浮世離れしたものを見せたあと、普段通りのショーを……~純烈物語<第10回>

日刊SPA!

2019/9/14 08:30

―[白と黒とハッピー~純烈物語]―

◆「白と黒とハッピー~純烈物語」第10回

とてつもないものを見たという余韻

その後に12曲を披露するプロの仕事

前川清がサプライズ登場し、それによって本当に驚いた酒井一圭が人目をはばかることなく感涙にむせる姿の生々しさは、あまりにもインパクトがありすぎた。ただごとではない状況が、エンターテインメントの世界から現実へとその場にいる者を引き戻してしまったのだ。

だが、いったん分散した集中力をすぐに戻したのも前川だった。無敵のアンドレザ・ジャイアントパンダに勝つための秘策を明かすや、何もそこまでというほどノリノリで自身の“アンモニア論”を雄弁に語った。

確かに、アンモニアのスメルを嬉しそうに嗅ぐ動物はあまり見たことがない。「ニホンオオカミのおしっこの匂いなんて、怖いぐらいで誰も近づこうとしないんだから!」と、あたかも経験者のような顔をして語る前川は、必要以上にしょんべんネタを連呼。

ダントツの大物が誰よりもお下劣だったことで、得体の知れぬグルーヴ感が発生した。完全に圧倒された酒井も止められず。袖から眺めていたスーパー・ササダンゴ・マシンは、前川の持っていく力に唸らされるしかなかった。

「あのあたりは、本当にさすがというしかなかったです。前川さんがノリノリでやってくれたことで、それまでは『NHK(ホール)でこんなことをやっていいの?』みたいな空気がどこかに残っていたのが『前川さんがあそこまでやるということは、大丈夫なんだ』って完全に変わりましたからね。

ああいうことはライブだからやれるのであって、テレビの中継があったらやらないです。テレビでやらないということは、インディーっぽさを表現できる。健康センターのお客さんとの距離感を、格式ある会場でやるとしたらどういうものかというのを考えたんです。

じっさい、NHKの人たちが視聴率と関係ないところで浮世離れしていますから、これはやれると。面白いことを一番優先するのは、じつはNHKなんですよ」

ササダンゴは’16年よりEテレの『NHK高校講座 社会と情報』にレギュラー出演しており、日本放送協会における現場の空気感をしっかりと把握していた。だから、周りが心配するようなネタも問題なしと踏んだ上で台本を書いたのだ。

考えてみれば、健康センターにおけるMCもくだらなくてバカバカしいものほど盛り上がったりする。たとえ大きなハコのきらびやかなステージになってもその距離感を変えずにやるササダンゴの発想は、なぜ純烈が支持されているかを理解できている証しといっていい。

◆「それじゃあな!」酒井にアンドレザ対策を授け、颯爽と去る前川清

酒井にアンドレザ対策を授けると、前川は「それじゃあな!」と去っていった。時間にすればほんの数分……こんなぜい沢な“使い方”は『8時だョ!全員集合』でもやらなかった。

「……アンモニアの匂いといえばおしっこ。おしっこといえば……ああっ! お漏らししてまだ履き替えていなかった俺のパンツだ!」

純烈をクビになりパンツを履き替えるどころではなくなったことが幸いするとは、これが芸能界というものなのだろうか。適度に湿った切り札を高々と掲げた酒井は、それをアンドレザの顔面に付着させる。

熟成された猛臭の前に、さすがの熊猫山脈も昇天するしかなかった。観客は、冒頭のお漏らしが安易な下ネタではなくここで回収されるためのものだったことに気づく。

酒井一圭、アンドレザ・ジャイアントパンダに勝つ!(たぶん) 両国のバトルロイヤルで敗れた借りをNHKホールで返すなど、4か月前はササダンゴ自身も想像していなかっただろう。

闘い終わってノーサイドなのはスポーツもムード歌謡も変わらない。たとえ一日限りであろうとも、アンドレザも立派な元メンバー。「また5人(正確には4人と1匹)で一緒に歌わないか?」と誘い、見事なまでの呼吸で『プロポーズ』を披露した。

「立場的には自分たちから言えなくても、辞めていったかつてのメンバーに対する思いはずっと残っていると思うんです。それは部外者である自分だから描けること。でも、このタイミングで友井(雄亮)さんに声をかけるわけにはいかない。じゃあもう一人、元メンがいるだろうということで、無理して根室から来てもらったんです」(ササダンゴ)

アンドレザを単なる客寄せパンダとはせず元メンバーの象徴的存在として起用し、そこから先は受け手側に膨らまし方を委ねる。ストレートで投げたら賛否両論を巻き起こしてしまうが、変化球を使えば是非の二択ではなく“ハッピー”という3つ目の選択肢を描ける。それこそが、ササダンゴことマッスル坂井が「マッスル」で見せてきた世界観だった。

エンディングで酒井は、純烈の輪をもっともっと広げて世界を目指したいと宣言。最上川司、真田ナオキ、ベッド・インの2人も加わり「ニューヨークのマジソンスクエアガーデンを目指します!」とブチあげると、オーディエンスにも配布された「入浴」の文字入りてぬぐいを振りながらBOØWYの『NO.NEW YORK』を一緒に合唱した。

