォーマンスを見てたときに、おふくろから危篤だって連絡があって。事故だったんですけど。これはマジでヤバいっていうので、急遽帰らなきゃいけなくなったんです。

――グラミーは1月だから、国際フォーラムの1ヵ月ぐらい前ですか?

堂珍:そう。そこから葬儀やらで、いろいろな人に迷惑をかけることになってしまって。僕はリハが4日しかなかったんです。要は要で、相方がいないから、ひとりでやるしかなくて。正直、僕は音源を聴き返す時間もなかったんですよ。

――バタバタだったんですね。

堂珍:でも、そこでいろいろな人たちに協力をしてもらったことで、すごくひとつになれた気はして。親父は“ふたりで歌う姿を見るのを楽しみにしてた”っていう話なんかもあとから聞いて、それだけは叶えてあげられなかったんですけど……。

――堂珍さんに関しては、お父さんとのお別れっていう人生の節目と、CHEMISTRYの再始動が重なっていた、と。

堂珍:そう。でも、久しぶりにCHEMISTRYとして、ひとつの歌にふたりの声を重ねると、何だろうな……なんか一言では言えないけど、噛み締めるものがあったり、その歌の意味がスッと入ってくることがあったり、昔とは違う感覚はありましたね。

――なるほど。メディアでも大々的に“CHEMISTRY復活!”が取り上げられてましたけど、世間の反応はどんなふうに受け止めてましたか?

堂珍:おもしろがってましたね(笑)。

川畑:いちばん気になりますよね、そこが。“やりたい”っていうのは僕らの気持ちで、フォーラムみたいな大きい会場でやることにしたけど、それは当たり前じゃないと思うんですよ。当然、離れた人もいるだろうし、ただ単純にうれしいだけじゃない、緊張感はありましたよね。また動かすっていう責任はデビューとは全然違いましたね。

――蓋を開けてみたら、デビュー当時からのファンの方もいれば、休止以降に知ったような方も巻き込むものになってますよね。

川畑:そうなんですよ。デビューが15年以上前だから、“お母さんが聴いてた”とか、そういう子たちが見にきてくれるんです。だから世代を超えて届いてたんだな、音楽は色褪せないなとか、それぞれの人生にCHEMISTRYがあるんだなっていうのを感じますよね。
CHEMISTRY/川畑要 撮影=横井明彦
CHEMISTRY/川畑要 撮影=横井明彦

いま“俺はCHEMISTRYなんだ”って気づくというか。CHEMISTRYだからこそ音楽をやりたいんだって再確認できる。


――再始動の第一弾シングル「Windy/ユメノツヅキ」は、CHEMISTRYらしいR&Bサウンドと、“ここから始まる”っていう決意を感じたのも印象的でしたけど、当時はどういう心境だったんですか?

川畑:まずはノリのいい曲で派手にいきたいっていうのはありましたね。それを、僕らの生みの親である松尾さんと作れたから、自信がありました。

――CHEMISTRYの再始動にあたっては、その次のシングル「Heaven Only Knows」にも、川口大輔さんも参加してますし、かつてCHEMISTRYサウンドを支えた面々と再びタッグを組むというのが、ひとつのテーマだったんですか?

川畑:まさに。あのタイミングでは、“はじめまして”のプロデューサーさんと一緒にものを作るイメージがまったく湧かなかったんです。実は松尾さんと一緒にやった作品は少ないんですよ。1stと2ndだけ。でも、僕らの歴史のなかでは、CHEMISTRYという名前をつけて世に出してくれた人だし、そういう人ともう一度一緒に仕事をすることで、良いものになるっていうのはあったんです。



――改めて一緒にやってみたことで、どんなことを感じましたか?

川畑:僕らはオーディション出身で、学生時代から一緒に音楽を作ってたわけじゃないんですね。そんな僕らをボーカリストとして生かすために、みんなが力を貸してくれていた。それに、僕らは一生懸命、歌で応えてたんだなっていうことを改めて感じました。CHEMISTRYを客観視できましたよね。やっぱりずーっと続けてたころは、振り返る暇もなかったし。いま“俺はCHEMISTRYなんだ”って気づくというか。CHEMISTRYだからこそ音楽をやりたいんだっていのを再確認できる。それが初期のチームですよね。

