シンセ番長・齋藤久師が送る愛と狂気の大人気コラム・第五十五沼(だいごじゅうごしょう) 『家族沼』

SPICE

2019/9/11 17:34


「welcome to THE沼!」

沼。

皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?

私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。

一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、その世界にどっぷりと溺れること



という言葉で比喩される。

底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。

これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。

毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。

第五十五沼(だいごじゅうごしょう) 『家族沼』


私は、経済的にどんなに貧乏になっても、大富豪になっても、絶対にやめられない事が2つある。

一つは『音楽』だ。小学生の頃、お年玉で買ったシンセはいまでも家の中心に鎮座している。

それまで100万円以上は当たり前だったシンセサイザーを、子供がお年玉でも買えるようにしてくれたのは、なにを隠そう先日お会いしてDOMMUNEでも対談させていただいたTR-808/909/TB-303を生み出した菊本忠男さんのおかげと言っても過言ではない。

私のライフワーク史上、最も長く、40年以上も続いているのが音楽活動だ。

そしてもう一つが、11年前、40歳になった時に始めた『釣り』だ。

多忙を極め、ストレスを蓄積しすぎて心が折れそうになった時に出会った釣り。

度々、釣りの事はこの沼連載にも書かせていただいているが、音楽が仕事になってしまったので、私には実質的に趣味というものが無かった。

よく、「仕事が趣味です」という人がいるが、羨ましい。

私はそういうタイプの人間にはなれない。人生は、遊ぶためにある。だから遊ぶために仕事もする。という考えになったのだ。

今年の8月は、仕事で本当に忙しかった。忙しすぎて押しつぶされそうになっていた時、どれだけ釣りに救われたか。計り知れない。(釣りで忙しいという一部の噂もあるが)

8月の半分は瀬戸内芸術祭のために、香川県高松市出身の妻(galcid)の実家に子供達2人を連れて家族で滞在した。

勤め人からすると、「いい気なもんだ。遊びほうけて」と思うだろうが、違うんだ。

仕事なんだこれが。

月末になって驚いたのだが、これだけのスケジュールの中、8月はなんと10曲ものトラックを作っていた事に気がついた。

一つはベルリンの大老舗テクノレーベル「Force Inc」が大復活するというので連絡をもらった。

「わしら、続けざまに20枚の12インチレコードを出そう思おとるんやけど、一発目をgalcidで行きたいと思てるさかい、よろしくたのんだで!(英語)」と。

なんと光栄な事だろう。そこで4つのトラックスを作った。


さらに「Detroit Underground™️」から発売するgalcidのambientシリーズの第一弾用の4トラックス。


また、まだ情報公開できないのが残念だが、12月発売予定の2トラックスを完成させた。

galcidはその間、瀬戸芸を始め西日本で4つのGIGを始め東京でも1本をこなしている。

さらに、子供達を海やプールに連れて行ったり、空手当番も行った。

当たり前だが、一応育児もちゃんとしてるんだよ。DOMMUNE瀬戸内にも毎晩のように顔を出したし。

しか~~~~し!

釣りは毎晩行くのであった。

どんなに忙しくても欠かさず毎晩行っているのだ。

酷いときには、朝行って、昼から夜まで仕事をして、真夜中にまた釣りに行く。

更に、次の日の早朝また行くのだ。

しかも、目的の魚がほとんど釣れないのに。全くと言っていいほど釣れない。8月に目的の魚に出会えたのはたった2回。




それでも行く。

しかし、自分の中で、釣りに行くたびに何か底知れぬ罪悪感が芽生えている事に気がついた。

つまり、目的の魚が釣れるちょうどいい時間帯と、食事などの家族の時間がドン被りしているのだ。そんな時は妻に子供達の世話を任せてしまう。自分だけ楽しんでる。ストレス発散している。。。

