2度の流産やPTSDで苦しんだ…眼帯の女性戦場記者が暗殺されるまで

女子SPA!

2019/9/13 15:45

 2018年の10月に起きた、トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館でサウジアラビア人ジャーナリストが殺害された事件に衝撃を受けた人も多いでしょう。ISISに殺害されたジャーナリスト、後藤健二さんの事件も記憶に新しいと思います。

ジャーナリストやボランティアが紛争地で誘拐されたり殺害されたりするたびに、出てくる「自己責任」という言葉。自分の命を顧みずになぜジャーナリストは紛争地へ赴くのか――。そんな疑問に答えるかのような映画『プライベート・ウォー』が9月13日に公開されます。

黒の眼帯をトレードマークに、世界中の戦地に赴き、レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争を取材してきた伝説の戦場ジャーナリスト、メリー・コルヴィンの半生を描いた作品です。今回は、自らもドキュメンタリー映画監督として世界の紛争地へ赴くマシュー・ハイネマンに電話インタビューを行い、戦場ジャーナリストが危険を冒す理由からジャーナリストの自己責任まで話を聞きました。

◆心理スリラーとして戦場ジャーナリストの謎に迫りたかった

――典型的な伝記映画とは異なり、メリー・コルヴィンを戦場へ駆り立てた謎を探っていくような構成になっているところがユニークでした。

マシュー・ハイネマン監督(以下、ハイネマン監督)「私はこの映画を伝記物語ではなく、『メリーを戦争へ奮い立出せたのは何だったのか』という謎を解く心理スリラーとして描きたかったんです。つまり、危険な地域に行って仕事をする人物の心理を掘り下げていきたかった。ただ、メリーを演じたロザムンド・パイクにとって、時系列ではない撮影は本当に難しかったと思います」

――本作は、戦争ジャーナリストが抱えるPTSDやその影響が具体的にどのようなものか描いた、珍しい映画だと思います。

ハイネマン監督「取材をすることにメリーは、ある意味依存というか、中毒になっていました。そして戦争によるPTSDやトラウマと向き合うために、アルコール依存症的な部分もありましたし、愛人もたくさんいてセックス依存症だったと言う人もいます。

一見、モラルがなさそうに見えるけれど、これらは彼女の仕事の結果なわけです。何十年にもわたり世界中の紛争地域に足を運んで見たこと取材したことが、戦場ジャーナリストのメンタルや肉体にどんな影響があるのかを掘り下げたかったんですよね」

◆ジャーナリストにとって戦場と日常のバランスをとることは難しい

――ドキュメンタリーを通して人間の苦悩を描いてきた監督ですが、メリーのようにダークなリアリティと普通の生活とのバランスがとれなくなる……という経験はありますか?

ハイネマン監督「そのバランスをとるのは難しいですね。ただ、ラッキーなことに私には温かい家庭があります。いつでも帰って来られる家がね……。暴力的な世界から抜け出して帰るところがある……ということが分かっているからバランスが取れるのかもしれません」

――戦争記者と子育ては両立できそうもないのに、なぜメリーは子供が欲しかったのでしょう?

ハイネマン監督「メリーには普通の生活がしたいという切なる願いもあったからこそ、子供が欲しかったんだと思います。けれども、2回も流産し彼女の願いは叶えられませんでした。そういった叶えらない想いが彼女を戦場へと駆り立てて行った理由のひとつでしょう」

◆真実を伝えるために難民を起用した

――これまでドキュメンタリーを作ってきた監督ですが、本作でフィクションという形をとったのはどうしてですか?

ハイネマン監督「メリーについてヴァニティ・フェア誌のマリエ・ブレンナーが書いた記事を読んで、メリーの物語を映画化したいと思いましたが、ドキュメンタリーを撮るときのプロセスはほとんど、この作品にも生かされています。例えば、私は一般の人々を撮るのが好きで、今回はヨルダンで撮影したのですが、エキストラはほぼ全員あの地域の難民です。

映画のイラクのシーンで泣き叫ぶ女性たちがいますよね? 彼女たちは本当にイラク人難民で、自分たちの体験を語り、本物の涙を流しているんです」

◆悲しみで撮影を中断してしまった主演女優

――なぜ、エキストラに本当の難民や一般人を起用したのですか?

