AI時代にアナウンサーは必要なのか?”負ける前提”で考えてみた(テレビ朝日アナウンサー平石直之)

AbemaTIMES

2019/9/6 22:55



 近年、AI があらゆる分野で活躍し始めている。AI導入する事で単純作業の効率化を図る事ができ、人件費削減にも繋がるからだ。加えて少子高齢化が進む日本においては、深刻化する労働人口の減少を解決する1つ手段としてより一層注目されている。

その一方で 、AI によって仕事が奪われてしまう可能性のある職業も出てきた。 例えば「アナウンサー」もその1つだ。中国では絶対に読み間違いをしないAI アナウンサーが登場し既に活躍しているのだ。 AIは機械学習によって人間なみの発生技術を身につけ、さらに人間ではないため読み間違いといったヒューマンエラーも一切でないからだ。

かつては華形と言われた「アナウンサー」に迫る危機だが、現役のアナウンサーはどう思っているのか? テレビ朝日のアナウンサーとして23年のキャリアを持ち、AbemaTV 「Abema プライム」でキャスターを務める平石直之がその本心を書き記した。
きっかけは放送中の乙武さんのひとことでした。

「アナウンサーはAIに?」
「厳しいですね。その通りです」

私は反論することなく、言葉をそのまま受けとめました。


「AbemaPrime」(以下アベプラ)での、バーチャルインフルエンサー(顔など一部だけがバーチャルなインフルエンサー)特集のスタジオトーク。
そこで金曜MC・乙武洋匡さんが私に投げかけたのは、

「アナウンサーこそ、AIやロボットに取って代わられる存在なのではないか」

という問いでした。

スタジオテーマからややそれてしまい、話せば長くなりそうだったので、私は短く答えてこの話を切り上げました。
しかし、その危機感は私自身がかなり前から抱いていただけに、いよいよ傍から見てもそう思えるほどにAI技術は進化を遂げ、アナウンサーの仕事も「代わりがきくもの」と見られていることにあらためて気づかされたのでした。

◾︎AIアナウンサーも次々に登場



実際のところ、近年、AIの性能は格段にあがり、中国ではAIアナウンサーも登場。

そして、実はテレビ朝日にもCGアナウンサーがすでに存在していて、デビューを控えています。
※AIアナウンサーは進化していきますが、CGアナウンサーは自ら進化することはありません。

早速、その技術を披露していただきましょう!
アナウンサー泣かせの言葉の数々をいとも簡単に乗り越え、口の動きと読みも見事にリンク。瞬きや微妙な体の揺れによって、いっそうリアルにみえます。悔しいことに、プロのアナウンサーの証ともいえる鼻濁音もできているのです。

この高精細CGアナウンサー「花里ゆいな」は、テレビ朝日によって開発され、インターネットニュースチャンネル「テレ朝news」と「AbemaNews」でのデビューを控えています。

その造形は、テレビ朝日の女性アナウンサーの画像から「平均顔」を作成し、それをベースに親しみのもてる顔立ちに。
「標準顔」と「笑顔」の2つの表情を持ちあわせていて、内容にあわせた感情表現もできます。

これによって、普段みているものとほとんど変わらないANNニュースを、実際にはスタジオを開くことなく、アナウンサーの「顔出し」で放送することができます。
しかも、PC上の操作だけで。

◾︎AIアナウンサーの驚異のスペック



AIアナウンサーはなにしろミスをしません。読んだりしゃべったりするスピードも自由自在。ニュースであれば、項目の入れ替えや原稿の編集も、放送直前まで可能。記者やディレクター、デスクらの作業さえ間にあえば、AIは苦もなく、正確に、安定したアウトプットを発揮します。
もちろん現実のアナウンサーが対応している現在でも、日々のニュースはギリギリまで原稿に新たな情報が書き足されたり手直しが入れられたりしているわけですが、アナウンサーは肝を冷やしながらそれらに対応し、なんとか放送を形にしています。(そして、ときにミスをしてしまいます・・・。)
そういった、いわゆる“追いこみ”がいくら発生しようとも、AIアナウンサーはスタッフに対して、不満をもらすことも一切ありません。