――なるほど。

堂珍:たぶん当たり前のようになってるところがあったと思うんですよ。でも、いまは感謝しかない。松尾さんはアルバムのプロデューサーという立ち位置ということもあり、“僕はライブはやらない”っていう分業なんですね。でも、僕らはライブもやるわけだから、そこで“お客さんが何を求めてるか”を考える脳も持って、アルバムに挑まないといけないなとは思ってたんです。もちろん松尾さんに身を委ねで、歌は完璧にやる。でも、その中身を作るうえでは、しっかり松尾さんとコミュニケーションをとらないといけない。っていうところで、少なからず松尾さんと一緒に食事にいったり、音楽の話をしたり、自分たちのソロ作品とか、音楽以外の、舞台の仕事も見にきてもらったんですよ。そのうえで、プロデューサーとして松尾さんが、いまの僕らに何を持ってきてくれるかは、僕らの気になるところでもあったし。それを松尾さんが自分のことのように親身に考えてくれたことに感謝してるんです。
CHEMISTRY 撮影=横井明彦
CHEMISTRY 撮影=横井明彦

――そうやって考え抜いた答えが、今回のアルバムなわけですよね。CHEMISTRY=R&Bであるっていう原点を貫いてる。それは、2000年代にCHEMISTRYがやっていたR&Bと、いまのR&Bは違うっていうところも含めて、考える必要があったと思うんです。

川畑:そうなんですよね。

堂珍:わかりやすく言うと、今回のアルバムは、新しいR&Bの要素もちょこちょこと取り入れつつ、ビンテージっていう感覚もあるんですよ。

――ええ、90年代に最先端だった海外のR&Bのニュアンスも色濃いですからね。

堂珍:そう、だから“これ、90年代じゃん”って言う人もいるかもしれないし、“いま聴くと、新鮮だね”と思う人もいるかもしれないけど。そこは作り手である僕らは、あんまり考えずにやる良さもありつつ、でも、ちょっとだけ新しいこともやってみようかっていうものを散りばめながらできたんじゃないかなと思うんですよね。

川畑:あと、僕らの特徴はR&Bテイストだって言われるけど、実際はいろいろなジャンルを歌ってるわけですよね。今回のアルバムもR&Bに特化してるけど、なかにはポップスっぽいものを入れたりして。このアルバムを作りながら、最終的に僕らの歌が入ると、知らないあいだにCHEMISTRYサウンドになるっていうところにいけたような気がしたんです。ポップになりすぎないというか。そこをデビュー当時も探してたと思うんです。

――ええ。

堂珍:もともと僕らは好きな人のモノマネから入って、自分の声を探すところから始まってるわけですよ。そのためにボーカルディレクションに和田昌哉さんも入ってくれて。だから、どうやってCHEMISTRYサウンドが生まれるか?って言ったら、チームなんですよね。ステージに立つのは僕らふたりだけど、ここまでの作品を作り上げるのは、プロデューサーの松尾さん、川口さん、和田さんっていう存在は不可欠だから。このタイトルが『CHEMISTRY』になったのは、そういう意味も込められてるんです。

――この2年半は、再びCHEMISTRYというチームを構築する期間だった……?

堂珍:いや、そこから、さらに新しいCHEMISTRYを作ろうと思ってましたね。できることが増えているはずだから、“その次”っていうところですよね。

――なるほど。さっき、“ライブをやっている脳をもって作品を作りたい”って言ってましたけど、それは具体的に言うと、どういうことだったんですか?

川畑:僕らはしっとりめの曲が多いから、もっと「ユメノツヅキ」みたいなグルーヴィーな、みんなで騒げるものがほしいっていうのは伝えてました。

――まさに1曲目の「Get Together Again」のような。

川畑:そうです。これは最後に録った曲なんですよ。

堂珍:ライブでは盛り上がれる曲が決まってきちゃってたからね。

川畑:見てる人たちにとって“これきた!”っていうのはあるだろうけど、僕らのなかでは物足りなさがあったんですよね。それで、こういう曲ができたっていう。これはtofubeatsさんのトラックですね。
CHEMISTRY/堂珍嘉邦 撮影=横井明彦
CHEMISTRY/堂珍嘉邦 撮影=横井明彦

“やっぱり歌うために自分はいるんだよな”って思わなきゃいけないし、それを確認するためにCHEMISTRYはあると思う。


――アルバムは若い世代のクリエイターと一緒に作った曲も多いんですか?

