ハードロックのプロトタイプを作り上げたジェフ・ベックの『ベック・オラ』

OKMusic

2019/9/6 18:00

ジミヘンと並んでロック界に大きな影響を与えたギタリストと言えば、真っ先にジェフ・ベックの名が挙げられるだろう。ヤードバーズ時代から現在まで、50年以上もトップギタリストとして活躍しているのだからすごい存在である。彼のギターの特徴は先が読めないところにある。曲にマッチしたソロを弾かないというか、理性よりも獣性が勝ったプレイでリスナーを惑わせるのである。ある意味で器用貧乏なのかもしれないが、どんな時も彼の熱い魂が感じられて惹き込まれてしまう。今回紹介するのはジェフ・ベック・グループとしての2作目となる『ベック・オラ』で、彼の多彩なギターワークはもちろん、ハードロックのプロトタイプとも言える名パフォーマンスが詰まった傑作である。

■ロックンロールからロックへ

ロックンロールが誕生した時、過激なダンス音楽だと言われ、良識ある(=古臭い、旧態依然とした)大人たちからは毛嫌いされていたわけだが、今からすれば当時のロックンロールは不思議に感じるぐらいおとなしい音楽で、同時代のR&Bやジャンプブルースのほうがもっと過激であった。ただ、表面的にはおとなしいが、その裏には過激で既存の価値観を壊すべく生まれた音楽であったことは間違いない。要するに、生まれたばかりのロックンロールスピリットは70年代のパンクスピリットとほぼ同義であり、若者が本来持っているエネルギーが噴き出す火口のようなものでもある。

しかし、当時ロックスピリットは表立っては定義されることがなかったために、ロックンロールからロックスピリットのエッセンスを抽出するためには、60年代半ば過ぎまでの時間が必要であったのだ。60年代にアメリカで登場したガレージロックやサイケデリックロックのグループは、ロックスピリットのエッセンスが凝縮されてはいたが、メジャー契約をしていないだけに、その精神は簡単には広まらなかった。

60年代半ばになるとアメリカではビートがこなれ(白人化していく)てきて、タイトな8ビートが増えていく。イギリスではロックンロールとブルースが相互に影響し合い、演奏技術が大幅に向上した時期である。イギリスはロックの本場ではないだけに、ブリティッシュロックのミュージシャンたちはストイックに技術を習得していく。ブリティッシュ・インヴェイジョンの頃には、その技術を逆輸入したアメリカでも演奏技術が向上するのだが、まだフォークリバイバルやボブ・ディランの影響が大きく、“ロック”の進化はイギリスが一歩早かった。

■1967年の転機

ロックがロックであるためには、ポップスの要素が強かったロックンロールの呪縛から放たれる必要があった。1967年になってジミヘンの『アー・ユー・エクスペリエンスト?』やビートルズの『 サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコの同名アルバム、ドアーズの『ハートに火をつけて(原題:The Doors)』、ピンク・フロイドの『夜明けの口笛吹き(原題:The Piper At The Gates Of Dawn)』、クリームの『カラフル・クリーム』など、ロックンロールから見ると異端とも言えるロック作品がこの年に次々とリリースされることで、新しい“ロック”の輪郭が徐々に明確になっていく。

■ヤードバーズを辞めた ジェフ・ベックのソロ活動

1966年末、ヤードバーズを辞めたベックはソロアーティストとなり、シングルを3枚リリースする。その3枚はどれも、A面はヒットを狙ったポップなテイストの作品で、B面に彼のやりたいロックを収録していた。中でも「ベックス・ボレロ」(ジミー・ペイジ作)では、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズ(この後、レッド・ツェッペリンを結成する)、キース・ムーン(ザ・フーのドラマー)、ニッキー・ホプキンス(ブリティッシュロック界を代表するキーボードプレーヤー)が参加、ペイジとジョーンズのふたりはこの時のベックのアイデアを元にレッド・ツェッペリンの構想を練っている。