ということで、定時ニュースなどは近い将来、技術的にはAIで置き換え可能なところまできていて、実際にAIが読むのか人間が読むのかは、視聴者がどちらを好むかによりそうです。

◾︎わが家にもライバルが・・・



身近なところでも、私たちの手元のスマホですら、ブックアプリの本を読み上げる時代になりました。若干のたどたどしさはあるものの、きちんと意味をとることのできるクオリティを発揮します。

わが家では子どもたちがスマートスピーカーとあれこれ会話しながら、天気予報や言葉の意味を尋ねたりしています。AIが意味をとれない場合には、伝え方を変えながらコツをつかむべく試行錯誤していて、子どもたちとともにAIも進化しています。

AIが本を読み上げたり会話をしたりと「言葉をしゃべる」ことは、子どもたちにとっては当たり前のことで、こうした様子をみるにつけ、AIがアナウンサーになってもさほど違和感がない現実が、すでに家庭内にも存在していることに気づかされます。

◾︎そもそもプロのアナウンサーとは?



私は先日終わったばかりの今年度のテレビ朝日新人アナウンサー研修の幹事団の一員でした。半年近くに及ぶ研修では、発音発声、滑舌、ニュース読み(スポーツニュースを含む)などの基礎から、インタビュー、リポート、実況、ナレーション、フリートーク、司会進行、地震津波などの緊急対応まで、多岐にわたるスキルついてカリキュラムを組み、先輩アナウンサーたちを講師に毎日およそ6時間、実習を重ねていきます。
なかでも、発音発声や滑舌、ニュースなどの原稿読みの基礎は、一定以上のクオリティを目指すという意味では、機械的な技術を求められているともいえます。
これらの技術を習得して、プロのアナウンサーとしてデビューしていくわけですが、この時点では、いくらでも代わりがきくうえに、正確さや安定感など精度の点では、昨今のAI技術にはかないません。
ご存知の通り、新人アナウンサーの市場価値は、こうしたスキルよりも、初々しさや失敗を恐れないハツラツさだったりして、むしろ“少しこなれてきた”アナウンサーよりも、華々しく番組に起用されたりする現象もみられます。

近い将来、代わりのきくアナウンサーが何人いても、AIアナウンサーに一掃されてしまう恐れもあり、正確さ、安定感では多少劣るにしても、AIにはできない要素を発揮しなければ生き残れなくなるかもしれません。

◾︎AIにはできないことを逆算で考える

こうなってくると、AIと張りあうよりも、むしろ「AIにはできないことを逆算で考える」ことで存在意義を見出していくしかありません。

主にニュース・情報系の仕事をしてきた立場からみた、その分野に限っての話になりますが、ニュース系アナウンサーとして集中的にとりくんできたことのひとつが、自ら現場で取材をすることです。


何をどのように取材するかはその人次第で、取材したことを精度高くまとめ、効果的に伝えることに注力することは、AIだけでなく、他のアナウンサーとの差別化にもつながります。
また、取材したからこそ表現できる言葉にはリアリティが伴います。さらに、感情のこもった言葉を発することができるのは人間ならではのことです。


もう一つのフィールドは、そうした現場で学んだ知識や経験に基づいて、専門家ら出演者の言葉を引き出しながら番組を進行していく司会者・キャスターの仕事です。
特に私が担当しているアベプラのように出演者が多い番組は、本音をぶつけあうなかでおこる“化学反応”こそが醍醐味です。それぞれの主張や特性を引き出しつつ、予想を上回る議論にしていくことが司会進行役には求められています。