川畑:そうですね。そこは松尾さんが導いてくれたところも大きいんですよ。

堂珍:たとえば、「Horizon」(シングル(「Windy/ユメノツヅキ」通常盤・期間限定盤に収録)は、Alfred Beach SandalさんとトラックメイカーのSTUTSさんっていうっていうコラボユニットのカバーを、あたかも俺らのオリジナル曲のようにやったんですけど。

川畑:STUTSさんは、もともと僕らのファンだったみたいで。

堂珍:最初に買ったアルバムがCHEMISTRYだったっていうね。そういう作家さんが増えてるんです。おこがましいかもしれないけど、言うなれば、CHEMISTRYチルドレンみたいな。そういう人たちと、松尾さんがフランクに交流を持っていて、それを僕らも楽しんでやるっていう図式ですよね。そういうのがこのアルバムには2~3曲入ってます。

――他の曲というと?

堂珍:「サイレント・ナイト」はケンカイヨシさんですね。ぼくのりりっくのぼうよみさんの楽曲制作に携わったり、舞台演出も手掛けたマルチクリエイターです。

川畑:たまたま僕がブラックストリートのライブをビルボードで見たときに、会ってたらしいんですよ。そのときのライブのことを話したり、TeddyLoidさんが大好きでとか、本当にR&Bのことを喋り出すと止まらない感じでしたね。僕のほうがついていけないぐらいでした(笑)。

堂珍:そういうとき、僕らはニコニコしてるだけですね。

――あはは。「数えきれない夜をくぐって」は、スローテンポの甘いバラードです。これはもうCHEMISTRYの真骨頂かなと。

川畑:これは川口大輔さんですね。

堂珍:時間がないなかで、ギュッと作っていった曲なんです。

川畑:実は、その前にもう1曲作ってくれてて、それも、ものすごく良い曲だったんですけど、またアルバムに新しく書き下ろしたいって言ってくれたんです。“もっと良い曲を提供したい”って。その熱量にもグっとくるし、この曲は、僕のなかでは、すごいソウルなんですよ。ウィスキーを飲みながら聴きたいくらい(笑)。ボーカルに渋いだけじゃない艶があって、初めて出せた表情もあるなと思ってます。日本人で言うならば、玉置浩二さん、みたいな。

――年齢を重ねたからこその説得力みたいなことですか?

川畑:そう、でも、僕らのジャンルで言うと、久保田(利伸)さんのほうじゃないですか。

――たしかに。

川畑:でも、僕は玉置ソウルのような大人感とういか、強さを感じたんですよね。それが心地よいけど、背伸びをした感じもしなくて。これが、いまの自分の居場所なんだなっていうのを感じました。僕はアルバムのなかでかなり好きですね。
CHEMISTRY/川畑要 撮影=横井明彦
CHEMISTRY/川畑要 撮影=横井明彦

20周年が近いし、派手にやりたいです。そのためにも、このアルバムをどう羽ばたかせるかだと思ってますね。


――なるほど。今日のインタビューでは、“いまCHEMISTRYがふたりで歌う意味”みたいなものを訊けるといいなと思ってたんですけど、ふたりの言葉の節々から、バシバシ伝わってきました。

堂珍:あ、本当ですか?

――ええ、堂珍さんは“さらに新しいCHEMISTRYを作る”という発言があったし、川畑さんも“いまの新しい居場所”を見つけられたという話があって。

堂珍:やっぱりふたりでやることの意味は考えてましたからね。極論を言えば、歌うっていう行為自体の意味も考えたんですよ。自分が40歳になってみて、先輩のなかには“経験値があがることで歌うのが楽しくなる”っていう方がいて、その意味も半分わかるような気もするし。そういうなかで、50歳、60歳、70歳になっていくわけだから、音楽が好き、歌が好きっていうことを感じながら続けたいんですよね。

――大事だと思います。

堂珍:そのためには、時々、“やっぱり歌うために自分はいるんだよな”って思わなきゃいけないし、それを確認するためにCHEMISTRYはあると思うし。ふたりでできることはデカいから。そこの極みにいきたいですよね。そしたら、たぶん、けっこうな人数を動かせるんじゃね?って思ってるんです。

――川畑さんはこの先のCHEMISTRYについては、どんなふうに考えてますか?

川畑:やっぱり40歳って大事ですよね。個人的には半分生きたと思うんですよ。この先はいままでの40年とは違うだろうし。だから、このタイミングで再始動して、アルバムまで出せたのは大きいと思います。20周年が近いし、派手にやりたいです。そのためにも、このアルバムをどう羽ばたかせるかだと思ってますね。

取材・文=秦 理絵 撮影=横井明彦
CHEMISTRY 撮影=横井明彦
CHEMISTRY 撮影=横井明彦


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