■ジェフ・ベック・グループ結成

ベックはソロでシングルをリリースしつつ、ロッド・スチュアートをヴォーカルに据え、ベースにロン・ウッド、ドラムにミック・ウォーラーという布陣で、ジェフ・ベック・グループを結成する。グループのデビュー作のレコーディング途中でキーボードのニッキー・ホプキンスも合流し、68年にリリースされたのが『トゥルース』である。このアルバムはすでにハードロックの萌芽を感じさせる仕上がりになっており、ジミヘンの『アー・ユー・エクスペリエンスト?』と並んで、最初期のハードロックアルバムとなった。これは彼の功績にほかならない。ロックンロールからロックスピリットのエッセンスを抽出し、ハードロックに増幅させたのは、ジェフ・ベックの功績だと言ってもいいのではないか。

ただ、『トゥルース』にはハードロックとポップス的なものが混在していて、アルバムとしての完成度は今ひとつであった。これはベックの売れたい想いが邪魔をしたのであり、20代前半の若者の気持ちとしては理解できる。この時、まだ意識の上ではロックはロックロールでありポップスの一部であったのだから、ベックも自覚のしようがないところである。グループ初期にメンバーであったブリティッシュロック界最高のドラマーのひとりであるエインズレー・ダンバーが脱退したのも、ベックの売れようとする部分に嫌気が差したからで、ベックのリーダーシップが売れるものを作るのか、良いものを作るのか、この時点ではまだ中途半端であったのだ。しかしながら、『トゥルース』は全米チャート15位まで上昇するヒット作となり、ベックのハイテクニックのギターワークはもちろん、ロッド・スチュアートの枯れたヴォーカルにも大きな注目が集まった。

■本作『ベック・オラ』について

前作のリリース後、ドラムのミッキー・ウォーラーが脱退、代わりにトニー・ニューマンが加入した。今回はニッキー・ホプキンスが最初から参加しているので、統一性の取れたアルバム作りが可能となった。本作『べック・オラ』では、前作のハードなスタイルを活かすことに重点を置いてアルバムの制作は始まった。

収録曲は全部で7曲。ジェフ・ベックのギターは前作よりはるかに破壊力が増している。ビブラート、トーンアームを使ったベンド、フィードバック、スライドなどを駆使して、ロックギターとしてそれまでにないレベルの最高のテクニックを披露している。ジミヘンとはお互い影響し合っているだけに似たところもあるが、ジミヘンの整頓されたプレイと比べて、ベックの意表を突いたギターワークはまさに彼の独壇場だ。

タイトでシンコペーションを効かせたロン・ウッドとトニー・ニューマンのリズムセクションも素晴らしく、特にプレスリーのロックンロールをカバーした「オール・シュック・アップ」と「監獄ロック(原題:Jailhouse Rock)」の2曲は、ロックンロールからロックへの進化が明確に見てとれる仕上がりになった。ハードロックのプロトタイプとも言える「スパニッシュ・ブーツ」「プリンス(原題:Plynth(Water Down The Drain))」「ハングマンズ・ニー」「ライス・プディング」の4曲は、べックの長い活動の中でも最高位にランクされるギタープレイではないだろうか。『べック・ボガート・アンド・アピス』(‘73)や『ブロウ・バイ・ブロウ』(’75)、『ワイアード』(‘76)と比べても遜色のないプレイだと僕は思う。ゴスペルライクなインストの「Girl From Mill Valley」は他とテイストが違うが、べックのアメリカ南部ロック好きがよくわかるサウンドで、この曲は第2期ジェフ・べック・グループへの布石なのかもしれない。

1967年の転機の項で述べた各種アルバムが、ロックンロールからロックへの進化が分かる作品だとするなら、『ベック・オラ』はロック界で最初のハードロック作品と言えるのではないか。本作はそれぐらい革新的なサウンドを持っており、当時最高のロックの技術が詰め込まれた作品となった。なお、このアルバムの核ともいえるニッキー・ホプキンスの存在は大きく、彼はこのアルバム以降、アメリカで多くのアルバムに参加し、英米双方のロックの進化に大きな役割を果たすことになる。

TEXT:河崎直人

アルバム『Beck-Ola』

1969年発表作品

\n<収録曲>
オール・シュック・アップ/All Shook Up
スパニッシュ・ブーツ/Spanish Boots
ガール・フロム・ミル・ヴァレー/Girl From Mill Valley
監獄ロック/Jailhouse Rock
プリンス/Plynth(Water Down The Drain)
ハングマンズ・ニー/The Hangman's Knee
ライス・プディング/ Rice Pudding

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