日本語カバーで味わう『アローンアゲイン』の陰鬱な世界

UtaTen

2019/8/15 12:01

日本人の心を捉えた洋楽



ギルバート・オサリバンの『アローン・アゲイン』。

実はかなり陰鬱な内容の歌詞であるにも関わらず、この曲は1972年のアメリカ・ビルボードチャート6週連続1位という大ヒットを記録した。このことは、陰鬱なテーマであっても表現次第で多くの人の心を捉え得ることを示している。

また日本でも根強い人気があり、数多くのCMやメディアでたびたびこの曲が用いられてきた。

幸いにして多くの日本人は、この曲の歌う陰鬱な内容に気づくことがなかった。そのタイトルフレーズとメロディとで紡ぐ名状し難い雰囲気が、陰鬱を先回りするかのように人々の心を掴んで来たのである。

では、そんな日本人の心を捉えた”『アローン・アゲイン』の雰囲気”とは、いったいどのようなものか。その手がかりを、2曲の日本語カバーバージョンから探ってみようと思う。

ギルバート・オサリバンの『アローン・アゲイン』



まずはオリジナルバージョンの歌詞を確認したい。おおよそは以下の通り。

「結婚式の日、教会に花嫁はあらわれなかった。塔のてっぺんからいっそ身を投げてしまおうか。孤独になった男の胸中に過去がよみがえる。愛する夫に先立たれた母の悲しみ、そしてその母の死。」

この曲のテーマがよくあらわれているのは二番の歌詞だろう。

『Alone Again』/ Gilbert O'Sullivan



ーーーーーーーーーーーーーー
[日本語訳]
つい昨日まで僕は
元気いっぱい、明るく陽気だった
誰かが期待しているのか
僕が役割を果たさないことを

でも僕を打ちのめすかのように
現実がやって来る
ほとんど触れてないのに
僕を粉々にしてしまう
疑念に任せて
神の慈悲について話そうか

ああ、彼が本当に存在するならば
助けが必要なときに
なぜ僕を見捨てるのか
僕はいよいよ間違いなく
ひとりぼっちだ、当然ながら
ーーーーーーーーーーーーーー


不幸は前触れもなく突然にやって来る。なぜこうような仕打ちを受けねばならないのか、神に問うても自分に問うても分からない。

そして人生においてたびたび訪れるこうした理不尽な孤独は、"alone again"というタイトルフレーズに集約されていく。

意味は分からないけど、当たり前のようにまた孤独になっちゃった。この不意の境遇に、嘆息と感慨を込めて歌うのが、オサリバンの『アローン・アゲイン』である。

草刈正雄(山上路夫詞)の『アローン・アゲイン』



それでは日本語によるカバーバージョンを見てみよう。日本語詞は山上路夫、歌唱は俳優、草刈正雄である。一番だけ引用しよう。

『アローン・アゲイン』/ 草刈正雄



この山上路夫バージョンは、自殺を示唆する箇所をはじめ、かなり原曲の内容に寄せている。

ところが肝心の"alone again..."のメロディ部分で、「人は誰でもひとり」とあてている。「また一人になった」ではない。このフレーズの選択に、この曲のユニークな特徴があらわれている。

山上路夫バージョンには、花嫁の裏切りといったような、主人公が自殺を願う明確な理由がない。その理由は「楽しいことが何も起こらないから、心に決めたことを始めるだけ」なのだ。

彼の言動は、何かをきっかけに孤独に陥るのではなく、もとから悲観主義的な感情が心に満ちていたことを匂わせる。彼は「人は誰でもひとり」なのだと諭す。

「また一人になった」と不意の境遇に嘆息するオサリバンの主人公とは違い、山上路夫バージョンの主人公の振る舞いは、生きることはむなしいという持論を世に問うているようだ。

この達観した主人公は、『翼をください』や『ガンダーラ』(共に山上作詞)にみられる求道者の成れの果て、といった風にも思えなくもない。オリジナルを参考にしつつも、しっかりと山上路夫のフレーバーが効いている。

九重佑三子(なかにし礼詞)の『アローン・アゲイン』



次に九重佑三子バージョンを見てみよう。作詞は、『時には娼婦のように』をはじめ数々のヒット曲を書いた、なかにし礼だ。

『また一人』/ 九重佑三子



奔放な恋に幾度となく身をやつしても、自分を棄てた男が忘れられない女。

不遇な男のつぶやきだったはずの曲を、潔いほどに変貌させている。もはや山上路夫バージョンのときのように、オリジナルとの違いをくどくど説明する必要はないだろう。

かろうじて"alone again"を直訳した『また一人』というタイトルと自殺行為のシークエンスに、その原型をとどめてはいる。と言うよりもむしろ、この日本語詞はその二点のみを創作の足がかりとして作られたと考えたほうがよい。

人の情念を描くことにこだわった、なかにし礼らしい思い切った試みだ。まさに「時には娼婦のように」振る舞った女の、悲しい本心がここにある。

臆面もなく自分のスタイルを貫いた、なかにし礼の胆力と才能はもとより、そんなテーマを許容できる『アローン・アゲイン』のメロディの器の大きさを再認識できる痛快な作品と言う他ない。

本音を言えば、メロディがその情念の重さを許容し切れずに悲鳴を上げているようにも聞こえなくはないが、それもまたこのバージョンの悲壮さを一層際立たせていると言える。

言語を問わない名曲、『アローン・アゲイン』



英語がわからなければ、『アローン・アゲイン』の原詞の陰鬱さを知ることはできない。しかしタイトルフレーズとメロディだけで感じ取ることができる雰囲気、と言うものがある。この雰囲気こそが、この曲の最大の魅力だ。

原詩の世界から一歩踏み込んだ山上路夫による日本語詞も、あるいは大胆に逸脱したなかにし礼の表現が成立するのも、この曲の雰囲気の豊かさ、懐の深さがあればこそである。

そうした歌詞以上のエッセンスを伝えるからこそ、『アローン・アゲイン』は言語を問わない名曲となり得たのである。

TEXT quenjiro

当記事はUtaTenの提供記事です。

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