なので、私は釣れない時間帯と知りながらも、夜中などを選んで行くようになった。

それでも、なんだかソワソワして途中で帰ってきてしまう。自己嫌悪感にまけてしまうのだ。

そこで私は名案(かなりの悪巧み)を思いついた。

家族を巻き込もう

次の日、たまたま土曜日だったので、子供達をつれて釣りに行ってみた。

子供達はまだ二人とも幼稚園児だ。

普通、子供が最初に釣りをする場合、なるべく簡単な道具を持たせるのが常だ。

例えば、糸の先っぽにイカをつけてザリガニをつらせたり、浮きをつけて小魚を釣らせたりするだろう。

そうすれば、魚なんて簡単に釣れる。

しかし、私の教育方針は少し違うのだ。

最初から超絶難しいとされるベイトリールという道具を使わせてみた。

竿は自分の背丈よりもずっと長い。なにしろ、私が使っている道具なのだから。

しかも、ルアー(疑似餌)はコレだ。こんな釣れそうも無い芸術作品を放らせるのだ。


これはトップウォーターフィッシングと言って、水面に浮いて沈まないルアーだ。

魚はとくに暑い日や日光があると水中深くに潜っている。

だから釣れないのだ。

そんなストイックな釣りを子供にいきなり教え込む理由は、、、、、

「釣れた時の嬉しさ」、この一言に尽きる。

早速、重たいベイトリールを子供達に持たせて投げさせてみた。

すると、意外にも飲み込みが早い。しかもぜんぜん飽きる事なく黙々と

投げ続けているではないか!

よっしゃ~!作戦成功!

帰りには「パパ。また釣りに来たい」とまで言っている。

釣れないのに。そうとう楽しかったらしい。

多分、ウチの子供達は、「投げる」という行為そのものが「釣り」だと思っているようだ。


帰宅してからも子供達は嬉しそうに妻に語っている「今日、初めて釣りに行ったんだ!こんどママも一緒に行こうよ!」

妻は私の顔を横目で(目を細くして)みて苦笑いしている。

そして、遂に!昨日子供達の熱烈な願いもあり、妻も一緒に釣りに行く事になった。(嫌々)

流石の日曜日。どこの湖沼も釣り客でいっぱいだ。


昼頃、ちょうどいい川のポイントを見つけ、全員で投げ始めた。

周りにいる親子連れの釣り人たちは、小魚をバンバンつる中、我々4人は巨大なルアーを投げまくっている。

ただ黙々と投げまくっている。


子供に聞いてみた。「釣りの何が面白い?

すると長男がこう言った。

「投げるたびに、どんどん遠くにルアーが飛んでいくようになるのが面白い」と。

そうなのだ。私以外の3人は遠投する事に快感を見出しているらしい。

競うように遠投しまくっている。



気がつけばあたりは真っ暗。


そして、全く釣れないのに最後まで投げ続けたのが、まさかの妻!galcid!!!!!!!


帰りの車の中で彼女はテレくさそうに私にこう言った。

「これからさあ、仕事が煮詰まったり、ストレスが溜まったりしたら、釣りに行こうよ!」

ああ、なんて素晴らしいんだ。

この言葉が聞きたかったのだ。作戦成功!っていうか、本当に嬉しくて悪巧みをしていた自分が恥ずかしい。

こうしてウチの家族は、同じ趣味を持つ事で全員がハッピーでいられる環境作りに成功した。

もう罪悪感を抱えて釣りに行く事はなくなった。

おもいきり楽しい人生を送れる道筋が整った。

追伸:先日、高松でナマズの20連発を喰らった私だが、隣で釣っていたお兄さんに憑依したらしい。

バカデカいナマズをランディング出来ずにいたので私がヘルプに入った。

お礼に飲み物を買ってきてくれた。

この一部始終のやりとりを子供や妻が見ていた。

どこに行ってもコミュニケーションの大切さがわかったんだと思う。


すっかり私のライフワークの一つになってしまった「釣り」をまさか家族でやることができる日が来るとは思わなかった。

子どもが生まれる前こそは妻といっしょに行ったりしたものの、そのあとは殆どがソロ活動だった。

こうやって家族が揃って釣りをするまでに6年もの時間がかかった。

長い間ではあるが、子どもの成長はあっという間だ。

その内子どもと釣りをしながら子どもの悩みを聞いたり、なにも言わずに年頃の息子とただルアーを投げるなんてこともあるのかもしれない。

そんな家族の共通の活動として「釣り」を使えたのが私にとっては本当に嬉しいのだ。

万歳「釣り」、万歳「家族」ずっとずっとこの沼の住人でありたいものだ。

当記事はSPICEの提供記事です。

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