“入浴”と“ニューヨーク”をかけたのは言うまでもないが、最後の最後に『NO.NEW YORK』を「にょう(尿)ニューヨーク」と言い間違えるという神降臨。ササダンゴが描いた「入り口と最後をバカバカしくすることでリアルな部分を生かす」は、その目論見を遥かに上回る取れ高で締めくくられたのだった。

開演直後に漂っていた不安かつ不穏な空気が、緞帳が下りたあとには「なんかとてつもないものを見てしまったの」というざわめきに塗り替えられていた。この情景をどこかで見たことがある……記憶を掘り起こすと、そこにはいかりや長介、加藤茶、仲本工事、高木ブー、そして志村けんが横一列に立ち、客席へ向かい笑顔で手を振っている。

小さい頃、ザ・ドリフターズのゴールデンウィーク興行浅草国際劇場公演を見にいったことがある。その時も、PTAが眉をひそめるようなお下劣ネタのオンパレードだったのに、大人も子どもも一緒になってしあわせそうな顔をしていた。それが今でも焼きついている。

物事なんでも是か非か、白か黒かで論じることがいかにつまらないかドリフは笑いとバカバカしさを通じ教えてくれた。だから同じ姿勢でエンターテインメントと向き合っている、マッスルや純烈に惹かれるのだろう。

「今の純烈がスローモーションを見せることで何かが起こればいいなぐらいの思いだったんですけど……ここまでベッタベタなものになるとはマッスルを知るお客さんも思っていなかっただろうし、僕もここまでできるとは思わなかった。やっぱり、同じ価値観を持ってやれる出演者、スタッフが揃わないと。でもそこは、今までの信頼関係があったから僕もササダンゴに任せられたし、こっち側の人間も理解した上でやってくれた。

逆に言うと、そういう人間が集まってくるのが純烈なんです。自分が願うものに対ししっかりと向き合えば、すぐにではないかもしれないけどいつか必ずご褒美が訪れる。そしてそのご褒美を自分だけのものではなく、キッチリとキャッチしお客さんに投げることでエネルギーにしてくれれば、それに勝るものはないなって改めて思いました」(酒井)

「プロレスの世界でやってきたことがこういう場で多くの皆さんに見てもらえたのは、ずっとマッスルをやってきた中で思い描いていた理想形でした。自分が大きくなるとは、こういうことなんだなって。一緒にやってきた人間との共有できる場を持つために、僕らは大きくなろうとしている。一圭さんを見て、それを確信しました」(ササダンゴ)

第1部の終演後に漂っていたざわめきが、次第に余韻へと変わりつつあるなか、達成感に満ちたマッスル班を横目で見つつ純烈の4人はすでに第2部へと向かうべくモードチェンジをしていた。長い歳月をかけてやりたいと思い続けてきたことをようやく形としたのに、酒井はそれを味わうまであと数時間のおあずけを食らわなければならなかった。

◆いつもどおりの純烈ショーに戻ると……

後半戦はいつも通りの純烈ショー。1時間半近い第1部を見たあとでもメンバーはもちろん、客席のテンションも落ちなかった。むしろマッスル仕様の舞台が温めたことで、履き慣れたジーンズのようなフィット感に心地よさが加えられたように思えた。

ササダンゴは「第1部自体が2部を温める役割」と認識した上で、ネタのさじ加減を量っていた。よい作品に出逢うと、その二文字の間には見えない“込”の無声音がはさまれていることを痛感させられる。

作品とは、作り込んだ上での品であって、それによって初めて作品たり得るのだと。当連載で純烈のMCは台本がなく、即興性の中で展開されていると書いた。ただし、何百何千という経験の積み重ねによって培われたものであり、行き当たりばったりやなんとなく馴れ合いのようにやり合っているシロモノとは違う。

いいモノを作りたい、クオリティを高めるために作り込みたい。そんな純烈の姿勢をラーニングすれば、第1部の適切な濃度は弾き出せる。おしっこを我慢し、クビを切られ、新旧メンバー全面対抗戦を闘い、巨大パンダにぶつかっていったあとに、それでもちゃんと12曲熱唱するあたりがプロの仕事なのだと思えた。

すべてのプログラムを終えたメンバーは報道陣向けの挨拶を済ませたあと、あこがれのトイレ付き控室へ戻り解放感に浸った……のではなく、その足で会場エントランスへ。どんなに疲れていても純子&烈男の皆さんを見送るのを忘れなかった。

プロレス業界をV字回復させた男、棚橋弘至(新日本プロレス)はメインイベントで30分以上の激闘を繰り広げたあともファンが求めるエアギターを派手なアクションで奏で、キメのフレーズ「愛してま~す!」を叫び、一秒でも早くバックステージへ戻ってぶっ倒れたいはずなのにそこからリングサイドへ押し寄せたファン一人ひとりとスキンシップを交わすべく、リングを一周する。これを、どんな地方会場でも続けてきた。

それはもはや「棚橋劇場」という作品。そしてそこにも“込”の文字が間に隠れている。白でも黒でもない、ハッピーという答えとともに。

’19年6月12日、初のNHKホール単独公演は純烈紀元前から培ってきたものの集大成であり、神髄であり、さらには進むべき方向性が間違いではないことを確認できた場だった。あとはその信念力を武器として、大晦日に同じ会場のステージへ立つだけだ――。(この項終わり、次回新章につづく)

撮影/ヤナガワゴーッ!

―[白と黒とハッピー~純烈物語]―

【鈴木健.txt】

(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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