歌舞伎座『秀山祭九月大歌舞伎』夜の部レポート 様式美の仁左衛門と人間味の幸四郎、それぞれが魅せる弁慶像『勧進帳』 

SPICE

2019/9/10 19:00


2019年9月1日(日)、歌舞伎座で『秀山祭九月大歌舞伎』が初日を迎えた。

秀山祭は、初代中村吉右衛門の功績をたたえて、その芸を継承することを目的として2006年から始まり、今年で12回目となる。また、今回は初代吉右衛門の父にあたる三世中村歌六の百回忌追善狂言として、昼の部では『伊賀越道中双六 沼津』、夜の部では秀山十種の内『松浦の太鼓』を上演している。

そのほか、昼の部では河竹黙阿弥の『極付幡髄長兵衛』と舞踊『お祭り』を、夜の部では義太夫狂言『菅原伝授手習鑑 寺子屋』と歌舞伎十八番の中でも人気の演目『勧進帳』を上演する。

秀山祭に相応しい演目と豪華な出演者が名を連ねる今公演の夜の部の模様をお伝えする。

『寺子屋』


藤原時平の策略で大宰府へ流された菅丞相こと菅原道真の愛弟子である武部源蔵(松本幸四郎)は、寺子屋を営みながら菅丞相の息子である菅秀才(尾上丑之助)を自分の子としてかくまっていた。しかしそれが時平の家臣・春藤玄蕃(中村又五郎)の知るところとなり、菅秀才の首を差し出すようにと迫られる。そこで源蔵が寺入りしたばかりの小太郎の首を身代わりに差し出すと、玄蕃と共にやってきた松王丸(中村吉右衛門)が「菅秀才の首に間違いない」と言い、松王丸と玄蕃は寺子屋を立ち去る。菅秀才の命を守れたことを喜ぶ源蔵と女房の戸浪(中村児太郎)だったが、そこに小太郎の母・千代(尾上菊之助)が我が子を迎えにやって来る……。
『寺子屋』左より戸浪=中村児太郎、武部源蔵=松本幸四郎、松王丸=中村吉右衛門
『寺子屋』左より戸浪=中村児太郎、武部源蔵=松本幸四郎、松王丸=中村吉右衛門

松王丸と源蔵は、いずれも初代中村吉右衛門の当たり役で、主君への忠義のために他人の子を身代わりに差し出す源蔵夫婦の苦悩、そして恩義に報いるために我が子を犠牲にすることを決めた松王丸夫婦の悲しい決意に胸を打たれる舞台だ。二代目吉右衛門の松王丸は、明瞭なせりふ回しの中に深い含蓄を感じさせ、小太郎の首が討たれる音を聞いた一瞬に込める悲しみと覚悟は見る者の心に鋭く突き刺さる。我が子を失った悲しみと恩義を果たした喜びの狭間に、役の心情を細やかに表現する吉右衛門の真骨頂が発揮されている。そして幸四郎が抑えた芝居で源蔵の苦悩をしみじみと見せ、菊之助の演じる千代の、我が子を失った深い悲しみが涙を誘う。寺子屋に手習いに来ている涎くり与太郎を演じる中村鷹之資のはつらつとした明るさが笑いを生み、幼き子の犠牲という重い話の中に心温まる瞬間を演出していた。子役たちの可愛らしい姿が微笑ましいと同時に、小太郎の悲劇がより切実に感じられる演目だった。

『勧進帳』


山伏に変装して奥州平泉へ向かう義経一行が安宅の関にやって来る。この関を守る富樫左衛門(松本幸四郎/中村錦之助)と武蔵坊弁慶(片岡仁左衛門/松本幸四郎)が押し問答となり、富樫は「山伏ならば勧進帳を持っているはず」と、勧進帳を読むことを要求する。弁慶は白紙の巻物を広げ、書かれていない勧進帳の内容を見事に読み上げる。弁慶は富樫の問いにも次々と答え、ようやく関所の通行を許された一行だったが、強力が義経(片岡孝太郎)に似ているという番卒の言葉で、強力姿の義経が呼び止められてしまい……。