ハイネマン監督「真実を伝えたかったからです。観客にとっても出演者にとっても真実を伝えるには、実際に悲劇を体験した人たちではないと伝えられないと思ったから。

彼らを探して取材し、彼らの体験や人柄を知り、カメラの前で彼らが自分たちの物語を語れるようになるまで何カ月も費やしました。病院のシーンで、死んでしまった2歳の男の子を肩にかついで「アラーよ、なぜ、なぜなんだ!」と泣き叫ぶ男性いますが、彼も自分自身の体験を再現しているんです」

――そのシーンでは、主演女優のロザムンド・パイクが撮影をいったん中断してしまったと聞きました。

ハイネマン監督「ロザムンドは彼らに苦しみを再現させることに罪悪感を感じたんです。『私たちのやっていることは本当に正しいことなの?! 私たちこんなことをやっていいの?!』とね。そして、撮影をいったん中断して、ロザムンドと話し合いました。

『彼らは無理矢理ここに連れて来られたんじゃない。彼らは自分たちの声を聞いてほしいと思っているから、ここにいるんだ。彼らの話を伝えるのが私たちの役目じゃないかな』。そうしたらロザムンドも分かってくれたんですが、ドキュメンタリーを作るときも同じで、自分の物語を語りたい人たちだけを登場させるというのが私の原則です」

◆戦場ジャーナリストの「自己責任」なんて考えたこともない

――日本では危険地域へのジャーナリストの取材では、誘拐されたりすると「自己責任」「行く方が悪い」という意見が多くあがります。監督自身も危険地帯への取材に行かれますが、そういったことを言われたりしますか? また、その意見についてどう思いますか?

ハイネマン監督「それは日本の文化的なことかもしれないですね。私は、誰の責任かなんて正直考えたことはないですね。メリーも日本のジャーナリストもやっぱり、『その物語をみなさんに伝えなければ』という気持ちに突き動かされて取材をしていると思います。

世界中のダークなリアリティに光を当てたいというのが私たちのモチベーション。当然それにはリスクがともなうわけで。メリーだって別にアメリカに対する愛国心で取材に行ったわけではなく、そこで起きていることを世界に伝えなければというのが個人的なモチベーションとしてあったはず。それがジャーナリストなんです」

◆戦争に「人間の顔」をもたせたい

――「戦争を取材して、私たちは何かを変えることができるのだろうか」というメリーのセリフがあります。メリーが最後に取材したのはシリアですが、シリア問題はまだ解決していません。

ハイネマン監督「私自身も自問自答をするときがありますが、コアな部分ではメリーも私も、自分たちがやっていることには意味があると信じています。戦争はどこか遠いところで起こっている別世界としてではなく、実際に起きているリアルな現実……。戦争では普通の人々が死んでいるんです!

政治的・地理的な解説ではなく、戦争に“人間の顔”をもたせるのが私の役目……。メリーも同じように、シリアの普通の人々の惨状を世界へ伝えたかった。そのために、彼女は命を捧げました。

でも、シリアの紛争が未だ続いているということをメリーが生きていて知ったら本当に辛いでしょうね……。ある意味それが、この映画の一番の悲劇かもしれません」

◆脅かされるジャーナリストの命

――去年はサウジアラビア人記者がトルコで殺害されました。サウジアラビア政府が関与していると報道されていますが、アメリカや追従国はオイル・マネーのためにあえて目をつぶっているように見えます。

ハイネマン監督「メリーが亡くなってからも、ジャーナリストたちが負うリスクは無くなっていません。もちろん彼女の前にも紛争地を取材する多くのジャーナリストが亡くなったりしていましたが、彼女ほど有名なジャーナリストが亡くなったのは初めてだったので、世界中に彼女の物語が響きました。

彼女がキャリアをスタートさせたときは、紛争地に行くジャーナリストはたまたま巻き込まれて命を落とすことはありましたが、政権に対して意見し、暗殺されるなんていうことはなかったんです。結局シリア政府はメリーを暗殺し、彼女は批判的な声を抑圧する体制の犠牲になりましたが、現代でもこういった事件は世界中で起こり続けている……。

こういった紛争地を取材しているジャーナリストたちがどんな風な危険を負いながら物語を伝えているのかを、本作からより深い理解をもっていただければ嬉しいです」

<文/此花わか>

【此花わか】

映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など多数。Twitter:@sakuya_kono Instagram:@wakakonohana

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