ちなみに、インタビューなどの仕事について「視聴者と同じ目線でわからないことをきけばいい」との声をよく聞きますが、それでは話(議論)は深まらず、視聴者の満足を得られません。自分が知らないことについては、「自分がわからないことすらわからない」状態で、ときどき見かける的外れなやりとりはこうしたときに起こります。もちろんどんな人であれ何もかもを知っているわけはなく、直前まであがきにあがいて知識を吸収し、自分なりに整理したうえで本番に臨むことで、一定の議論のレベルが保たれていると信じています。ただし、知識についてはAIもめっぽう強い領域で、人間もあきらめることなく、歯を食いしばってがんばるしかありません。

そして、もう一つ、視聴者に愛されるかということも重要な視点ですが、AIは、それこそ姿にしろ声にしろキャラにしろ、自由自在につくりかえられるので、そこで競おうとしても意味がありません。
そういう自分はどうかなのかと問われると、あえて好かれようとするよりは、自らのアナウンサーとしての本分を全うし、あとは見ている方々の評価を受け入れるしかありません。

◾︎「アナウンサーは奴隷じゃない!」

さらに、現在私が担当しているアベプラでは、アナウンサーとして求められていることが随分と違い、日々、大きな影響を受けています。
出演者のみなさんはいずれも「自分の名前」で仕事をしている方々で、私ひとりが「テレビ朝日アナウンサー」という肩書き(ラベル)で仕事をしていて、まさに“代わりがきく存在”であることを思い知らされます。
しかしその一方で、放送中はそうした“ラベル”に逃げこむことが許されず、“個としての自分(生身の平石)”を引っぱり出される場面にたびたび遭遇します。


オンラインサロンを特集した際には、「田端大学」を主催する田端信太郎さんに「アナウンサーは奴隷じゃない!」と生放送中に一喝され、「腹話術でもロボットでもなく、生身の人間としての平石がそこに見えなければ、番組をみてもらえないし、ツイッターにも興味がわかない。会社は看板ではなくステージだ」と、“公開お説教”を受けたりもしました。
こうしたありがたい話をいただくにつれ、この先、より追求していくべきは、アナウンス技術のようなもの以上に、自分自身のオリジナルや個性だという思いがいっそう強くなってきました。

(※ツイッター (@naohiraishi)で積極的に発信しています!)


◾︎番宣収録で30回以上歌う



先日、アベプラ用の番宣を作ることになり、「これ、歌ってください」と歌詞が書かれた絵コンテのようなものが送信されてきて、後日収録に臨みました。金ピカのマイク(おもちゃ)を手に、蝶ネクタイ姿でスタジオで歌うという演出でしたが、

「いや~、いいですね~」と持ちあげつつ、
「もうちょっと大きめのアクションでいきましょ~か!」

という感じで、何度も何度も歌わされ、アクションはどんどん大きくなり、最終的には、アナウンスブースでの録音もあわせて、30回以上歌うことになったのでした。
もはやこうなってくると「アナウンサーとは何なのか」などどうでもよく、とにかく殻を破って「人間・平石」をさらけ出し、ぶつけていくしかありませんでした。


ニュースの仕事をするのも平石であり、番宣でヘタなりに歌うのも同じ平石であると。そして、それはまさに“AIが取って代わることのできない領域”でもあります。


◾︎令和時代に求められるアナウンサー像とは?

今回、新人研修の幹事を務めるなかで直面したことは、先輩として伝授できるのはあくまで基礎的な部分だけで、その先はそれぞれに答えが違うということでした。そして、そもそも自分自身についてもその答えを持ちあわせていないことに危機感を抱きました。人に教えている場合ではないぞと。


働き方改革も相まって、人間でなくてもできることや、人間がやる必要のないことは、この先どんどんAIに置き換わっていくことが確実な令和時代。アナウンススキルだけを武器に生きていくことは難しい時代に突入しました。

「これからのテレビ」を追い求めて挑戦を続けるアベプラは、私にとって“新たなアナウンサー像”を模索する絶好の舞台です。
その“アナウンサー像”は自分自身にしかあてはまらないかもしれませんが、逆にいうと、それでこそ私自身にとっては正解なのでしょう。

当記事はAbemaTIMESの提供記事です。

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