この演目では、奇数日と偶数日で出演者が異なる。奇数日は弁慶を仁左衛門、富樫を幸四郎が演じ、偶数日は弁慶を幸四郎、富樫を錦之助が演じる。

仁左衛門の弁慶は、圧倒的な存在感の中にも気品ある姿を見せる。流れるような優雅な所作には、思わず見入ってしまう美しさがあった。白紙の勧進帳をのぞき込もうとする富樫をかわす場面では、巧みな身のこなし一つで物語を豊かに語り、身体の雄弁さを感じさせる。弁慶と富樫の問答では、幸四郎との息もぴったりで小気味よく展開し、富樫との酒宴で延年の舞を舞う場面では、長唄囃子と一体化した見事な舞に魅了された。
『勧進帳』左より源義経=片岡孝太郎、武蔵坊弁慶=片岡仁左衛門、富樫左衛門=松本幸四郎
『勧進帳』左より源義経=片岡孝太郎、武蔵坊弁慶=片岡仁左衛門、富樫左衛門=松本幸四郎

一方、幸四郎の弁慶は、感情豊かで豪快なキャラクターとして表現されている。勧進帳を読む場面では、弁慶の緊張感が真に迫って伝わり、幸四郎ならではの愛嬌ある弁慶像に、客席から思わず笑いが起きる場面も多く見られた。スピード感のある豪快な舞も見ごたえがある。富樫との問答では、錦之助のさわやかな口跡が心地よく印象に残った。
『勧進帳』左より駿河次郎=片岡千之助、亀井六郎=坂東亀蔵、常陸坊海尊=松本錦吾、武蔵坊弁慶=松本幸四郎、片岡八郎=中村萬太郎、富樫左衛門=中村錦之助
『勧進帳』左より駿河次郎=片岡千之助、亀井六郎=坂東亀蔵、常陸坊海尊=松本錦吾、武蔵坊弁慶=松本幸四郎、片岡八郎=中村萬太郎、富樫左衛門=中村錦之助

同じ演目で、役者が違うとこうも印象が違うのかと改めて驚かされる。仁左衛門が歌舞伎の様式美で表現するのに対し、幸四郎は演劇的な表現で人間味を押し出している。ダブルキャストにより、それぞれの解釈による弁慶像を見比べることができる楽しさが生まれている。

『松浦の太鼓』


赤穂浪士の吉良邸討ち入りの前日、俳諧の宗匠・宝井其角(中村東蔵)と元赤穂藩士の大高源吾(中村又五郎)が両国橋で出会う。其角が「年の瀬や水の流れと人の身は」と上の句を詠んだのに対し、源吾は「明日待たるるその宝船」と付句を詠み立ち去る。翌日、吉良邸の隣家にある松浦鎮信(中村歌六)の屋敷に招かれた其角は、源吾に会った話をするが鎮信は機嫌を損ねてしまう。実は鎮信は赤穂浪士に同情して、彼らが吉良邸に討ち入るのを心待ちにしていたのだが、大石内蔵助を始めとする赤穂浪士に仇討ちの意志は見受けられず、彼らに対して不忠者であると憤っていたのだった。するとそこに、隣家から陣太鼓の音が聞こえてきて、赤穂浪士が討ち入ったことと、源吾の詠んだ付句が討ち入りを暗示したものであったことを悟った鎮信は、助太刀の準備を始める。そこに源吾がやって来て……。
『松浦の太鼓』手前左より、宝井其角=中村東蔵、松浦鎮信=中村歌六、奥左より、近習 早瀬近吾=中村蝶八郎、同 里見幾之亟=中村吉之丞、同 渕部市右衛門=中村鷹之資、同 中村種之助=同 江川文太夫、同 鵜飼左司馬=中村歌昇
『松浦の太鼓』手前左より、宝井其角=中村東蔵、松浦鎮信=中村歌六、奥左より、近習 早瀬近吾=中村蝶八郎、同 里見幾之亟=中村吉之丞、同 渕部市右衛門=中村鷹之資、同 中村種之助=同 江川文太夫、同 鵜飼左司馬=中村歌昇

三世歌六が当たり役とした鎮信を、五代目歌六がふくよかな貫録で演じる。忠義を重んじる鎮信の、自身の気持ちに素直な人物像が生き生きと伝わってくる。赤穂浪士の討ち入りを悟ったときの、まるで祭りに参加する子どものように浮き立つ姿には客席から笑いがこぼれる愛らしさがあり、忠義心を秘めた源吾を演じる又五郎の清々しさ、懐の深い其角を演じる東蔵の重厚さ、鎮信の五人の家臣たちの賑々しさが物語を彩っていた。

『秀山祭九月大歌舞伎』の上演は歌舞伎座にて、25日(水)まで上演される。

取材・文=久田絢子

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